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111 このドレス、本当に似合ってます?

 情け容赦のないセリムの取り立てに打ち震えながら、たっぷり入った財布の中身に別れを告げるソラ。

 懐から取り出した財布の紐を緩め、泣く泣くセリムに手渡そうとする。


「ううぅ、さよなら、あたしの全財産……」

「あの、別にいいですよ。渡したりしなくても」

「……へ?」


 ところが予想外の反応。

 セリムはソラの差し出した金貨を受け取らず、そのまま持っていてもいいとまで。


「どゆこと? やっぱりお金取るって冗談だったの? もう、笑えないジョークは——」

「いえ、冗談じゃないです」

「おぅ……。じゃあなんで受け取らないのさ」


 不思議がるソラに対し、セリムは少しだけ頬を赤らめながら答える。


「あの、ソラさんはこれから私のお店で一緒に暮らすつもりなんですよね?」

「そうだよ?」

「でしたら、そのお金は私とソラさん、二人の共有財産ということでどうでしょうか」


 彼女の提案にソラの困惑は解消、ようやく安堵の表情を浮かべた。


「そ、そういうことかぁ。良かった、ソラ様危うく一文無しになっちゃうとこだったよ……」

「さすがに可哀想ですしね。ここまでにかかった費用を考えると、かなりまけてあげたんですから、感謝してくださいよ」

「ありがと、セリム。ホントにホントに、いっぱい感謝してる。ちゅっ」


 とびっきりの感謝の気持ちを込めて、頬に口づけ。

 真っ赤になって硬直してしまったセリムを尻目に、ソラはアダマンタイトを観察するクロエの両肩を掴んで、後ろから覗き込む。


「クロエ、それ早速溶かして鍛えるの? 剣に出来るまでどれくらいかかりそう?」

「そうだね。まずはこの金属の性質を調べて、融点とか硬度とか色々と試して、それからだから……。正直なところ、いつまでかかるのかは分からない。だからさ、ちょくちょく顔を出しに来てよ」

