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106 アルカ山麓の戦い⑭ 終結 こうして私たちの戦いは、一旦終わりを迎えました

 ルキウスの亡骸は灰となり、風に舞い散った。

 空を見上げるマリエールの小さな体、その胸中には様々な感情が、悲しみが、憤りが、安堵が、ごちゃごちゃになって入り乱れる。

 しかし、今すべきことは泣くことではない、怒ることでもない。

 涙は見せず、声を高らかに、彼女はただ事実のみを告げた。


「敵の首魁、ルキウス・シルフェード・マクドゥーガルは討ち取った! 皆の者、我らが勝利である!!」


 戦場に響き渡るマリエールの声。

 ルキウスの暴威から退避していた周囲の兵が、まず剣を突き上げて勝鬨を上げる。

 そこから勝鬨は波及し、じわじわと広がり、やがて戦場全体が勝利に湧き上がった。


「お嬢様、ご立派に御座います。さ、今度こそ我らは王城に戻りましょう」

「……うむ」


 各所から上がる歓声。

 最前線で魔物と戦い続ける兵たちは、更に士気を上げる。

 そんな中、魔王の証である紅いマントを翻し、白い杖を手に、マリエールは従者と共に静かに立ち去っていった。


「魔王さん、大丈夫かな……」

「平気だよ、きっと。マリちゃん強いし、それに一人じゃないから」

「そうね。あの幼さで王の重責を担っているんだもの。私も見習うべきところが多々あるわね」


 アウスを引きつれて王都へと戻る彼女の、次第に小さくなっていく背中を、ソラたちは見送った。

 ソラの胸に、ようやくマリエールへの尊敬の念が芽生え始めたその時。


「ソラさん! 怪我はありませんかっ!」

「うわぁっ!」


 セリムがもの凄いスピードで飛びこんで来た。

 ソラの前で、トップスピードからの急停止。

 凄まじい風圧を顔面に浴び、ソラは体を大きく仰け反らせた。


「せ、セリム!? びっくりしたぁ……」

「むぅ、驚かなくてもいいじゃないですか」


 ここまで死闘を繰り広げてきたソラは、まだ少し気が張り詰めていたため、唐突に目の前に現れたセリムを、一瞬だけ敵と誤認してしまったのだ。

 よくよく見れば非常に可愛らしい、今すぐ唇を奪ってあわよくば他にも色々したい、この世界で一番好きな少女だったのだが。

 一方、ソラに驚かれてしまったセリムは軽く頬を膨らませつつ、周囲の様子をキョロキョロと見回す。


「ソラさん、ルキウスは……、どこにもいないですけど、もうやっつけちゃったんですか?」

「そうだよ! 聞いてセリム、このソラ様の大活躍——あてっ!」


 若干誇張の入った自慢話を展開しようとしたソラだったが、背後からリースに頭をはたかれる。


「あんた一人の力じゃないでしょうに」

「あの、あなたは……」

「お初にお目にかかるわね、英雄さん。私はリース・プリシエラ・ディ・アーカリア。この国の第三王女よ」

「ですよね! やっぱりクロエさんと一緒なんですね!」


 狩猟大会の時と、王との謁見の日。

 顔を見たことは二度あるが、こうして言葉を交わすのは初めてだ。

 親友と禁断の恋を繰り広げるお姫様——とセリムは勝手に思っている、を前にして、セリムは目を輝かせた。

 リースの両手を取り、しっかりと握って激励の言葉を贈る。


「頑張ってくださいね! 障害は多いでしょうけど、私は味方ですから!」

「え? ええ……、ありがとう?」


 何を応援されたのやら、さっぱり分からないリースだったが、一応お礼だけは言っておく。


「セリム、違うから。変なことばっか言って、リースをあんまり困らせないでね」


 クロエが困惑しきりのリースからセリムを引き離し、その場を治める。


「もぅ、隠さなくても私は味方ですよ……」

「と、ところでさ。ホースってどうなったの?」


 彼女の暴走が抑えられたところで、ソラは気になっていた質問を投げかけた。

 すると途端にセリムの表情は曇り、泣きだしてしまいそうな雰囲気になってしまう。


「うぅ、あの……、その、えっと……」

「もしかして、また逃げられたとか……」

「いえ、逃がしてません。逃がしてはいないんですけど、その……」


 とても言いにくそうに悩んだ末、セリムは半泣きで告げる。


「思いっきりぶん殴って蹴り飛ばして、往復四キロくらい転がしたら、しっ、死んじゃいましたぁ……」


 絶句。

 予想外の回答に、三人は言葉を失う。

 四キロも蹴り転がされたらそりゃ死ぬでしょ、とクロエは思った。


「そ、それは……、大変だね……」

「そうなんですよ……。なんなんですかアイツ、あれくらいでぇ……。殺す気でやってようやく殺さずに倒せるって言ってたのにぃ……」


 ソラですら何と言葉をかけていいか迷っていると、凛とした女性の声が問い掛ける。


「では、ホースの死体はどうした? その場に置いてきたのか?」

「ローザさん。もちろんです、死体なんて持ってきてないですよ」

