103 アルカ山麓の戦い⑪ 死闘 皆さん、そっちは任せました!
拳の乱打を激しく打ち合うセリムとホース。
周囲に被害を出さない程度の力では、その実力は五分と五分。
このままでは決着はつけられない。
本気を出すためには、なんとかしてホースをアーカリア軍の陣中から追い出さなければ。
「あっはは、楽しいねえ、セリム・ティッチマーシュ! 僕はずっとキミに会いたかったんだ! さあ踊ろう、僕らが一つになるまで、ずっと!」
「気持ち悪いことを」
打ち出されたホースの拳を、わずかに頭を傾けてかわす。
すかさず伸び切った腕を掴むと、その腕に魔力を込めた。
「言わないでください!」
照準は遥か彼方、丘陵の谷間に存在する大岩。
狙いを定めると、ホースの腕を掴んで一回転。
遠心力を乗せて、セリムは思いっきり投げつけた。
「絶対投擲ッ!!」
「なん……だってっ!?」
ホースの体は真っ直ぐに、遥か彼方の大岩目がけて飛んでいく。
投擲を終えたセリムは、すぐさまホースの後を追って駆け出す。
空中でいくらもがこうが、体勢を整えようが、ホースは一切勢いを落とすことなく飛ばされ続け、一キロほど低空飛行を続けた末に、背中から大岩に叩きつけられた。
「ぐは……っ!!」
巨岩が粉々に砕け散り、ホースの体が瓦礫の中に埋もれる。
崩れた岩の前で立ち止まると、彼女は勿体つけるなと言わんばかりに腰を落として拳を構え、戦闘態勢に入った。
「……早く出てきてください。あなたがこの程度でやられるわけがないでしょう」
「ふふふっ、びっくりしたなぁ。キミの絶対投擲、こんな使い方も出来るんだ」
岩の破片が粉々に消し飛び、黒いフードに付着した土埃を払いながら、無傷のホースが姿を現す。
「さあ、早く始めましょう。あなたをブチのめして、そのフードを引っぺがしてやります」
「いいよ、楽しくなってきた。存分に遊ぼうじゃないか、セリム・ティッチマーシュ。僕らのどちらかが、壊れるまで!」
「壊れるのは、あなた一人です!」
もはや周りの被害を気にする必要はない。
セリムは拳を強く握り、地形が変わらない程度に力を解放して攻めかかった。
○○○
土くれの大剣を振り回し、逃げ惑う兵士たちを相手に暴虐の限りを尽くすルキウス。
変わり果てた兄の凶行を止めるには、その命を終わらせるより他にない。
ついに取り戻した源徳の白き聖杖を右手に、マリエールは自らに眠る膨大な魔力を解き放つ。
杖の先端をルキウスに向け、解き放つは最高位の火炎魔法。
「グランエクスプロージョン!!」
兵士に向けて剣を振りかざすルキウスの眼前に、魔力で生み出された高熱源体が発生した。
動きを止めた彼の眼前で、大爆発が巻き起こる。
怪物の顔面が爆炎に包まれ視界が塞がれる間に、兵士たちは安全圏まで退避。
「今だ、ソラ、アウス! 兄上を——あの怪物を、我らで仕留める!」
「やるじゃん、マリちゃん! 魔王ってホントだったんだ!」
「未だにそこすら疑っておったのか!?」
ソラは背中の大剣を抜き、群青の刀身を両手で握りしめる。
頼りになるセリムは、すでにホースとの戦いの場を遥か遠くに移している。
しかし、今は一人じゃない。
「おっし、一気に決めるよ! アウスさん!」
「ええ。あの男の……、魔族の不始末は、このわたくしが責任を持って片を付けますわ」
「闘気収束!」
「エンチャント」
剣に闘気を纏わせるソラ、蛇腹剣に風を纏わせるアウス。
二人はそろって、爆炎の中から現れた敵の顔面に斬りかかった。
飛び上がり、脳天に向かって斬撃を放つ。
「食らえっ、気鋭斬っ!」
「これで……っ!」
——ガギィィィン!
