104 アルカ山麓の戦い⑫ 結束 一瞬に全てを込めて
突然真横に現れて助言を送ってくれた憧れの人、世界最強の剣士であるローザンド・フェニキシアス。
敵の目前であることも忘れ、ソラは彼女の横顔をじっと見つめる。
「ローザさん……? どうしてここに……」
「敵の前だぞ、足は止めるな!」
「お、おお。そうだった」
ルキウスの魔力によって三メートル強の大岩が地中深くから掘り出され、ソラに向かって真っ直ぐに飛ぶ。
更に、鋭く尖った小さな石の矢が周囲に絶え間なく打ち出された。
ローザはソラと共に素早く飛び退いて大岩を回避しつつ、質問に答える。
「ソラ、どうしてここにと言ったが、私が戦場にいることに何も不思議はないと思うのだが?」
「そうなんだけど、でもさ。一人で来てるなんて珍しいじゃん」
「実は、あそこの御仁に救援を請われてな」
ローザが指さした先、左目を眼帯で覆った老魔族の姿があった。
彼は石の矢を流麗な剣さばきで弾きながら、主君の下へと急ぎ向かう。
「セリムが到着したとの報を受けて、私たちは残存するモンスターの殲滅を開始した。そこにシャイトス殿が、そちら側で起こった危機を報せに来てくれてな。四人で行きたかったのは山々なんだが、ホースの指示なのかモンスターが凶暴化していて、これ以上戦力を割けなかったんだ」
「あー、だからローザさんだけ来たのか」
次々と地中深くから巨岩を掘り出し、魔力で射出するルキウス。
乱れ飛ぶ巨岩を軽やかにかわしつつ、ソラはローザの言葉に納得。
いずれにせよ、心強い救援だ。
「タイガもついて行きたそうにしてたんだが、残ってもらった。こっちに誰か会いたい人でもいたんだろうか」
鈍感ぶりを発揮しつつ、巨岩を闘気の鋭刃で真っ二つにする世界最強の剣士。
ソラもさすがにタイガの気持ちを察し、彼女が少々気の毒になった。
「……ローザさん。今度タイガさんと二人で、ご飯食べに行ったりしてあげてね」
「ん? ああ、それよりも今は目の前のコイツだ」
巨岩の乱舞でも二人にダメージを与えられず、忌々しげに唸るルキウス。
手にした特大の剣に更に土くれを纏い、刃渡り八メートルはあろうかという巨大な戦斧へと姿を変える。
一瞬で間合いに踏み込んだルキウスが、ソラを自らの手で一刀両断するために得物を大きく振りかぶった。
「また武器が変わった!?」
攻撃の軌道上を大きく飛び越えて、大振りの一撃を回避するソラ。
彼女が着地した瞬間を狙って、刃を返した戻りの一振りが襲いかかる。
体勢が整わないうちに浴びせられた一撃、ガードする以外に選択肢は無し。
しかし、振り抜かれる土くれの大斧は到底受け止めきれる速度でも、力でも、質量でもない。
「ソラ、参式を使え! 一瞬で力を爆発させるんだ!」
「一瞬で……!」
先ほども送られた、ローザからの助言。
参式は垂れ流すのではなく、一瞬で爆発させるもの。
迫り来る土くれの刃を前に、ソラは練りだした闘気を体内で増幅し、爆発させる。
「闘気収束・参式っ!」
爆発的に上昇するソラの身体能力。
溢れだす闘気を刃にも纏わせ、敵の一撃を真っ向から受けて立つ。
群青の刃と土の刃がぶつかり合い、力が拮抗した。
数秒間の鍔迫り合いののち、
「ぐぬぬぬぬっ、どりゃあぁっ!!」
ソラが攻撃を押し返す。
体勢を崩す前に、ルキウスは瞬時に間合いを離した。
「待て、このっ……」
「待つのはキミだ、ソラ。深追いはせず、参式をすぐに解くんだ」
「……んにゃ」
追撃の姿勢を解き、言われるがまま全身を包む闘気を消す。
