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115 世界最強の剣、ついに完成です!

 鍛冶場の中に一歩足を踏み入れた途端、出迎えるのは凄まじい熱気。

 呼吸をしただけで肺が焼けついたと錯覚するほどのあまりの息苦しさに、ソラは思わず顔をしかめ、うわっ、と声を上げる。


「ちょっ、クロエ、無茶しすぎ! レベル一桁の人なら入った瞬間に死にかねないよ!」

「いえ、それはさすがに大げさだと思いますが……。それにしても、こんな所に何日も籠ってたんですね」


 小さな窓が一つだけのほぼ密閉された空間に、1900度の熱を放つ炉が鎮座し、炎を宿し続ける鍛冶場。

 内部の空気は熱せられ、気温は50度を軽く越える。

 たとえ今のクロエのレベルでも、長時間居座れば大幅に体力を奪われる過酷な環境だ。

 決して比喩などではなく、彼女は世界最強の剣に命を賭けていたのだ。


「集中しちゃえば気にならないよ。……まあ、何回か意識飛んだけど」

「マジで死にかけてんじゃん!」

「クロエさん、今日は一日、ゆっくり休んだ方がいいです」

「そうだね、徹夜明けだしちょっと辛いかも。でもさ、生まれたてのコイツを持ち主に引き渡すまでは寝られないよ」


 炉に取り付けた装置から雷の魔力カートリッジを抜き取って停止させながら、クロエは壁に立て掛けられた、鞘に納まったままの剣を視線で指し示す。


「おぉ、あれがあたしの!」


 とうとう完成した、伝説の金属で作られた世界最強の剣。

 それに目を奪われてセリムもソラも気に留めないが、今クロエが撤去している装置こそ、炉を1900度に保った立役者。

 ドリルランスの回転機巧を抜き出して、ふいごの先に取り付けた棒を回転機巧の歯車と接続した装置だ。

 雷の魔力石の魔力が続く限り、回転と連動してふいごが高速でピストンされ、自動的に大量の空気が送り込まれ続ける。

 なお余談ではあるが、かつてスミスの取った方法は、炉に敷き詰められた炎の魔力石の中に高品質な風の魔力石を混ぜるという至ってシンプルなものだった。


「早速抜いてもいい!?」

「もちろん。ソラの剣だからね」


 ソラは早速剣を手に取り、柄を右手で握る。

 重量は少々増しているが、長さは以前の剣とほぼ同じ。

 まるでツヴァイハンダーがそのまま帰って来たかのようだ。

 鞘は真新しい新品の革製だが、柄は少々小汚い。

 しかも妙に手に馴染む。


「あれ? もしかしてこの柄……」

「やっぱり分かるよね。ソラの剣から取り外した柄をそのまま使ってみたんだ。状態も良かったしね」

「そっか……。だからこんなにしっくり来るんだ。ありがと、クロエ」


 彼女の粋な計らいに感謝を述べるソラ。


「へへ、よせやい。それより早く抜いてみなよ」

「正直なところ、私もかなり興味あります! ソラさん、早く見せてください!」

「よっし、待たせたね! いよいよ御対面!」


 満を持して、ソラは鞘から剣を抜いた。

 現れたのは、白銀に輝く刃。

 磨き上げられた鏡のような美しさに、彼女は息を呑む。

 両刃の刀身は刃渡り一メートル以上。

 両手で持って構えて軽く振るうと、空気を斬り裂くぞっとするほど鋭い音が鳴った。

 まるで本当に空気を斬ったかのような感触。

 その一振りだけでこの剣の秘める力を感じ取り、ソラは大きく息を吐く。


「……凄いね。なんて言うか、振るのが怖いくらい」

「あのソラさんにそこまで言わせるなんて……。ミスリルの剣を手に入れた喜びで周りが見えなくなったあのソラさんが……、私のおみせの中で素振りを始めようとしたあのソラさんが……」

