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011 勝手に死んだりしたら許しませんから

 木々の密集した森の中を、飛ぶように走る幼い少女。

 彼女を追い始めてすぐに、セリムは気付く。

 あの身のこなし、ただの子どもの身体能力ではない。

 最小限のステップでスピードを殺さずに木を避け、小さな隙間を体格差を活かして潜り抜けて距離を稼ぐ。


「これは……、放っておいてもいい感じでしたかね……」


 この身軽さなら、たとえトライドラゴニスに出くわしても難なく逃げおおせただろう。

 ソラと別れた地点はすでに遥か彼方。

 今すぐに少女を捕まえても、合流には一苦労だ。


「怖がらせないようにセーブして走ってましたが、その必要は……無いようですね!!」


 前傾姿勢を取って急加速。

 積もった落ち葉が一歩ごとに衝撃で舞い上がり、背後に発生した気流の中で乱舞する。

 後ろを振り向いた少女は度肝を抜かれ、悲鳴混じりに問い掛けた。


「ひぃっ、お、お主はなんなのだ! 何ゆえ余を追ってくる!」

「ここは危険だって言ってるでしょう! 子どもが一人でこんな場所にいたら、怖い目に遭っちゃいますよ!」

「今まさに遭っておるぅ!」


 涙目になりながら、なおも逃走する少女。

 交差した大木の根下に開いた狭い隙間をくぐり抜け、向こう側に飛び出す。

 今まではこうして回り道を余儀なくされ、距離を稼がれてきたが。


「私も急いでいるんですよ。いつまでもあなた一人に時間を取られるわけにはっ!」


 無造作に右の裏拳で薙ぎ払う。

 二つの大木は根こそぎへし折られ、轟音と共にすっ飛んでいった。


「——いきませんので」


 にこやかにほほ笑みかけるセリムに、とうとう少女は足を止め、腰を抜かしてへたり込んだ。


「ひっ、余を、余を殺す気か……! 余が亡き者となれば、百万の民が黙ってはいまいぞ……!」

「訳わかんないこと言ってないで、大人しく捕まってください。事情は後で聞きますから」

「は、離せ! いやだ、助け、助けてぇ! アウスーっ、ぱんつあげるからたすけてぇー!」


 意味不明な内容をわめいている少女を小脇に抱え上げる。

 不穏な言葉も聞こえるが、詮索は後回し。

 危険度レベル25のモンスター、か弱い少女を庇いつつの戦闘。

 どう考えても、ソラにはまだ荷が重い。


「ここまで私を引っかき回しておいて、勝手に死んだら許しませんから」


 ソラの無事を祈りつつ、セリムは来た道を全速力で引き返す。




 ○○○




 悲鳴の聞こえた方向へと、ソラは一目散に駆け抜ける。

 薄暗い森を抜け出て、光の差す広場へと抜け出た彼女の目にまず飛び込んできたのは、一面に黄色い花が咲き乱れる光景。

 しかし、ソラにその景色を楽しむ暇は与えられていない。

 花畑の中、ピンクのワンピースを着た小さな少女を取り囲んで身を固める、三人の女冒険者。

 まずは彼女達の安否を確かめなければ。


「ヴェラさん、みんな! ケガは無い!?」

「嬢ちゃん、来たのかい! あたいはまだ無傷だけど、ライテがね……」


 ヴェラの弟子のうち、小柄な方の女性。

 彼女のふくらはぎが切られ、血が流れ出している。


「すみません、姐さん。ドジっちゃって」

「気にすんな、名誉の負傷だ! ヒザリィ、お姫様をしっかり守るんだよ!」

「う、うす!」


 大柄な方の弟子ヒザリィは、大盾を構えて少女を庇っている。

 だが、肝心の敵の姿が周囲に見当たらない。


「25のヤツはいないみたいだけど、もしかして逃げ切ったの?」

「逃げたんならこんな目立つ場所のど真ん中に固まってやしないさ。ヤツは相当性格が悪いみたいだよ。あたいらなんざ敵じゃないとわかってて、なぶってやがんのさ」

「姐さん、翼の音です! また来ます!」


 ばさ、ばさ、ばさ。


 大きな生き物が羽ばたく音がソラにも聞こえた。

 背中の剣を抜いて、周囲に注意を払う。

 羽ばたきの音はさらに大きくなり、森の木々の影から三つ首の飛竜が飛び出した。

 三つの頭に一本ずつ角を生やし、灰色の鱗に全身を覆われた姿。

 体よりも大きな一対の翼を広げ、二本の足に鋭い爪が鈍く光る。


「き、きたぁ!」

「情けない声出すんじゃないよ! 嬢ちゃんを守りな!」


 飛竜は低空を飛行しつつ、鉤づめを尖らせて襲い来た。


「あたしがいるからには、もう好き勝手させない!」


 ツヴァイハンダーを両手で持ち、ソラは高く跳躍。

 自らを軸に縦回転し、勢いを付けた斬撃を繰り出す。