「キミが参式を出来るようになっているとは驚いたよ。だがそれは諸刃の剣。使えば大きく体力を消耗し、出し続ければ疲弊して戦闘不能に陥る。使いどころを見極めて、一瞬に全てを賭けるんだ。いいな」
「一瞬……、うん、さっきのでなんか掴めた気がする」
攻撃を仕掛けるその一瞬にだけ、持てる全ての力を解放する。
そのコントロールさえ出来れば、ソラの攻撃力は今までの何倍にも跳ね上がる。
「よし、あとは実践あるのみだ。行くぞ、ソラ」
「うん、ローザさん!」
憧れの人と肩を並べ、ソラは剣の柄を強く握る。
敵は右手に大斧、左手に盾、全身を土の鎧に包んだ五メートルの怪物。
未だ打開策も攻略法も見つからないが、ソラはもう負ける気がしなかった。
一方、石の矢を弾きながら主君の下に馳せ参じたシャイトス。
マリエールの前にはトルネードウォールが展開され、風の防壁を潜り抜けるわずかな石の矢はアウス自らが叩き落とす。
「魔王様、ただ今戻りました」
「うむ、良き働きであったぞ」
「ははっ、勿体なきお言葉」
自らの兵を戦いの範囲外まで誘導した彼は、気配を頼りにローザたちを探し、救援を要請。
彼女と共にこの場所へと戻って来た。
「さて、シャイトス。ついでにもうひと働きしてもらおう。アウスに代わり、お主が兄上の魔法から余を守れ」
「お、お嬢様、それは如何なることに!? ま、まさか、このアウスでは不服であると……」
お嬢様直々のチェンジ発言に、メイドは大きなショックを受けた。
「そうではない、余に作戦がある。兄上を——あの怪物を倒す策を思いついた。それにはお主の力も必要だ。アウスよ、みなにも聞こえるようにしてくれ」
「……なるほど、そうでしたか。かしこまりました。ではシャイトス様、後は任せましたわ」
「お任せくだされ、魔王様にはかすり傷一つ負わせませぬ」
アウスが風の防壁を解いた瞬間、マリエールに石の弾丸が次々と降り注ぐ。
シャイトスは彼女たちの前に出て、素早い剣さばきで飛来する石弾を一つ残らず斬り落とす。
手が開いたところで、アウスは主の作戦を全員に伝える準備に入った。
風魔法を操るアウスの繊細な魔力コントロールは、大気の層にマリエールの声を打ち消させず、対象の耳まで届かせる。
「……風の流れ、調整完了いたしました」
「よし。みなの物、聞こえるか」
ソラ、ローザ、リース、クロエの耳に、マリエールの声が間近で聞こえる。
「うぇっ!? マリちゃん? 危ないって、こんな前に出てきたら……あれ?」
慌ててマリエールの姿を探すソラだったが、彼女は遥か遠くでシャイトスに守られている。
「んん? なにこれ」
「恐らくアウスさんの魔法だろうな。大気の流れを操って、魔王様の声を減衰させずに我々の耳に届かせているんだろう」
「ほぇ〜、そんなこと出来たんだ」
ローザの説明に納得すると、ソラはマリエールの言葉に耳を傾ける。
彼女が語ったのは、敵の動きを止め、装備を破壊し、装甲を撃ち抜き、ソラがトドメを刺すまでの流れ。
「……あら、面白いじゃない。私が完全に引き立て役なのが癪だけれど」
「あはは、仕方ないよ。ソラの攻撃しか効かないみたいなんだしさ」
「……とのことだが、ソラ、やれるか」
「もっちろん! だって、ローザさんと一緒だもん!」
作戦は全員に伝わった。
四人は攻撃をかわしながらマリエールの方を向き、頷く。
あとは作戦開始の合図を待つだけ。
「よし、ではアウスよ。お主も前に出よ」
「……はい。ではお嬢様、行ってまいります」
主君の命を老将に託し、アウスも前線に出向く。
シャイトスの背後で、マリエールはその小さな体に眠る膨大な魔力を解き放った。