「うにゃっ! あ、あれは……。てかそんな細かいこと、よく覚えてるね」

「覚えてますよ。ソラさんとの思い出は全部大切な宝物ですから。忘れたりなんてしません」

「セリム……」

「ソラさん……」

「あー、こほん!!!」


 またも神聖な鍛冶場で甘い雰囲気になってしまった二人に、クロエは強めの咳払い。

 二人はすぐに正気に立ち戻る。


「あ、そ、それよりクロエさん。この剣の刀身、銀色なんですけど。アダマンタイトって確か金色でしたよね」

「……あ、言われてみれば。クロエ、もしかして失敗しちゃった?」


 先ほど刀身を目にした時に抱いた疑問を、セリムは口にした。

 剣士であるソラは剣の放つ荘厳な雰囲気に圧倒されていたため気にも留めなかったが、言われてみれば気になってしまう。


「失敬な、失敗なんてしてないよ。アダマンタイトって、どうも加熱すると銀色に変わっちゃうみたいなんだよね」

「え、そうなの? 金ピカの剣とかかっこいいのに」

「私は眩しそうで嫌です」

「強度や硬度は一切劣化してない……ってか極限まで鍛え上げたから、そこは安心して。正真正銘、世界最強の剣だから」


 自ら鍛え上げた剣に太鼓判を押すクロエ。

 親方の鍛えた剣に負けない、世界最強の剣を自らの手でこの世に生み出した、確かな自負と自信が今の彼女にはある。


「で、ソラに最初の仕事。その剣に名前を付けてあげて。せっかくの最強の剣なのに無銘じゃ、あまりにも味気ないじゃん」

「え? 名前? むぅ……、名前かぁ」


 突然名付け親に指名されてしまい、ソラは必死に頭を悩ませる。

 美しい銀の刃をじっと見つめ、考えること数分、彼女がこの剣に名付けた銘は——。


「ソラ様ブレード!」

「ソっ……! さ、さすがにそれは……」

「はい、却下です」

「えーっ!?」


 思わず言葉に詰まるクロエと、即時却下の判断を下すセリム。

 自信を持って名付けたソラは、不満げに頬を膨らませ、唇を尖らせる。


「ぶーっ、なにがいけないのさ!」

「何もかもダメです。……クロエさん、この剣に鑑定スキャニングをかけてもいいですか?」

「いいけど、あれってまだ名前決まってないものの名前、出て来るの?」

「分かんないんです、その場合どうなるのか。名前の決まってないアイテムになんて出会ったことないですし。だから、好奇心というのも少しあります。あとは……」


 アダマンタイトを創造術クリエイトで創り上げた時、脳内に飛び込んで来た情報。

 邪神を討ち滅ぼす力を秘めた鉱石、というフレーズが、セリムの中でどうにも引っ掛かっていた。


「あとは?」

「……いえ、なんでもないです。とにかくやってみますね。ソラさん、その剣貸してください」

「いいよ、ちょっと待ってて」


 銀の刃を鞘に納めると、ソラはセリムにそっと手渡した。


「はい、大事にしてね」

「言われなくても大丈夫ですよ。ではいきます、鑑定スキャニング!」


 名称の部分にソラ様ブレードなんて出てきやしないか心配になりながら、セリムは鑑定魔法をかけた。

 たちまち目の前に魔力ビジョンが浮かび上がり、アダマンタイト製の剣の情報が映し出される。


  —————————————


   双極星剣・神討


   レア度 ☆☆☆☆☆

   攻撃力 185

   品質  最高級

   特性  邪神特攻


  —————————————


「……そうきょくせいけん、しんうち」

「え、なにその名前!?」

「この剣、もう名前があったのかい!? しかも特性、邪神特攻ってどういうことさ」

「私にも分かりません。名前の意味も、何もかも。……ただ一つ言えることは、表示された名前がソラ様ブレードじゃなくって心底ホッとしてます」


 もしもそんな名前が表示されてしまったら、一体どんな顔をすればいいのだろうか。


「あぁ、それは同感……」

「なんでさ! カッコいいじゃん!」


 渾身のネーミングを否定されて御立腹のソラ。

 彼女に剣を返すと、セリムはクロエの身を案じる。


「クロエさん、もうお屋敷に戻って、休んだ方がいいですよ。とっても辛そうです」


 彼女の目の下には隈が出来ており、足下も若干フラ付いている。


「う、うん。正直なところボクももう限界だし、そうさせて貰うよ……。じゃあ、出よっか、ふあぁぁぁ……」


 口元を押さえての大あくび。

 クロエと共に二人も鍛冶場を出て、しっかりと鉄扉を施錠。

 三人は屋敷へと戻っていった。




 部屋に戻ったセリムとソラ。

 世界最強の剣を手に入れたソラは早速外に飛び出して素振り……かとおもいきや、剣を壁に立て掛けて、そのまま椅子に腰かけてしまった。


「……なんか意外です。ソラさん、もっとテンション上がるかと思ってました」

「んー、確かに嬉しいけどさ。この剣、もの凄く斬れそうだし。無暗矢鱈と抜いちゃダメなものなのかなって」

「怖い……んですか?」

「怖い……。うーん、ちょっと違うかな。上手く言い表せないけどさ」


 いつになく神妙な雰囲気のソラ。

 剣士である彼女は、剣に宿った絶大な力を敏感に感じ取った。

 それはひどく抽象的な、言葉に上手く言い表せないものではあったのだが。


「でもさ、敵が出てきたら遠慮なく試し斬りさせてもらうから!」


 しかしすぐに、普段通りの明るい笑顔でセリムにウインクを飛ばす。

 やはり彼女にはこんな表情が似合っている。

 大好きな笑顔に頬を緩めながらも、セリムは人差し指を立てて注意を促す。


「うっかりやり過ぎないようにして下さいね。ソラさんの力もどんどん上がってきているんですし、周りの被害も考えた戦い方をしていかないと。うっかり何かを壊したり、誰かを傷つけてからじゃ遅いんですから」

