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113 新たな調達依頼、請け負いました

 アダマンタイトの融点は1900度。

 昨日までの試行錯誤の中で、クロエはこの事実を突き止めた。

 あとは炉の中の温度を長時間の間、どのようにして超高温に保つか。

 何せキマイラや怪物化したルキウスの魔素をあびて大幅にレベルアップした身体能力をフルに用いて、頭の血管が切れそうなほど必死に空気を送り込んだ結果一瞬だけ到達出来た温度。

 スミスのレベルは今の自分よりも大幅に低いはず、このような力業で到達した訳ではない。

 彼がどうやってアダマンタイトを溶かしたのか、クロエは頭を悩ませる。


「んー、どうやったんだ……?」


 炉の耐久力は問題ない、溶岩の中に住むモンスターの甲殻を用いて耐熱加工された炉は、2000度以上の熱に耐用可能だ。

 では力業に頼らず温度を1900度に到達させ、アダマンタイトが溶けるまで安定して保つ方法とは。


「要は空気を送り込めばいいんだよね……。いっそふいごを増やす?」


 世界最強金属の攻略は、次の段階に入った。

 新たに立ちはだかった壁に対して考えを巡らせる彼女の表情は、どこか楽しげだ。

 その時突然、おもむろに、そして無遠慮に入り口の鉄扉が開け放たれる。

 その後に聞こえるのは、親友の能天気な声。


「んしょっと。おぉ、クロエ。今日もやってるね」

「……ソラの方こそ、今日も来たのかい」


 確かにソラは、毎日来ると宣言した。

 しかし本当に毎日来てしまうとは。

 半ば呆れつつもため息混じりに返事を返し、考えを中断して入り口に目を向けると、


「あれ? 今日はセリムも一緒なの?」

「はい、あの……、お邪魔します……」


 いつも通りに一人で来るかと思いきや、今日はなんと恋人同伴。

 しかも二人並んで固く手を繋ぎ、ソラは昨日までとは打って変わり憑き物が落ちたような晴れやかな顔、セリムはほんのりと頬を染め、ソラの顔を直視出来ずにいる。

 クロエは確信した。

 あぁ、ヤったんだな、と。

 こいつらとうとうヤったんだな、と。


「あー……、ソラ、とりあえず良かったね」

「んにゃっ!? よ、良かったって何がさ!」


 露骨にうろたえるソラと、そんな彼女の横顔にチラチラと視線を送りながら頬を染めるセリム。

 こいつらは何をしに来たのか、見せつけに来たのだろうか。

 作業気分じゃなくなってしまったクロエは、炉に入れた火を消して早々に切り上げた。

 どの道打開策を思いつくまでは何も進展しないのだ、アイデアを練るだけなら鍛冶場でなくてもいいだろう。


「はいはい、御馳走様。今日のソラ、まさにソラって感じの顔してるよ」

「……にしし。相談に乗ってくれてありがとね、おかげで悩みも解決出来たよ」


 晴々とした笑顔を見せてくれるソラ。

 ここ数日の暗い表情はすっかり鳴りを潜め、普段通りの彼女が戻って来た。

 元気を取り戻してくれた親友の姿に、クロエ自身も嬉しくなってしまう。


「そいつはどうも。セリムもおめでとう、ずっとソラのこと好きだったもんね」

「はい……。——ちょっと待ってください! ずっと好きだったって、どうしてそんなことをクロエさんが!?」

「えー……?」

「そ、それに相談って……!」


 どうやらセリムは、本気で周囲に隠し通せていると思っていたらしい。

 いつも以上に顔を真っ赤にして、大慌てでソラに食ってかかる。


「つまりソラさん、言ったんですね! クロエさんに全部言っちゃったんですね!?」

「ちょっ、セリム落ち着いて! あたしが言ったのは付き合い始めたってだけで……」

「じゃあなんですか! クロエさんはずっと秘密にしていた私の気持ちに気付いていたとでも言うんですか! そんなのあり得ません!」


 腕をバタバタさせながら詰め寄るセリムにたじろぎながら、ソラは必死に弁解する。


「違うって! セリムの態度バレバレだったし! 割とみんな知ってたし!」