「そうか。……場所を教えてもらってもいいだろうか」


 ローザはホースの生死を、実際にその目で確かめずにはいられなかった。

 黒竜との戦いの最中に直接顔を合わせて感じた、その底の知れなさ。

 対峙したのはほんの短い時間だけだったが、目的のためなら手段を選ばない非情さ、何であろうが己のために利用する狡猾さが、ローザには見て取れた。

 果たしてあのホースが本当に、相手の力量を読み間違えて挑発し、うっかり殺されてしまったなどという末路を辿るだろうか。


「私には、どうしてもヤツが死んだとは思えないんだ。ヤツの死を、この目で確かめたい」

「いいですよ。あっちの方角です。手加減中にうっかり直径三十メートルくらいのクレーターをパンチで作ってしまったので、すぐに分かると思います」

「さん……っ!?」


 南西の方角を指差しながら、さらりととんでもないことを言ってのけるセリム。

 さすがのローザも、二の句を継げなくなる。


「……そ、そうか。思った以上に途轍もないな、キミは。では、私は行ってくるよ」


 セリムの指し示した方角に向けて、ローザは駆け出していった。

 彼女を見送ると、続いてリースが背中を向ける。


「私も姫騎士団のところに戻るわね。彼女たちに持ち場を任せて来ちゃったし、まだ戦いが終わったわけじゃないんだから。行くわよ、クロエ」

「う、うん。じゃあ二人とも、また後でね」


 クロエに声をかけながら、姫騎士団の方へと戻っていくリース。

 クロエはセリムとソラに軽く手を振り、小走りでその背中を追いかける。


「みんな行っちゃったね。よし、あたしたちももうひと暴れしようよ!」

「そうですね、早く終わらせて帰りたいですし。服もこんなに血や泥で汚れてしまいましたから、これ以上汚れても気になりません」

「パンツも見られる心配ないしね」

「そこなんですけど、私としてはスパッツなんて一刻も早く脱ぎ捨てたいんですよね。可愛くないですし、蒸れますし」


 ミニスカートの裾を摘み上げて、スカートの中のスパッツを見せてくれるセリム。

 ソラにとって、それは非常に刺激の強い光景であった。

 汗でぴっちりと張り付いたスパッツの下に、セリムの下半身のラインがくっきり浮かび上がっている。

 他の誰かに見られてしまう前に、ソラはすぐさま止めに入る。


「ちょっ、何してるの! 早くしまって!」

「え? なんでですか? ぱんつは見えてないですし、別に恥ずかしがることでは……」

「逆にえっちいから! むしろ興奮するから!」

「言ってることがよく分かんないですけど、そこまで言うのなら……」


 首をかしげながらも、セリムはスカートから手を放した。


「ふぅ、誰にも見られてないよね……?」


 セリムのサービスシーンなど、誰に見せるつもりもない。

 もしも見てしまった奴がいたら、剣の柄で記憶が消えるまで頭を小突いてやる。

 辺りを素早く見回すが、幸い包囲網の兵士たちは全員が魔物の残党を注視していた。


「ふぅ、誰にも見られてない……。もう、無防備過ぎるんだよ、セリムは」

「大げさじゃないですか?」

「じゃないって! セリムは可愛いんだから、すっごく可愛いんだから、ちゃんと危機意識を持たないと」


 ソラの口から次々飛び出す可愛いの連呼に、セリムの頬が真っ赤に染まる。


「そ、そんなに可愛いって言わなくてもいいじゃないですか……!」

「いんや、何度でも言うし! セリムはすっごい可愛い! 本当に世界一可愛いんだから!」

「や、やめてください、もう分かりましたからぁ……」

「分かってないもん! そんな可愛い表情カオして、これ以上あたしにセリムを好きになれって言うの!?」

「分かったから……、もうやめてぇ……」


 あまりの恥ずかしさのため、ソラの爆弾発言は聞き逃してくれたようだ。

 顔を真っ赤にしてうずくまるセリム。

 彼女のそんな様子を見て、ソラの脳内は「セリム可愛い」で埋め尽くされる。


「自分がどれだけ可愛いのか、やっと分かってくれたみたいだね」


 当初と完全に趣旨が違ってきているが、当のソラは満足気。

 やり遂げた感を醸し出しつつセリムを抱き起こす。


「おっし、じゃあ今度こそ行こうか。残ったモンスターを全部やっつけて、王城に戻ろう」

「はい、ゆっくりお風呂に入って美味しいご飯を食べて。……そういえば、ソラさん何か話があるんでしたよね」

「うっ、うん。それは……、まあそのうち……」


 帰ったら即告白。

 昨日の夜、眠りに落ちる前はそう強く心に誓っていたのだが、その後あまりにも色々とあり過ぎた。

 セリムの心理状態を考えると、ちょっとだけ間を置くべきなのでは。

 ソラの中に、そんな気持ちが芽生える。

 決してヘタれた訳でも、怖気づいた訳でもないことだけは、彼女の名誉のために付記しておく。


「じゃあ行こっか。何匹倒せるか競争しようよ!」