 不意を突かれたトライドラゴニスは大きく体勢を崩しつつ、攻撃を回避。

 滞空すると、着地したソラをその三つ首にそれぞれついた合計六つの目で睨みつけた。


「遊びは止めって感じだね……。ヒザリィ、アイツが嬢ちゃんに気を取られてる隙に、その子を連れて離れてな」

「うっす! ほら、おいで。ついでに相棒、あんたも足手まといだ」

「ぐっ、不甲斐ないっす」


 ライテとヒザリィはエマを連れて花畑の隅へ。

 ゆっくりとホバリングする飛竜。

 それに対峙するソラの横に、片手剣とバックラーを持ったヴェラが進み出る。


「嬢ちゃん、ふわふわの彼女はどうした」

「もう一人子どもを見つけて、その子を追いかけてる」

「もう一人!? ……まぁいいや。あれこれ言ってる状況じゃないからね。どうだい、あんたに勝算はあるかい」

「セリムが来るまで耐えれば勝てる。だけどそれじゃああたしの気が収まらない。自力での勝算は無いけど負ける気もさらさら無いよ」

「はっ、頼もしい限りだねぇ。気い張って行くよ」

「おうよ!」


 戦闘態勢に入った飛竜の中央の首が大きく口を開いた。

 その喉奥に炎がチラついたかと思うと、口いっぱいに火炎がチャージされていく。


「あいつ、炎吐くの!?」

「聞いた話じゃ炎だけじゃなく、吹雪と雷も吐き出すらしい」

「なにそれずっこい!」


 圧縮されきった火球が吐き出され、二人を襲う。

 それぞれ左右に飛びのいて回避、着弾地点で火球が爆ぜ、草花が黒く焦げる。

 右から走り込むソラに対して、飛竜は長い尻尾をしなやかに、鞭のようにしならせて薙ぎ払う。

 空気を切り裂く甲高い音と共に迫る攻撃を、跳躍して回避。

 しかし、飛竜の狙いは彼女ではなかった。


「くっ!」


 狙いはヴェラ、なんとかバックラーで防御するが、衝撃で取り落としてしまう。

 さらに飛竜は、空中で回避行動の取れないソラに翼を叩きつけた。

 ミスリルの刀身で受け止めるが、大きく後ろへ弾かれ、地面を滑る。

 その時、左の首が彼女の方を向いて口を開いた。

 喉奥に渦巻くのは、限界まで魔力圧縮された冷気。


「やばっ……」


 すぐに横っ飛びで回避、一瞬後に発射された冷気がソラの居た場所を凍てつかせた。


「三つも首があるとかずるい! 死角が無いじゃん!」

「まずいね、こちらの攻め手がことごとく読まれてる」


 距離を取った二人に対し、右側の首が大口を開く。

 その喉奥で生成された電撃が周囲に解き放たれ、稲光がソラを狙って縦横無尽に駆ける。

 あちこち転がりまわって攻撃を避けつつ、ソラの口から思わず愚痴が飛び出す。


「ちょっ! なんであたしばっかり!」

「嬢ちゃんさえ倒せば、あたいらに勝ち目は無くなる。そういうこったろうさ」

さかしいな、25のヤツめ!」


 攻撃の間にヴェラが近づこうとしても、上空に飛び上がられては手が出せない。

 彼女の身体能力では、あの高さまで跳ぶことは出来ないのだ。


「……相性最悪ってワケかい」


 トライドラゴニスは飛行型のモンスター。

 近接戦闘タイプの剣士二人では分が悪い。

 さらに大きいのは力の差。

 ギルドが定めたモンスターの危険度レベルは、おおよそ同レベルの冒険者と互角の力を持っているということ。

 ソラはともかくとして、レベル13のヴェラでは足下にも及ばない。

 相性の悪さに加えて格上との戦闘。

 この状況を打開するには。


「ちょっ、少しは休ませて! こんなん、いつか当たっちゃうって!」


 雷、火炎、吹雪。

 三つの首から代わる代わる降り注ぐ攻撃。

 一撃でも貰ったらまずい。

 火炎を飛び下がって避け、着地地点を狙った吹雪を素早く転がって回避。

 範囲の広い雷は、集中力を高めて落下地点を予測。

 休む間も無い波状攻撃に、攻撃に転じたくても回避で手いっぱいだ。


「嬢ちゃん、このままじゃジリ貧だ。あたいが活路を開く」

「捨て石になる気!? ダメだよ、そんな命を粗末にしちゃ!」

「死ぬ気はないさ。今からアイツの動きを止める。ほんの少しの間だから、しっかり決めてくれよ」

「……うーん、了解。でもホントに死んじゃダメだからね」


 ソラの言葉に親指をグッと立てると、彼女は姿勢を低くして素早く飛竜に近づく。

 その三ツ首は全てソラを向いており、弱者たるヴェラのことなど気にも留めていない。


「完全に無視されてるね、ナメてくれちゃって」


 ヴェラが懐から取り出したのは、丸いボール状のアイテム。

 ボタンを押して三秒後に弾けるまではタイマーボムと同じだが、殺傷力は無い。

 弾けたあとに飛び出すものは、爆発ではなく網。