「そんなことあり得ません! 私、必死に隠し通して来たんですよ!」

「あれで必死に隠し通してたつもりなの!? ちょっと可愛すぎるよ、セリム!」

「な、なんっ……、可愛いなんて、そんなので誤魔化されませんから!」

「誤魔化すとかじゃなくて、ホント可愛すぎるんだもん。ね、セリムが可愛すぎてキスしたくなっちゃった……」

「や……、ダメです……。そんなこと言って、またえっちなことするつもりなんでしょう……?」

「しないよ、キスだけ。ね、いいでしょ」

「と、特別、ですよ……?」


 言い争っていたはずが、いつの間にやら良い雰囲気に。

 二人の少女は指を絡め、じっと見つめ合いながら唇を寄せると、吐息がかかる距離で瞳を閉じ、唇を重ねる。

 一方、完全に存在を忘れられてしまったクロエは目の前で繰り広げられるバカップルの痴態に付き合ってられず、一足先に鍛冶場を出るところだった。


「ありゃ、目に毒だよ。御馳走様すぎてゲップが出そうだよ」


 うんざりした様子で鉄扉を開け、外の空気を吸い込む。

 穏やかな昼下がりの日射しが全身を包み、クロエは凝り固まった体を解すため、大きく伸びをした。


「んんんーっ、はぁっ。うん、良い天気だ。そうだ、たまには散歩でもしよっかな。いいアイディアが浮かぶかもしれないし」

「んちゅっ……、ふぁっ、そこっ、触っちゃダメですっ、えっちなことしないって言ったのに……っ」

「いいじゃん、クロエ出て行っちゃったしさ」

「もう、あっ、特別ですからね……?」

「……うん、ちょっと待とうかキミら。神聖な鍛冶場で何おっぱじめようとしてんのさ」


 さすがに見過ごすわけにはいかなかった。

 鍛冶場に逆戻りしたクロエは、密着するバカップルの間に割り込み、無理やり引き離す。


「ひゃあぁぁっ!! ク、クロエさん、もうお屋敷に戻ったんじゃ……」

「ここのカギ、ボクが持ってるからね。アダマンタイトがあるのに開けっぱなしにしていけないし」

「そ、そうなんだ……。ごめんね、クロエ。セリムが可愛くってつい……」

「いいから、そういうノロケ。ほら、ここもう閉めるから早く出て」


 二人の背中を押して追い出すと、鉄扉を閉めてしっかりと施錠する。


「浮かれてるのは分かるけどさ、お互いのことばっかり見てないで、もう少し周りも見てくれよ。イチャつくのも良いけど、もう少し場所を選ぶこと」

「はーい……」

「うぅ、私がしっかりしないといけないのに、すぐ流されちゃって……。はい、心に刻みます……」


 小さく背中を丸めながら、クロエのお説教を受ける二人。

 これからは自分がしっかり手綱を握らないといけない、セリムは強く心に誓った。


「よろしい。それじゃ、屋敷に戻ろう」


 三人は談笑しながら、屋敷の玄関前へと向かう。

 話題はクロエが鍛冶場を早々に閉めた件について。


「ところでさ、今日はもうお終いなの? まだお昼過ぎたくらいだけど」

「アダマンタイトを溶かす方法を考えなきゃいけないからね。考え事なら鍛冶場以外でも出来るし、屋敷に戻ろうと思って」

「なるほど! つまり、愛しのリースさんの顔を拝みたくなってしまったんですね! 素敵です!」

「すぐそっちいくね、セリムは」


 大人の階段を最上段まで一気に駆け上っても、セリムの夢見る乙女気質は一切変わっていないようだ。

 クロエが苦笑しながら視線を前に向けると、王城の方角からこちらにやってくる見覚えのある二人組の姿が目に入った。


「あれって、魔王さんとアウスさん?」

「お、ホントだ。マリちゃんたちじゃん。おーい!」


 大きく手を振りながら呼びかけるソラ。

 彼女の声で、二人もこちらに気付いたようだ。

 先に屋敷の玄関前に到着した三人が主従を待ち、彼女たちはあの戦い以来久々の対面を果した。


「お久しぶりです、マリエールさん。アウスさんも」

「うむ、アルカ山麓での戦い以来となるか」

「祝勝パーティの会場にはいなかったよね。何か他に用でもあったの?」

「一連の事件についての詳細な報告を、本国とやりとりしておってな。あとは……個人的に、喪に服しておった」