彼女のクラスは、火、氷、風、雷、土、五属性の力を自在に操る希少なクラス、エレメンタルウィザード。
高レベルになれば、二つの属性をミックスして放つことすら可能だ。
しかし魔力をミックスする際に、魔法の杖のサポートが不可欠。
更に複雑に属性が絡み合った膨大な魔力が災いして、彼女は通常の魔法ですら杖無しでは使用できなかった。
「この力、久々に使うが——まさか相手が兄上だとはな……」
彼の命は、とうに諦めている。
可能ならば助けたい、だが兄は許されないことをしてしまった。
彼のプライドや信条を鑑みても、助けたところで待つのは生き地獄、すぐに自ら命を断つだろう。
それ以前に、彼はもはや理性を持たぬモンスターと化してしまったのだ。
命を断つ以外に、彼を救う方法は残されていない。
「……何を今さら迷うのか。しっかりしろ、マリエール」
自らを鼓舞する言葉と共に、彼女は杖の先端、魔法石に魔力を結集させる。
源徳の聖杖に記されたルーンと、オリハルコン程ではないが膨大な魔力容量を持つ水晶が、魔力の合成を後押しする。
流し込むのは、炎と氷の魔力。
二つの属性を杖の中で混ぜ合わせ、最適化する。
「行くぞ、みなの者! 準備が終わるまで、攻撃を食らうでないぞ!」
杖を高々と掲げ、マリエールは魔法を放つ。
炎と氷の合成魔法、凍てつく氷が炎で溶かされ、水の魔力へと形を変える。
「ウォータープリズン!」
ルキウスの眼前に出現した、ぷかぷかと浮かび上がる小さな水塊。
突然現れた不可思議な物体を、彼は訝しげに見つめる。
その水塊は見る見るうちに大きさを増し、その巨体を、彼の得物ごと包み込む。
「ぬぬぬぬぬ……」
「ゴボォッ! ゴブボバァ!」
あまりにも巨大な水の球にすっぽりと全身を包み込まれ、ルキウスは脱出しようともがき、足掻く。
内部から水の膜を絶大なパワーで殴り付けるルキウスと、魔法を維持するマリエール、力と力のせめぎ合いが続く。
「ぬぬぬぅ……! も、もう十分か……!」
魔法の維持も限界。
彼女が大きく息を吐くと同時に、水塊はただの水となり、バシャァ、と音を立てて飛び散った。
「だが、まだだ! フレイムストーム!」
休む間もなく続けざまに火炎魔法を放つマリエール。
自身の周りで螺旋を描き渦巻く炎、ルキウスは不快そうに手で払いのけようとする。
「わたくしも手伝いますわ。サイクロン!」
更にアウスの風魔法が酸素を送り込み、炎の勢いを加速させた。
水を含み、泥となった装備が熱せられ、次第に固まっていく。
「ガッ、ガアアァァァッ!!」
土の鎧は陶器のように固まり、ルキウスの動きが止まった。
しかし、怪物はその膂力で無理やりに動こうとし、鎧にヒビが入っていく。
拘束は長くは持たない。
マリエールとアウスは魔法を解除。
息を切らせながら、力を使い過ぎたマリエールはその場にへたりこむ。
「はぁ、はぁ……、あとは頼んだ……!」
「任せて頂戴! 行くわよ、クロエ!」
「合点承知!」
雷のカートリッジが挿入されたドリルランスが、唸りを上げて回転する。
バーニアが火を吹き、クロエは一直線に敵の盾を目がけて突き進む。
「ブチ抜けええぇぇぇぇッ!!」
硬く焼き上がった盾に穂先がぶつかり、ドリルの回転が表面を穿ち、盾全体がひび割れていく。
硬くなったということは、つまり衝撃に弱くなったということ。
柔らかい土の盾では受け流せた衝撃が、見る見るうちに蓄積されていく。
やがてひび割れは全体に達し、クロエが向こう側へ突き抜けると同時に粉々に砕け散った。
「次、リースだよ!」
「言われなくたって!」