弾かれる二つの刃。
二人の繰り出した一撃は全く刃が立たず、文字通りルキウスに傷一つ付けられない。
「うっそ、硬すぎ! ……なんかいつも言ってる気がするけど」
「いえ、これは硬いと言うより……」
攻撃を受けた部位の様子に、アウスは猛烈な違和感を抱いた。
ただ装甲が硬いのではなく、別の要因で攻撃が通らないのではないか。
しかし、分析をする暇もなく、巨大な土くれの刃が彼女たちに振り抜かれる。
「うわっちょっ、やばいやばい!」
「ソラ様、ご安心くださいませ」
アウスは顔色一つ変えず、落ち着き払った口調でソラと自分の靴底に小さな竜巻を生み出す。
強風の勢いに乗って、彼女たちは瞬時に攻撃範囲外まで逃れる。
間合いを離す瞬間、ルキウスの醜く歪んだ顔がアウスの視界に入った。
その瞬間、彼女の疑惑は確信に変わる。
「っにょわわあああぁぁぁッ!」
「ソラ様、足裏から風を噴射させました。落ち着いて姿勢制御を」
「そんなの急に言われてもぉ!」
優雅に着地するアウスとは対照的に、ソラはお尻から落下。
標的を彼女たちに定めたのか、ルキウスはゆっくりと二人の方へ歩みを進め始める。
「いったた、お尻が割れる……」
「お嬢様、ソラ様。どうやらわたくしたちの攻撃は、敵に一切効かないようです」
「そんなの分かってるって。すっごく硬いもん、あいつ」
「いえ、そうではありません。おそらくどんな攻撃も、……下手をすればセリム様の攻撃すら効くかどうか」
「へ? セリムの攻撃が? いやいや、そんなわけないじゃん」
「アウスよ、それはいかなることだ……?」
主人の投げかけた当然の疑問に、アウスは自説を述べる。
「まずルキウスの顔。お嬢様の爆炎魔法を浴びたにも関わらず、焦げ跡一つ見られませんでした」
「威力不足だっただけじゃないの?」
「……ソラよ、本当に威力不足かどうか、その身を以て試してみるか?」
「うそうそ冗談! そんな怖い顔しないで」
「威力不足、確かにそれもあるでしょう」
「アウス!?」
全力で放った魔法を従者にすら否定され、魔王様は若干傷心のご様子。
「ですが、それだけでは説明がつかないのです。顔に生えた毛一本すら焦げ付かない事に」
「顔の毛すら……?」
「わたくしとソラ様の斬撃も、装甲に弾かれたというよりは、そもそも受け付けていないようだった。毛の束くらいなら切れてもいいでしょうに」
「つまり、ダメージそのものが完全に無効化されている、と申すか」
「……まだ憶測に過ぎませんが」
地響きを響かせながら迫り来るルキウス。
もしも本当に攻撃が効かないとなれば、倒す手段は——。
「いずれにせよ、もう少し試してみる必要はありますわね」
「うぅ、もしホントに効かないんなら、どうしたらいいのさ……。もう神頼みでもする?」
首から下げた緑色のネックレスを握り、ソラは思わず弱音を吐いてしまった。
神子の護衛をこなしたお礼に貰ったこの首飾り。
ノルディン教の総本山で貰ったものなら何か御利益が、なんて現実逃避気味な考えすら頭を過ぎる。
「考えるのは後だ、来るぞ!」
目の前に迫ったルキウスが、土くれの大刃を振りかざす。
ソラとアウスは左右に、マリエールは背後に飛び退き、それぞれ回避。
剣速と質量が巻き起こす凄まじい風圧に、マリエールの小さな体は飛ばされそうになる。
「っこの! ブラストストーム!」
姿勢を低くしながら、杖の先端を敵に向け、彼女は高位の風魔法を放った。
視認可能なほど高密度に圧縮された嵐の弾丸が、ルキウスの鳩尾に突き刺さる。
しかし、魔人は微動だにしない。
「やはり、効かぬか……!」
「お嬢様、一旦お下がりを。エンチャント、ストームフレイル」
アウスは連結を解いた蛇腹剣の先端に、風を球体状に圧縮。
モーニングスターのように遠心力を乗せて振り回し、敵に叩きつける。
が、やはりルキウスの巨体は揺るがない。
まるで衝撃そのものを感じていないかのように。
「これも効きませんか……」
「チャージ完了。お退きなさい、メイドさん」
その時、背後から聞こえた声。