「ふふっ、別にいいですけど。ソラさん、勝ち目があると思ってるんですか」

「やってみなくちゃ分かんないし! よーし、いっく」


『オオオオオオオオオォォオォォォォオォッ!!!』


「うわっ、何!?」


 剣を片手にソラが駆け出そうとした瞬間、包囲陣から耳をつんざくような鬨の声が上がる。


「何かあったのでしょうか」

「ちょっと聞いてくるね」


 ソラは駆け足で包囲陣に向かうと、兵の一人に何が起きたか事情を尋ねる。

 説明を受けた彼女は、がっくりと肩を落としながらセリムの元へと戻って来た。


「な、何か良くないことでも起きたんですか?」

「もう全部、やっつけたって」

「……はい?」

「モンスター、一匹残らず、殲滅したってさ……」




 ○○○




 南西の方角へと数キロの距離を駆け抜けると、目の前に巨大なクレーターが広がった。

 大地を深く抉り抜き、まるで隕石でも落下したかのような惨状。

 周辺の草はところどころが抜け落ち、地盤が砕けて露出している。


「タイガが全力を出しても二十メートルが限界だというのに……。本気を出さずにこれか」


 三十メートル級のクレーターを見下ろしながら、しみじみと呟くローザ。


「さて、肝心のホースの死体だが。どこに転がっているのか……」


 クレーターの中から伸びた破砕痕を辿って、歩みを進める。

 めくれ上がった地面を頼りに数百メートル進んだところで、砕け散った大岩を発見。

 ここから二キロほど先まで、またもや破砕痕が続いているが、周囲にホースの死体は見当たらない。


「……おかしいな。あそこまで殴り飛ばして、あそこから蹴り返した。と、なるとこの岩の周辺にホースの死体が転がっているはずだが」


 砕けた岩の周囲を入念に調べていく中で、血痕を発見。

 血が付いた草をよくよく観察すれば、根元がわずかに折れ曲がっていた。

 何かが上に乗っていた痕跡だ。


「……おそらく、ホースはここに倒れていたんだ」


 血痕を辿っていくが、すぐ側で忽然と途切れている。

 何者かがホースの死体を持ち去ったのか、あるいはホースが生きていて、自力でその場を後にしたのか。

 現時点では断定は出来ない。

 確かなのは、ホースの死体がこの場に無かった、その事実だけだ。


「嫌な感じがするな。とは言え、これ以上は何も出てこないだろう」


 本当に全ては終わったのだろうか。

 胸騒ぎは治まらないが、これ以上ここにいても仕方がない。

 見切りを付けたローザは、気配を頼りにセリムたちの元へと急ぎ戻る。




 ○○○




 ホースの放ったモンスターの群れは、四方を包囲したアーカリア軍の攻勢によって一匹残らず討ち果たされた。

 勝鬨を上げたアーカリア軍は、陣形を整えて王都へと帰還を始める。

 その凱旋の列の中、冒険者連合の中にセリムとソラの姿があった。

 この戦いの功労者である二人のうち、ソラは未だがっくりと肩を落としたままだ。


「何もそんなに落ち込まなくても。別にいいじゃないですか、楽できたんですし」

「ソラ様の力と活躍を、存分に知らしめるチャンスだったんだよ……?」

「十分活躍したじゃないですか。怪物になった敵の総大将を討ち取るなんて、凄い大活躍ですよ!」

「そ、そう? あたし凄い?」

「凄いです。カッコいいと思いますよ? 私は見てませんけど」

「そうか、そうだよね! 今までの分だけで、ソラ様十分活躍出来てるもんね!」


 セリムの説得によって、ソラはようやく機嫌を直してくれた。

 コロコロと変わる表情と眩しい笑顔に癒されていると、こちらに接近する気配をセリムは敏感に感じ取る。


「この気配……、ローザさんですね。どうやら戻って来たみたいですよ」


 セリムがソラに伝え終えると同時、彼女はソラの隣に風のように姿を現した。


「お疲れ様です、ローザさん」

「あぁ。どうやら戦いは終わったみたいだな」

「ええ、それでホースさんの死体は……」


 ローザは手ぶらだ。

 さすがの彼女も敵の首を持ってくるのは気が引けたのか、それとも。

 緊張感がセリムを包む。


「それなんだが、どこにも無かった」

「ほ、本当にですか!? 砕けた岩の脇に、転がってるはずなんですけど……」

「血痕は見つけた。だが、肝心の死体がどこにも見当たらなかったんだ」

「そ、それってつまり、あの人はまだ生きて……」

「断定は出来ない。何者か、例えばホースの仲間が死体を持ち去った、その可能性もあるしな」


 ホースの、マイルの死体が消えた。

 セリムは振り返り、遠ざかるアルカ山麓をじっと眺める。

 自分にそっくりだったあの存在は、一体何者なのだろうか。

 もし生きているのなら、またいつの日か姿を現すのだろうか。

 一抹の不安を残しながらも、彼女たちの戦いはひとまずの終わりを迎えた。

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