 兄であるルキウスの死。

 王国側にも多数の犠牲者を出した彼を公に弔うことは出来ないが、肉親の死に思うところがないはずがない。

 軽く俯いたマリエールに、なんと言葉をかければいいのだろう、三人が表情を曇らせて顔を見合わせると、マリエールは顔を上げ、努めて明るい声を出す。


「お主ら、何を暗くなっておるか。それよりもだ、魔王である余にいつまで立ち話をさせる気だ。はよう中に案内せぬか、無礼であろう」

「マリちゃん……。うん、そうだね。むさ苦しいとこだけど、どうぞ遠慮せずに入って!」

「いやいや、ソラの家じゃないよね」

「にしし、そうでした」


 ソラとクロエの掛け合いもあり、場は和やかな空気を取り戻す。

 セリムはそんなさりげない優しさを見せる恋人に惚れなおしつつ、苦笑いで扉を開いた。


『魔王様! ようこそいらっしゃいました!』


 そして、硬直。


「……え?」


 魔王の来訪は、屋敷の中からも確認できていた。

 当然この事実は屋敷中に伝達され、使用人が総出で整列し、扉が開いた瞬間、一斉に頭を下げたのだ。

 結果、扉を開けたセリムは熱烈な歓待を受けることになってしまった。


「あわっ、あわわわ……」

「……うむ、苦しゅうない。この屋敷の主人は居るか、案内せよ」


 あわあわ状態のセリムを見かねて、魔王は彼女の前に出るのだった。




 ○○○




 応接室に通されたマリエールとその従者、おまけに居候三人。

 リースはすぐに姿を現し、六人はテーブルを囲んで座った。


「……あの、ボク達ホントに居てもいいの?」

「構わぬ。むしろ居ってくれた方が良い」


 一鍛冶師がこんな場所にいてもいいのか、庶民代表クロエが不安がるのも無理はない。

 一国の主である魔王とその従者、そしてこの国の第三王女。

 おまけにとてもそうは見えないが貴族の御令嬢。

 彼女たちが一堂に会しているのだから。


「リース王女。貴重な時間を割いてくれて感謝する」

「我が屋敷に魔王様が遥々足をお運びになって下さったのですもの。歓待しないわけにはいきませんわ。……たとえ、用事がある相手が私でなくとも」

「……む、やはり聡いな」


 リースの発した意外な言葉に、セリムとソラは首をかしげる。


「どういうことです? リースさんに用事が無いのなら、どうしてここに?」

「単刀直入に言おう。今日はセリム、お主への依頼の件で足を運んだのだ」

「依頼……。源徳の白き聖杖、ですか」

「うむ」


 マントの中に差していた杖を、マリエールは取り出した。

 魔王の証たる魔法の杖。

 柄には魔力を増幅させる文字が複雑に彫り込まれ、先端の台座には水晶玉——セリムから受け取った玻璃珊瑚ハリサンゴが収まっている。


「この通り、依頼は無事に達成された。報酬は後日、必ず支払おう」

「あの、ですけど、もし私の聞き間違いじゃなければ、その杖の先端には……」

「その通り、今のこの杖は、本来在るべき姿ではないのだ。要たる魔法石、オリハルコンが奪われてしまったのだからな」


 オリハルコン。

 やはりあの戦いの中で耳に入った単語は、聞き間違いなどではなかった。


「……あの、実在するんですか? オリハルコン」

「無論だ、確実に存在しておる。余が知る限りでは世界に一つ、この杖に収まっていたものだけだがな」


 世界最高の魔力収束性能を誇る、伝説の魔法石・オリハルコン。

 その存在を確かめた者はおらず、空想上の存在とまで謳われていた……はず。

 つまりは魔法石バージョンのアダマンタイトとでも言うべき鉱石だ。


「まあ、アダマンタイトは存在しましたし、本当にあっても驚きはしませんけど」


 そう、アダマンタイトがある以上は。

 そこまで口にして、セリムは猛烈に嫌な予感を抱く。


「あの、もしかして私に用事ってのは、新しい依頼だったり……」

「察しがいいな、その通りだ」


 マリエールは居を正し、新たなアイテム調達をセリムに依頼する。


「伝説の魔法石オリハルコン、是非お主に調達して貰いたい」