アウスは即座に状況判断し、彼女の射線から逃れた。
「フォトン……、ブラスターッ!!」
直後、放たれた大質量の魔砲撃がルキウスを直撃する。
「私の家臣でもある兵士たちを、よくも大勢やってくれたわね。これはその分よ」
ブラスターを放ったのは当然、第三王女リース。
彼女はソラ達とルキウスの戦闘が開始したタイミングで、既に射程距離内にてチャージを開始していた。
その隣には若干腰が引けているクロエも一緒だ。
「話は聞かせて貰ったけれど、これならどう? キマイラ分のレベルアップを果たしたこの私の、最大威力の攻撃なら……」
自信満々だった彼女の顔が、次第に凍りつく。
爆煙が晴れると、やはりルキウスは完全に無傷。
最大威力の魔法ですら、その体にも、体毛の一本にも焦げ跡一つ見られなかった。
「これでも、ダメなの……」
「やはり、本当に我らの攻撃は効かんのか……」
全ての攻撃を無効化されては、勝ちの目はゼロ。
最悪の推測が真実味を帯び、彼女たちを絶望感が包もうとした時。
「……まだ、まだ諦めない!」
群青の大剣を両手で握りしめ、ソラは立ち向かう。
倒せない敵なんていない、無敵の存在なんていない、きっと何か、弱点があるはずだ。
「突破口は、あたしが見つける!」
「無茶だ、ソラ! 戻れ!」
「無謀よ、このアホっ子!」
マリエールとリースの叫びに耳を貸さず、敵の間合いに飛びこむ。
横薙ぎに薙ぎ払われた、迎撃の大剣。
ソラは高く飛び跳ね、攻撃ごと敵の頭上を飛び越えるとルキウスの背後に着地。
体を反転させ、ガラ空きの背中に斬りかかった。
が、敵の方が反応も速度も上。
巨大な体に見合わぬ機敏な動きで振り向きながら、ソラに目がけて左のバックナックルを繰り出した。
「っやば——」
刀身を立てて、巨大な拳を受けようとする。
しかしその膨大なパワーは到底受け止めきれず、ソラの体は大きく弾き飛ばされた。
「うああぁぁぁぁぁぁッ!!」
「もう、言わんこっちゃない!」
着地地点に先回りしたリースが、彼女の体を両手で受け止める。
「いったた……、ありがと、お姫様。助かったよ。でも、体が動かない……」
「無策で突っ込むなんて、相も変わらずね」
ため息交じりにリバイブを発動し、ソラのダメージを治療。
「はい、治ったでしょ。さっさと起きなさい」
「ホントありがと。でも、アイツを倒すにはどうすれば……」
やはり突破口は見当たらない。
防御力が異常なまでに高い、その可能性に賭けて、セリムが来るまで持ちこたえる、そんな選択肢しか見つからない。
アウスは何とか打開策を見出そうと、必死に考えを巡らせる。
そんな中、彼女は魔人の左手に起きた異常に目を止め、怪訝な表情を浮かべた。
「……あら。お嬢様、わたくしの見間違いでしょうか」
「む、どうした」
「ルキウスの左腕、ご覧下さいませ」
言われるがまま視線を向けたマリエールは、思わず我が目を疑う。
握りしめられたルキウスの左拳。
そこに浅い傷が走り、緑色の血が滴り落ちている。
「ど、どういうことだ、アウス! ダメージが、入っているではないか!」
「ええ、信じられませんがソラ様の先ほどの防御。あの時立てた刃が付けた傷でしょうね」
「え、あたし? あれでダメージ与えられたの?」
それはソラ本人にすら、寝耳に水の出来事だった。
全く力も入れていなければ、踏ん張りも効いていない、本当にただ刃を立てただけの防御。
全力で斬り付けた一撃が無効化され、攻撃とも呼べないものがどうして入ったのか。
「なんで? 全然わけわかんないんだけど」
「……ねえ、あなた、そのペンダント」
「んぇ、このお守りがどうかして……。なにこれ、光ってるんだけど」
ずっと首から下げていた、大司教直々になんの効果も持たないとお墨付きを貰った緑の石が、光を放っている。
よくよく目を凝らせば、その光と同じ光が闘気に混じって剣を包んでいた。
「……えと、もしかしてこの石のおかげ?」
「……そう、みたいね」
原理はさっぱり分からないが、この石が光っているおかげでダメージが通ったようだ。