 タイマーネットと呼ばれる、捕獲用のアイテムだ。

 トライドラゴニスのパワーでは、数秒で網は破られてしまうだろう。

 全てはその数秒に懸かっている。

 タイマーネットのボタンを押し、立ち上がって右手を振りかぶる。


「これでも、——っ!」


 その時、右の首がヴェラの方を向いて口元を歪めた。

 動きに気付かれていた。

 ソラに向けての発射準備が整っていた雷のブレス。

 それがヴェラ目がけて発射される瞬間。


「……ッ! 食らいな!」


 彼女は敵目がけて、力いっぱいにボールを投げた。

 同時に、恐るべき威力の電撃が彼女の全身を駆け抜ける。


「あがああああぁあっぁぁぁぁぁぁっ!!!!」

「ヴェラさん!!」

「姐さん!!」

「姐御ォ!!」


 二人の弟子とソラが叫ぶ中、膝から崩れ落ちるヴェラ。

 飛竜の頭上でボールが弾け、広がった網が上から飛竜に覆いかぶさる。

 翼を動かせなくなり、地に堕ちて多大な隙を晒したトライドラゴニス。

 ヴェラが命を賭けて作ってくれた、このチャンスを無駄にはしない。


「いくぞっ! 闘気収束オーラチャージッ!!」


 ソラが解き放つ力は、剣士の固有技能。

 自らの精神力、戦う意思を刃に込め、切断力と破壊力を大幅に高める技。

 コバルトブルーの刀身が透明なオーラを纏い、ゆらゆらと揺らめく。


「これで終わりにしてやるッ!」


 網から逃れようともがく飛竜に対し、一気に間合いを詰める。

 閉じられた三つの首の口元からは、三つの属性のブレスが漏れ出ている。

 すぐに発射可能な、危険な状態だ。

 最初に網を破って大きく首を上げた、中央の頭。

 間合いにまで飛び込んだソラは、その喉元目がけて高く飛び上がった。


「食らえぇぇぇぇッ!!」


 闘気を纏った刃が飛竜の頸に届き、その頭が宙に舞う。

 勝利を確信したソラ。

 あとは着地して、同じように左右の首も斬れば。


 ——ぶち、ぶちっ!


「え——」


 ネットの千切れる音、ソラは未だ空中。

 ソラを挟み込むように持ちあがる左右の首、開かれる大口。

 収束された冷気と雷が、喉の奥で渦を巻く。

 身動きが取れない、回避することが出来ない。

 二つのブレスをまともに食らってしまう。


「やば——」


 吹雪と雷撃がソラに向けて発射される、まさにその時、赤色の筒が吸い込まれるように、二つの首の口の中へ。

 飛竜の口内で巻き起こる大爆発、左右の頭は粉々に弾け飛んだ。

 後ろを振り向くと、ぐったりとした少女を小脇に抱えたセリムの姿。


「なんとか間に合ったみたいですね」

「ナイスタイミングだよ!」


 結局は彼女に助けられてしまった。

 少しだけ悔しいが、それ以上にソラの胸を満たすのはこの上ない安心感。

 着地したソラは、彼女に向かって駆け寄る。


「セリムーーーーっ!」

「ソラさん、まだ終わってません!」

「えっ!?」


 背後を振り向くと、死んだはずのトライドラゴニスが胴体だけで闇雲に暴れている。


「どっどっどっどうなってんの!?」

「首は急所ではありません。トライドラゴニスの脳がある場所は三つの首の付け根。一つの脳で三つの首を動かしているんです」

「ほんとずっこい! もう一丁、闘気収束オーラチャージ!」


 気が緩んで消えてしまった闘気を、もう一度剣に纏う。


「で、ソラさん。もう敵さんは死にかけてますが、手助けは?」

「いらない。見てくれてるだけでいいわよ。それよりもヴェラさんを助けてあげて!」


 ソラの指さした先には、うつ伏せに倒れて動かないヴェラの姿。

 早く処置を施さなければ、危険な状態だろう。


「分かりました。危なくなったら助けに入りますけどね」

「余計な心配だって。行ってくる!」


 セリムが見てくれている。

 それだけで、疲れた体に元気が戻ってきた。

 三つの首を失った死にかけの飛竜なんかに、負ける気は微塵もしない。


「今度こそ、トドメ刺してやるから!」


 闇雲に暴れるトライドラゴニスの胴体。

 めちゃくちゃに振り回される尻尾を飛び上がって回避、さらに翼を蹴って敵の直上へ。

 狙うは三つの首が集まった根元。

 コバルトブルーの剣を両手で逆手持ちしながら落下。

 全体重を乗せて、力いっぱい突き立てる。


「これで、終わり……ッ!」


 根元まで深々と突き刺さるツヴァイハンダー。

 飛竜は声なき断末魔を上げ、体を逸らして一度痙攣する。

 そして、糸が切れた人形のように大地に倒れ伏した。

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