「おっし、分かった! 毎日顔見せに来る!」

「毎日はさすがに迷惑じゃありません?」

「そ、そうだね。毎日はちょっと……」

「むぅ、でもやっぱり気になるしぃ」


 自分の持つ世界最強の剣がいつ完成するのか、毎日でもクロエに会って、その日の進捗を聞き出したい。

 そんなソラに心底呆れ果てたため息を漏らしながらも、リースはとある提案をする。


「それならあなた達も、私の屋敷に移ればいいんじゃないかしら」

「いいんですか? さすがに私たちまで厄介になるのは御迷惑なんじゃ……」

「平気よ、もう二人くらい増えたってどうってことない。空き部屋はたっぷりあるし、二部屋なんて簡単に用意できるわ」


 まさしく渡りに船。

 彼女の提案に、ソラは二つ返事で食いついた。


「おし! それなら今日からお世話になるよ! よろしくね、お姫様。この機に仲良くなったり……」

「あなたともお茶の約束をしていたしね、セリム」

「はい、楽しみにしてます。……あの、ソラさんにももう少しだけ優しくしてあげて下さいね」


 完全に存在をスルーされてしまったソラの悲哀漂う背中、セリムもさすがに可哀想になってしまった。


「……仲良く、は出来ないけど。まあ、善処するわ」


 やはりお互いに相容れない生き方を選んだ身。

 ソラと仲良しこよしの大親友になれる気はこれっぽっちもしなかった。

 狩猟大会からアルカ山麓の戦いまで、共に戦ったライバルとしては、とっくに認めているのだが。


「それともう一つ、いいでしょうか」

「あら、まだ何か?」

「二部屋ではなく、一部屋でお願いします」


 セリムとしては、やはりそこは譲れない。

 ソラと離れ離れで暮らす日々など、今となっては絶対に受け入れられない。

 広場での会話で既に色々と察していたリースは、意味深に頷きながら彼女の申し出を了承した。


「そう、ええ分かったわ。一部屋だけ手配しておく。しばらく時間を潰してから荷物を持って来なさい。それと、ベッドシーツを汚してしまうような真似は絶対にしないでね」

「シーツを? 私、お漏らしなんてしませんし、ベッドの上でお菓子を食べたりしませんよ?」

「あーっと! お姫様、ダメだよ! セリムは何にも知らないんだから! あんまり変なこと言っちゃダメ!」

「……なら、あなたに言っておこうかしら。くれぐれも私の屋敷の中で襲わないようにって」

「襲わないし! セリム大事だし! そんなひどいこと絶対しないし!」


 二人が何を言っているのか、会話の意味がさっぱり分からず、首を捻るセリム。

 抜群の集中力を発揮するクロエの耳に彼女たちの喧騒は全く届いておらず、彼女は早速伝説の金属の細部をルーペで調べ始めた。




 ○○○




 アーカリア城第一城閣。

 宿泊中の部屋に戻った二人は、お付きのメイドたちに事情を説明。

 荷物を全て持ち出してセリムのポーチに収納し、その足でスミスの宿泊する第一城閣、鍛冶場側の宿泊棟へと向かった。

 部屋の扉をノックして呼び出すと、二人の訪問にスミスは少々意外そうな様子。


「お、嬢ちゃんたち。こんなむさ苦しい所に何の用だ? ここにはおっさんしかいねぇぜ?」

「親方さん、久しぶり! 実はさ、鎧の修理を頼みたくって。セリム、出して」

「はい。スミスさん、どうでしょう。こんな感じなんですけど」


 セリムがにゅるにゅるとポーチの中から取り出した黒竜の鎧、その腹部の甲殻には穴が穿たれ、背中まで貫通している。


「おぉ、こりゃまた派手にやられたな。どう見ても致命傷だろ、これ。剣士の嬢ちゃんなんで生きてんだ」

「それはその、色々あって……」


 話せば非常に長くなり、かつ複雑になるため、苦笑いと共に誤魔化すソラ。

 まさか本当に一度死んでしまったとは、スミスも夢にも思わないだろう。

 一方セリムは、あの時無我夢中で行った救命活動が脳裏を過ぎり、頬を赤らめる。


「あ、あれは救命活動……、ノーカウント……、私の初めては守られたまま……」

「ど、どうしたんだ、嬢ちゃん。急にブツブツ呟き始めちまって」

「わ、わかんない……」


 あの時文字通りあの世の一歩手前にいたソラは、当然口移しで薬を飲まされた事実を知らないため、突然のセリムの奇行にもただただ困惑のみであった。


「ところで剣士の嬢ちゃん、これまたなんで俺なんだ? 前回鎧を作ったときゃ、クロエが立て込んでたって理由があったが、今回はアイツ暇だろ」

「いや、それが全然暇じゃないんだよ。アレがとうとう手に入ったからね。クロエったら、大張りきりで取り組んでるよ」


 アレ、その二文字だけで全てを察したスミスは、口元を緩ませて軽く笑った。


「……そうか、とうとうアイツもアレを鍛える時が来たか。おし、いいぜ。その鎧、新品同然に修復してやる。ついでにガントレットとグリーブも貸せ。しっかり調整してやるよ」

