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100 アルカ山麓の戦い⑧ 妄執

 ブロッケンの発した言葉に、ルキウスは耳を疑う。

 この男は今、何と言ったのか。

 いよいよ大詰め、正念場のこの状況で、この場を立ち去ると言ったのか。


「何のつもりだ、貴様。冗談にしては笑えんな」

「冗談なんかじゃないさぁ。あんたに対する義理は十分に果たしたつもりだぁ」

「金に不服があるのか。ならば倍の金額を出そう」

「そっちこそ、冗談にしては笑えないねぇ」


 そっくりそのまま言葉を返され、ルキウスは眉をひそめた。


「どういう意味だ」

「分からないのかい。俺はしがないイリュージョニスト、こんな戦場のど真ん中でやれることなんてたかが知れてるねぇ。あんたは何かい? この俺に単騎で敵陣に突っ込めってのかい? 人の上に立つ者になろうってんなら、人材の適正くらい見極めるこったねぇ」

「……つまり、自分の仕事は終わったと、そう言いたいのか」

「いかにもその通り。それに、あんたと心中してやる義理もないし、ねぇ」

「心中、だと? 余がいつ負けたというのだ」


 ルキウスの問いかけに対し、ブロッケンは彼の背後をそっと指さす。

 振り向けば、首を失った双頭の黒竜がその巨体を横たえる瞬間だった。


「これで、右翼側の戦線は崩壊したねぇ」

「ま、まだだ! まだ左翼側にはキマイラ部隊が——」

「おっと、たった今全滅したみたいだ。ざんねーん」


 おちょくるような口調で、レボルキマイラの全滅を告げるホース。

 ルキウスの頬から汗が流れ落ちる。


「わかったろ? あんたはもうお終いさぁ」


 両翼の戦線が崩壊した今、敵は四方からこちらを囲み、包囲殲滅に移行するだろう。

 元よりセリムが到着するまでの時間制限付きだったこの戦い。

 こうなってしまえば、もはや万に一つも勝ち目はない。


「さて、敵が攻め寄せて来る前に、俺はとんずらしたいんだがねぇ。捕まらずに済む手はないもんかねぇ」

「それならいい手があるよ。コイツを使えばいい」


 黒い時空の歪みを開き、ホースは緑羽の怪鳥アルケードロスを召喚する。


「翼を広げれば五メートルにもなるコイツなら、人を一人乗せて飛んでも大丈夫。地上からならキミが乗っていることにも気付かれないだろう。怪しまれずに僕の仲間のところまで行けるはずだよ」


 僕の仲間。

 ホースの発したその言葉に、自失状態に陥りかけていたルキウスは顔を上げる。


「仲間……?」

「そうさ、仲間さ。ブロッケンは入信・・してくれたんだよ、僕達の考えに賛同して、ね」

「貴様、何を言っている……!」

「これ以上、キミに教えるメリットは見当たらないね。さあ、ブロッケン。見つからないうちに早く行きなよ」

「ヒヒヒッ、そいじゃ、お言葉に甘えて」


 ブロッケンがひらりと背中に飛び乗ると、アルケードロスは翼を大きく羽ばたかせ、その巨体を浮かせる。


「あばよ、大将! もう二度と会うことはないだろうけどねぇ!」


 彼を乗せた怪鳥はひときわ強く翼を羽ばたかせると、風魔法を加速に利用して、瞬く間に西の空へと消えていった。


「ばいばーい! ふぅ、行っちゃったね。で、ルキウス君。キミはこれからどうするつもりなんだい?」


 ブロッケンを手を振って見送ると、唯一の家臣を失い、金で雇った手駒にも見限られた哀れな男に対し、ホースは問い掛ける。


「余は、余は魔王となるのだ……!」

「そうなんだ。で、どうやってなるつもり?」

「原罪の紅きマント、あれさえあれば……」

「マント一つでなれるの? やっすいんだねぇ、キミの中の魔王って」

「黙れ、あれさえ手に入れば、余は……!」

「だとしてもさ、どうやってそれを手に入れるつもりなのさ」


 うわ言のように繰り返すルキウスの肩をポン、と叩き、ホースは周囲の状況を逐一解説する。


「前面にはアーカリアの大軍勢。両翼の壊滅を確認した今、部隊の一部を割いて僕達の後方に向かわせてる。これで包囲は完成、両翼の敵精鋭部隊も健在だ。さて、ここで問題。キミの勝利条件はなんだったでしょう」