両手をかざし、リースは魔砲撃の照準を敵の大斧に合わせた。
フォトンブラスターには遠く及ばないが、数秒間をチャージした渾身の——。
「フォトン……っ、シューターッ!!」
白い光の奔流が土の斧に激突し、次第にひび割れを起こす。
歯を食いしばりながら魔力を放出し続け、巨大な斧の全体にひび割れが行き渡った。
「メイドさん、次はあなたよ!」
「心得ております」
分厚い斧の破壊は、いくら脆くなったと言っても一人では不可能。
リースの入れたひび割れに、アウスが最後の一押しを加える。
「エンチャント、ストームフレイル!」
何度も頭上で振り回し、遠心力を乗せて叩きつけられる風の鉄球。
多大な打撃衝撃を受け、土の戦斧も粉砕された。
これで敵は丸腰、あとは拘束が解ける前に、ソラが最後の一撃を叩き込むだけ。
「ソラ!」
「ソレスティア!」
「ソラ様!」
「ソラよ、任せた!」
緑色の光を放つ石。
その柔らかな光が剣に宿り、青い刀身が緑色のオーラに包まれる。
斧が砕けた瞬間、剣を両手で強く握り、彼女は敵に向かって駆け出した。
「おうさ! ソラ様に任せとけ!」
「行くぞ、ソラ! キミを絶対に敵の懐へ送り届ける!」
ローザとソラ、二人の剣士が共に敵へと駆ける。
全員で作り出したこのチャンス、絶対に逃すわけにはいかない。
敵の攻撃範囲に踏み込んだ二人。
こちらのリーチまでにはまだ遠い、もっと距離を詰めなければ。
「——っ! ソラ、敵の拘束が……!」
異変に気付いたローザが声を上げる。
ルキウスの巨体に秘めた強大な力が、ついに鎧の拘束を破った。
内部から破壊され、粉砕された鎧の欠片がパラパラと舞い散る。
土の鎧の中から毛の生えた土気色の巨体が姿を現し、自由になった巨腕でソラを目がけて殴り掛かった。
右ストレートを横に回転して回避し、彼女は尚も距離を詰める。
敵の足下まで到達したところで、全身をバネに高く高く飛び上がった。
どんな相手も首は急所、顔面の高さまで舞い上がり、両手で剣を握って、彼女は最後の一撃を——。
「んなっ!?」
突然、ルキウスが口を大きく開いた。
その喉奥に、膨大な魔力エネルギーが集まっていく。
まずい、この体勢では避けようがない。
防御しようにも、防御技など習得していない。
レベル差も考慮に入れれば、喉奥に溜めこまれたエネルギーをまともに食らった場合、一瞬で塵も残らず消し飛ばされる。
「やばっ、これっ、死——」
「言ったはずだ、キミを絶対に送り届けると」
ソラと敵の間に、攻撃の射線上に、彼女は割って入った。
「ロッ——」
次の瞬間、圧縮された魔力が解放され、怪物の口から放たれる。
絶大な威力の魔砲撃がローザを直撃し、彼女の体は——消し飛ばない。
彼女が剣に込めた闘気は、透明なオーラの盾を形成し、攻撃を真っ向から受け止めていた。
「集気護盾……っ!」
「あれって、あたしが前に失敗した……」
ギガントオーガとの戦いでソラが咄嗟に繰り出した、剣士の固有技能の内、唯一の防御技。
魔砲撃の威力に押され、ローザは後方に吹き飛ばされる。
「ぐっ、なんて威力だ……! ソラ、一気に決めろ!」
「……うんっ!」
落下しながら、ソラは剣にありったけの闘気を込めた。
コバルトブルーの刀身は、緑の光を放つ巨大な闘気の刃に変わる。
同時に、自身の体内にも闘気を蓄積。
「一瞬に全てを——、闘気収束・参式!」
一瞬に全てを込めて。
胸に刻んだローザの教え。
力が頂点に達した瞬間、彼女は目前の怪物の胸部を目がけ、全てを込めた全力の一撃を解き放った。
「これで、全部終わりだッ! 集気大剣斬アァァァァァァァッ!!!!!」