「おぉ、親方さん太っ腹! それじゃあ遠慮なく」

「別途料金は頂くがな」

「おぉ……、親方さんしっかりしてる……」

「当然でしょう、そんな虫のいい話はありません」


 ポーチから追加でグリーブとガントレットも取り出し、スミスへと託す。


「それではスミスさん、お願いします」

「おう、安心して任せとけ。クロエのヤツより腕は確かだからよ。完成したら第一城閣の部屋に届けりゃいいか?」

「実は今日からリースさんのお屋敷に御厄介になることが決まったので、届け先はそちらにお願いします」

「リース……第三王女サマか。クロエもそこに世話んなってんだってな。分かったぜ、んじゃ、早速取りかかるか」


 防具を受け取ったスミスは部屋の中から商売道具を取り出し、駆け足で鍛冶場へと向かっていった。


「よし、これで全部用事は済んだね。そろそろお姫様のお屋敷にいこっか」

「ソラさん、まだですよ。……正直なところ勇気はいりますけど、私たちは町に出なければなりません」

「え? なんでさ。囲まれるよ? すっごい囲まれるよ?」

「確かにそうですが、私の新しい旅装とソラさんのインナーを買いに行かないといけませんし」

「……なんで?」

「はい?」


 なんで、と返され、思わずなんで、と聞き返しそうになってしまう。


「なんでって、買いに行かないとソラさんのインナーはお腹と背中に穴が開いたままですし、私の旅装は血がべっとりなんですよ?」

「だからさ、あたしたちが買いに行く必要なんてないじゃん。使用人に買いに行かせればいいんだし」

「し、使用……人に……?」


 セリムにとって、その発想は目から鱗。

 使用人に買いに行かせるなどという選択肢自体、頭の片隅にすら浮かべもしなかった。

 当たり前じゃん、とでも言いたげな顔のソラに、彼女が貴族の娘であると同時に、自分が一般庶民であると思い知らされたセリムであった。


 その後、リースの屋敷に居を移した二人は、翌日のパーティのためにドレスの採寸を受けた。

 不慣れなパーティドレスに不安がるセリムに助言を送るリースに、クロエの様子が気になってソワソワと落ち着かないソラ。

 日が沈む頃に屋敷に戻ったクロエは、溶かすことすら出来なかったとため息交じりに報告。

 共に夕食を取り、セリムとソラは同じベッドで眠りについた。




 ○○○




 翌日の夕刻。

 空が茜色に染まり、夜の足音が聞こえる時刻。

 リースの屋敷に与えられた一室で、セリムは初めて袖を通したパーティドレスが自分に似合っているか否か、頭を悩ませながら姿鏡と睨みあっていた。


「……どうなんでしょうか。これ、私に似合ってるんでしょうか」


 セリムが身に着けているのは、白を基調として青のフリルがあしらわれたドレス。

 スカート丈は膝下、袖は無く、二の腕までが露出している。

 普段ツーサイドアップに結んでいる髪を下ろし、腰の長さまで伸びたロングヘアーが頭を揺らす度にふわふわと揺れる。


「とっても似合ってるよ。大丈夫大丈夫、すっごい可愛いから。可愛すぎて変な虫が付かないか心配になるくらい」


 傍らでセリムを勇気付けるソラのドレスは、薄い水色のワンピースタイプ。

 スカート丈は膝上、肩が露出し、腰の部分に大きなリボンがフリフリと垂れている。

 髪型はポニーテールではなく、後ろ頭にお団子で纏めたスタイル。


「ソラさんこそ可愛いですよ。なんですか、その短いスカート丈。私、そっちの方がいいです」

「まあまあ、ドレスで丈が短いと元気っぽい印象になっちゃうんだよ。セリムは清楚な感じだから、ね」

「むぅ……、そういうものなんですか」


 少々納得いかないながらも、このような場には馴れているソラの言葉に、セリムは渋々折れてくれたようだ。


「失礼するわ」

「のわっちょ! ノックも無しに!?」


 その時おもむろに扉が開き、ソラが驚きと共に飛び上がった。

 堂々と部屋に入って来たのはリース。

 後ろにはクロエも一緒だ。


「ここは私の屋敷よ? この中の空間は全て私の所有物。それとも何かしら、見られてはまずいことでもしているのかしら」

「してないし! セリムが泣いちゃうことは絶対しないし! 大事にしてるし!」


 早速ソラと口喧嘩を始めてしまったリースの服装は、薄桃色のスカート丈が長いドレス。

 ふわりと傘のように広がったスカートに、頭には銀色のティアラ、二の腕までを覆う白いグローブを身に着け、まさしくおとぎ話のお姫様といった風情だ。


「あ、あの、リースさん」

「あら、セリム。そのドレス似合ってるわよ」

「リースさんもとっても素敵です。それに、クロエさんも」

「ボクはそんな、絶対似合わないって……」


 クロエは意外にも、ソラのような丈の短いタイプではなく、貴婦人然とした丈の長い薄黄色のドレスを身に着けていた。

 胸元、肩、グローブの端にはレースが編み込まれ、頭には羽付きの鍔広帽子を被っている。


「むむっ、確かに。あたしのと同じ感じかなって思ってたけど、すっごい意外。なんていうか、服に着られてる感が……」

「あの、ボクやっぱり行くの止める」

「ア・ホ・ッ・子!」

「わー! ウソウソ、すっごい似合ってるから大丈夫だよ! だから一緒に行こう!」


 リースに鬼のような形相で睨まれたソラは前言撤回。

 大慌てでクロエを励ます。


「……ホント?」

「ホントホント、ちょっとイメージ違うかなって思っただけ! でもさ、なんでその格好を選んだの?」

「それはさ、帽子とセットで似合うドレスがこのタイプしか無くって……。他はタキシードとシルクハットとかなんだもん」

「さすがに男物を着せるのはね、気が引けて」

「そうだったんですか。でも私、素敵だと思いますよ。元気出してください、クロエさん」

「……みんな、ありがとう」


 親友たちによる懸命の励ましによって、クロエはなんとか元気を取り戻した。

 ニコリと笑顔を浮かべた彼女の姿は、実際のところ非常に可愛らしい。

 リースも自然と笑顔を浮かべつつ、あんな失言を吐いたソラにフォトンブラスターを撃ち込んでやりたくなった。


「ところでリースさん、もしかして呼びに来てくれたんですか?」

「ええ、準備はもう終わってるようね。それじゃ、早速行きましょう」

「はい! 私、お城のパーティなんて始めてです。とっても楽しみです!」

「そんないいとこじゃないと思うけど。肩が凝るし、剣でも振ってた方がよっぽどマシよ」

「そうなのかい? ボクも結構楽しみにしてるんだけど」

「……そうね。あなた達と一緒なら、少しは楽しめるかしら」


 和気藹々と会話に華を咲かせながら、三人は部屋を後にする。

 一人残ったソラは、あらかじめ用意しておいた物を懐にしっかりとしまい込むと、グッと拳を握った。


「……よし。このパーティで、セリムに伝えるんだ」


 ずっと抱いてきたこの想いを、今日こそ彼女に伝える。

 時を越えた贈り物を胸に、ソラは一世一代の大勝負を決意する。


「ソラさん? 何してるんですか? 早く来ないと、置いてっちゃいますよ」

「おっと、今行くー!」


 セリムの声に返事を返し、ソラは小走りで彼女たちの後を追う。

 高鳴る胸の鼓動は、パーティに対する期待感からか、それとも。

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