「にゃあぁ、お説教はいいよぉ……。ね、それよりさ、朝の続き、しようよ」

「つっ、続きって、私は真面目な話をですね……!」


 ソラは椅子から立ち上がり、ゆっくりとセリムに歩み寄る。

 迫られたセリムは後ずさり、背中を壁にぶつけた。

 逃げ場を無くした彼女は、眼前に迫るソラを前にどうすることも出来ない——彼女の身体能力を駆使すれば、どうとでもなるはずなのだが。

 壁を背にするセリム、その顔の横にソラは少しだけ乱暴に手を付き、残った手でセリムのあごを少しだけ上向ける。

 壁ドンとあごクイのコンボ、乙女回路搭載のセリムには効果覿(てき)面であった。


「あ、のっ、ソラさっ……」

「セリム、目、閉じて」


 これ以上ない程に顔を紅潮させるセリム。

 貴族モードのような引き締まった顔のソラにキスを求められては、彼女にもはや抗う術はない。

 言われるがままに瞳を閉じ、為すがままに唇を奪われる。


「んっ……」

「んむぅっ! んっ、ふぅっ、ぁっ……」


 腰が砕けそうになり、セリムはなんとかソラにしがみ付き、体重を預けた。


「ぷあっ。にしし、今のセリム、すっごく可愛い」

「あっ、ソラさぁん……♡」

「こんな可愛いセリム見てたら、もう我慢出来ないよ。ベッドいこ?」

「ダメです、まだ明るいのに……」

「明るい内にするのも、違った感じでいいかもよ?」

「嫌です、ソラさんえっち過ぎます……っ!」


 口ばかりの抵抗で、セリムの体はあっさりとお姫様だっこで抱え上げられ、ベッドの上へ。

 こうして二人は朝に出来なかった行為の続きを、昼食前まですることとなった。




 ○○○




 ラナに案内されて自室に戻ったクロエは、夢が叶った充足感と達成感の中、泥のように眠りに着いた。

 夢の中で走馬灯のように次々と再生される、幼い日の光景。

 父であるスミスの見よう見まねで、初めて槌を手に持った時。

 振り下ろそうとして、あまりの重さにバランスを崩し転んでしまった。

 初めて自分の手で剣を鍛えた時。

 完成した鋼鉄の剣を一瞥したスミスは、何も言わずに鼻で笑った。

 初めて夢を抱いた時。

 世界最強の金属、スミスが語ったその響きに心が躍った。

 いつの日か、自分の手で世界最強の剣を鍛え上げる、そんな見果てぬ夢。

 その夢を叶えた今、次にするべきは——。


「ん、んん……、ここは……」

「お、やっとこさお目覚めか」


 閉じていた目を開けると、ぼんやりとした視界に大きな背中が見える。

 椅子に座っていたスミスは、クロエの声にベッドの方へと振り向いた。


「ぇ、お父さん……?」

「なんだぁ、随分久しぶりな呼び方じゃねぇか」

「……お、親方!」


 昔の夢を見ていたからだろうか、つい幼い頃の呼び方を使ってしまった。

 クロエは大慌てで跳ね起き、ベッドから勢いよく飛び降りる。


「な、なんでここにいるのさ! そもそも女の子の部屋に勝手に入るなよ!」

「女の子ってタマか、おめぇ」

「タマとか言うな! ボクはどっからどうみても立派な女の子だっての!」


 スミスがこの場にいる驚きと、お父さんと呼んでしまった照れ隠し、両方の理由から早口で捲し立てる。

 そんな娘に、スミスは耳の穴を小指で掻きながらうんざりした様子で答えた。


「ピーチクうっせえな……。内気そうなメイドの嬢ちゃんがよ、わざわざ報せに来てくれたんだ。お前が例のアレを完成させたってな」

「メイドの……、もしかしてラナちゃん?」