いつから光を放っているのか定かではないが、苦し紛れに神頼みをした時だろうか。
「さっき効かなかったのは、光ってなかったから? んん……、ま、いっか。理屈はどうであれ、あたしの攻撃効くようになったみたい!」
細かいことは気にしない、小難しい理屈は考えない、大事なのは自分の攻撃が効くようになったらしいというその事実だけだ。
「よっし、後はあたしの攻撃をアイツの急所にブチ込むだけだね!」
「はぁ……。切り札がこのアホっ子ってのは不服極まりないけど、やるしかないみたいね」
「でもさ、どうやって攻撃を入れるのさ」
「それはクロエ、今までだってアイツ割と隙だらけじゃん。近寄ってバッサリと……」
「いや、向こうも分かったみたいだよ。なんかヤバいって」
クロエが指さした先。
ソラの胸元に輝く緑の光を前にして、怪物の瞳に明らかな怯えの色が見える。
狼狽したルキウスは、土魔法を使用して左手に土くれの巨大な盾を生成。
さらに、全身を土の鎧に包み込み、完全防備を果たした。
「えー……、装備を固めちゃった……」
「いやはや、あんな簡単に装備を作られちゃ、鍛冶師の立つ瀬がないね」
「呑気なこと言ってる場合じゃないわよ! あの防備をなんとかしないとあなたの攻撃が届かないじゃない!」
「リース、キミのブラスターなら土の鎧くらい砕けるんじゃない?」
「そうしたいのは山々なのだけど……」
今までのルキウスは、本能の赴くままに破壊活動を繰り返してきた。
己の特性を無意識に理解していたために、挑みかかるソラ達を脅威と認識すらしていなかった。
しかし、明確に命の危機を感じ取った怪物は、全力を以て排除行動に移る。
剣の先端を大地に突き刺すと、無数の石の弾丸がルキウスの周囲に浮かび上がった。
「ウゴオオォォォオッ!!」
奇声と共に、全方位に石の散弾が猛スピードで放たれる。
アウスはマリエールを抱えて、ソラたち三人はそれぞれに、飛来する石を見極めてかわしていく。
「これじゃ、チャージするどころじゃないわよ!」
すでに戦闘が行われている周辺から兵士は退避しており、幸いにも流れ弾による死傷者は出なかった。
ルキウスは剣を大地から引き抜き、明確な敵意の眼差しを彼女たちに向ける。
重装甲を纏った五メートルの巨体が、恐るべき速さでソラに襲いかかった。
「ソラ!」
「やっぱ、あたしを狙ってる……!」
縦振りに振り下ろされた刃を、敵の足元に転がって何とか回避。
すかさず気鋭斬で斬り付けるが、土の装甲には傷一つ付けられない。
無効化されるのではなく、単純に威力不足。
生半可な攻撃では柔らかな土の鎧は衝撃を吸収し、その威力を受け流してしまう。
「こうなったら……」
「アホっ子! 敵の動きも見なさい!」
威力不足なら最高威力の集気圧壊撃で、そう判断したソラが闘気の形を組み替える隙に、ルキウスは次の攻撃に移る。
ソラに向けて迫り来る横薙ぎの刃。
攻撃を食い止めようとフォトンシューターを放つリースだが、かなりの魔力を込めた光線を、怪物は虫の一刺し程も気に留めない。
「こっの……!」
敵の攻撃に合わせて、集気圧壊撃を剣に叩きつける。
力と力がぶつかり合い、たった一瞬の拮抗ののちにソラは吹き飛ばされた。
「あっ、あぐっ、ぐぅ……っ」
何度か地面にバウンドしながらも、すぐさま体勢を整えて跳ね起きる。
このままでは、勝ち目はゼロ。
「こうなったら、参式を使うしか……。でも、アレを使って倒せなかったら……」
切り札を切るべきか。
もしも制限時間内に倒せなかった場合、力尽きて全ては終わり。
だが今のままでも結果は同じだ。
「……よし。同じダメなら、可能性のある方に賭ける! 闘気収束・参式ッ!」
自身の体に闘気を纏い、身体能力を爆発的に増加させる奥の手。
行動不能に陥るリスクはあるが、これしか手は残されていない。
「おーし、これで……」
「ソラ、そうじゃない。一瞬で全てを爆発させる、それが参式の真髄だ」
「……へ?」
唐突に隣から聞こえた憧れの人の声。
ソラは思わず参式を解除し、彼女の顔を仰ぎ見た。