「……はい。その依頼、確かにお請けしました」


 依頼という形で出され、それが実現可能な範囲だと確定している場合、セリムは必ず依頼を請け負う。

 口では色々と言いつつも、困っている人を放っておけないのが彼女の性分だからだ。

 既に気の置けない仲となっているマリエールを見捨ててしまうことなど、セリムには到底出来なかった。

 そして、アダマンタイト調達という実績を作ってしまい、なおかつオリハルコンの実在自体は既に証明されているとなると——もはや受けざるを得ない。

 リゾネの町のセリムのおみせ、そこでソラと二人だけで送る甘い暮らしは、どうやらお預けとなってしまったようだ。


「おぉ、受けてくれるか。感謝するぞ、セリムよ」


 杖に続き、またも困難な依頼を受けてくれたことに、マリエールは多大な感謝を抱いた。


「採取可能な場所はアイワムズの書物庫に眠った古文書に記されておるはずだ。杖の報酬も渡したいのでな、まずはアイワムズに来てくれ」

「んー、採取しなくても、持ってっちゃった奴らから取り返せばいいんじゃない?」


 横から口を挟んだソラには、アウスが応対。


「ソラ様。ホースが誰にオリハルコンを渡したのか、今誰の手元にあるのか、現時点では手掛かりは何もありませんわ。一方で、採取方法なら古文書に記されている可能性があるのです。どちらの方法を取るにせよ、まずはこの方向から当たるべきですわ」

「おぉ、なるほど。そこまで考えてなかった」

「アホっ子のくせに口を挟むからよ」

「なにおー!」


 またも口喧嘩を始めてしまいそうなソラとリースを尻目にマリエールは席を立ち、重ねてセリムに依頼の念を押す。


「良いか、まずはアイワムズに来てくれ。待っておるぞ」

「……一緒に行かないんですか?」

「うむ、そろそろ兵士たちを故郷に返さねばならん。……帰れなかった者たちも、連れていってやらねばならぬしな」

「わたくしたちは明日、シャイトス様らと共にアイワムズへ戻りますわ。もちろんアモンと、サイリンも一緒に」

「そうなんですか、しばらく会えなくなりますね」


 援軍に来てくれた兵士たちと老将シャイトス。

 獄に繋がれたままのサイリンと、彼女の身を案じるアモン。

 彼ら彼女らと共に、マリエールたちは明日、王都を発つ。


「なら明日は、お見送りしなくちゃですね」

「マリちゃん、剣が出来たらすぐに向かうからね!」

「うむ、楽しみにしておるぞ。では、余はこれにて。行くぞ、アウス」

「はい、魔王様」


 従者を従え、マントをなびかせて、マリエールは颯爽と部屋を後にした。

 彼女の様子にソラは、なんだか魔王としての威厳を少しだけ感じ取ったような、感じ取らなかったような。


「なんか、ちょっと感じ変わったかな、マリちゃん。ね、クロエ」


 クロエにも同意を求めようとするが、彼女は難しい顔で何やらぶつぶつ呟いている。


「オリハルコン、魔法石……。魔法石? 魔力石……、魔力、石……。そうか!!!」

「うおぉっ!?」


 突然大声を上げて立ち上がったクロエに、ソラは驚きと共に仰け反った。


「閃いた! 早速取りかからなきゃ!」


 晴々とした表情で彼女は部屋を飛び出し、偶然近くにいたラナを引っ張って鍛冶場に急行。

 ソラはポカンと口を開け、その背中を見送った。


「……閃いたって、アダマンタイトの加工法?」

「その辺りはクロエさんに任せておきましょう。それよりもソラさん、部屋に戻って今後の予定を考えないと」

「そだね。お姫様、あたしたちももう行くね」


 二人も席を立ち上がるが、リースは非常にニコニコしながら腕を組み、


「お二人とも、ちょっと話があるの。待ってもらえるかしら?」


 満面の笑顔と、明らかに笑っていない目で二人に残るよう告げる。

 このあと彼女たちは、部屋のシーツを染みだらけにしてしまった件でこっぴどく絞られるのだった。



第二部開幕です。

昨夜の二人の様子は↓のリンクからどうぞ。

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