「おー、その嬢ちゃんだろ、多分。で、わざわざ来てみりゃグースカ寝てるしよ、起きるまで待ってりゃ今度はギャーギャーと」

「だ、だってさ……」


 思わず言葉に詰まるクロエ。

 確かに、わざわざ待っていてくれたスミスにキツく当たるのは筋違いかもしれない。

 そう思い直し、


「うー、あー、その……。ごめんなさい」


 少し言い淀んだあと、素直に頭を下げる。


「ま、そんなこたどうでもいいんだがよ」

「なんだよそれ、人がせっかく頭を下げたのに」

「で、アダマンタイトの剣だが。出来たんだな? 自信を持って、鍛冶師の誇りを賭けて、世界最強の剣を打ったと断言出来るんだな」

「もちろん!」


 迷いのない真っ直ぐな瞳で即答してみせた、自慢の一番弟子。

 スミスは仏頂面の中、わずかに口元を緩めた。


「……そうか。クロエ、ウチに帰ってこなくていいぜ。もうお前はブラックスミス(ウチの工房)の見習い鍛冶師じゃねぇ」

「……え? それって、破門……ってこと?」

「バーカ、なんでそうなるんだ」


 この世の終わりのような表情を浮かべる娘の頭を大きな手のひらで軽く叩き、スミスはにんまりと笑って見せる。


「免許皆伝、お前はもう一人前だ」

「い、一人前……?」


 頭が真っ白になる。

 彼の発した言葉の意味が、頭では分かっていても、現実味を帯びない。


「ああ、お前はもう一人前、どこに出しても恥ずかしくねぇ立派な鍛冶師だ」


 初めて作った剣は、鼻で笑われた。

 初めて店に並べた剣は、何も言われなかった。

 ミスリルの剣を一人で鍛え上げた時も、ただ一言、王都に着いて来いとだけ。

 そんな親方に一人前だと認められ、一人の鍛冶師だと認められた。

 クロエの瞳から、自然と涙が溢れる。


「おぉ、何泣いてやがんだ。まだまだ一人前には程遠い、鼻たれ小僧のガキンチョか?」

「な、泣いてなんかないやい!」


 目をこすり、鼻をすすって、表情を引き締める。


「へっ、良い顔じゃねえか。俺らは明日、イリヤーナへ戻る。護衛は適当な冒険者に頼んどくぜ。工房にあるお前の部屋はそのままにしとくから、必要なモンがあったら取りに来な」

「必要なモノ、か。特に無いや」

「そうかい。お前はこれからどうするつもりだ? 各地を見て回るも良し。どこかに店を開くなら、開業資金くらいは貸してやるぜ」

「出してくれるんじゃないんだね」

「けっ、甘ったれんな」


 スミスは背中を向け、扉に向かって歩みを進める。


「じゃ、俺は戻るぜ。またいつか、寂しくなったら会いに来な」


 振り向かないまま、片手をひらひらさせるスミス。

 彼がドアノブに手をかけた瞬間。


「親方!」


 クロエは帽子を取り、


「今まで、ありがとうございました!!」


 自身の耳を晒して、深々と頭を下げた。

 スミスは振り返り、その瞳に自慢の弟子の姿を焼き付ける。


「……ああ。じゃあ、またな」


 最後に軽く笑うと、彼は部屋を後にした。


「……親方、本当にありがとう」


 帽子を目深に被り直したクロエは、父に、師に認められた喜びを噛み締めながら、大の字になってベッドに寝転がった。


「はぁー、ホントにやったんだ、ボク……」


 しばらく余韻に浸りながら天井を見つめるうち、だんだんと冷静になってくる。

 一人前として認められ、店を持つことを許された。

 そんな自分がこれから何を成すべきか、彼女は昼食の時間が終わるまで頭を悩ませるのだった。



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