「小娘が我が城に気を取られている間に……、敵の軍勢を打ち破り、王都を陥落させ、アーカリア王の首を取る……」

「よく出来ましたー! ぱちぱちぱち」


 彼の返した答えにわざとらしく拍手を送ると、


「——で、今この状況でそれが出来るとでも思ってんの?」


 これ以上ないほどの冷たい声で、ルキウスに再び問いただした。


「そ、それは……、余は……。そ、そうだ、貴様が戦え! 貴様の力ならば、3000程度の有象無象など、訳もなく蹴散らせるだろう!」

「そうだねー。十分くらいで片付けられそうかな。でもさ、それって僕の目的と反してるから、無理」

「ぐっ、な、ならば、我が忠実なるしもべに」

「誰のこと言ってんのさ。ハンス君ならキミがいらないって使い捨てちゃったじゃん」

「使い捨て……、ち、違う! 我が目的のために必要だからと、貴様が言ったのだろう!」


 彼の言葉に対し、ホースは酷薄な笑みを浮かべる。


「そうだね、僕がそう言った。僕の目的のために(・・・・・・・・)、ハンス君が邪魔だったからねぇ。この状況を作るために、キミを唆して、消えて貰ったよぉ」


 ホースの言い放った言葉に、思考が停止する。

 この黒フードは、協力者どころか獅子身中の虫であったと、彼は今さらながらに気付かされた。


「貴様が、ハンスを、謀殺したと……?」

「大・正・解! 愚鈍で愚かでどうしようもないキミも、ちょっとは冴えてるじゃないか。ま、こんだけ言えばキミみたいな勘違いしたバカな小物でも、さすがに分かるだろうけどさぁ!」


 がくりと膝を付き、両手のひらで草を掴む。

 幼き頃から剣の手ほどきをしてくれたハンス。

 彼の読み聞かせてくれた戦記に胸を熱くした日々。

 城を追放されてもずっと側に仕えてくれた家臣の命を、このような者の口車に乗って捨て駒にしてしまった。


「余は、余は……!」


 それが魔王になる道を切り開くために必要な犠牲ならばと、苦渋の決断で受け入れた。

 しかし、ハンスは全くの無駄死に。

 魔王になるどころか、もうすぐ自分は首と胴体を斬り離されて劣等種の城門に晒される。


「あ、あぁぁぁ……っ!」


 深い絶望に身を沈め、ルキウスは慟哭した。


「あっははは、いいザマだね! 自分を偉いと思い込んでた、裸の王様さん♪」


 全てを失い、地べたに這いつくばる男を、ホースは嘲笑い、侮辱の言葉を投げつける。

 更なる絶望を煽り、その負の感情を増大させるかのように。


「まだだよ、まだまだじっくり育ててあげる」




 右翼戦線、冒険者側。

 ダグ・バイターは大きなトカゲのモンスターをへっぴり腰で斬り付ける。

 赤黒いトカゲは斬撃を受けて引っくり返り、ピクリとも動かなくなった。


「ふぅ、おっかない……。早く帰りたいよ、まったく」


 魔物の死骸に目を向け、額の汗を拭うダグ。

 その背後でトカゲは息を吹き返し、鋭い牙の生えそろった大口を開いて襲いかかる。


「何ボーっとしてやがる!」

「え? ひ、ヒィっ!!」


 ゴドムの怒鳴り声に振り向いたダグは、飛びかかる大トカゲの姿に竦み上がる。


「こなくそっ!」


 鉄塊のようなゴドムの大剣が、大トカゲの体を叩き落とした。

 更に追撃を加え、急所である頭部を入念に叩き潰す。


「これで良し。ったく、戦場でぼさっとしてんじゃねぇぞ」

「そ、そこまでしなくても……」


 頭を叩き潰された無残なトカゲの死骸を目の端でチラチラと見ながら、優男はささやかに抗議する。


「あぁ? やっぱ知らねえのか。レベルだけ高くてもド素人だな。コイツぁリザレクトリザード。致命傷を受ける前に心肺機能を一時的に停止させ、自らを仮死状態にするんだ。コイツとやるときゃ、倒したと思っても油断せずに急所を潰さなきゃならねぇ」

「そうだったんですか……。はぁ、ほんとに来なきゃよかった……。っひぃ! また来たぁ!」


 二枚目ぶった演技はどこへやら。

 ひたすらに情けない声を上げながら、ダグは次に襲いかかるモンスターと戦い始める。


「そんなに怯えなさんな。こっちには英雄サマが四人もついてんだ」


 懸命に戦う百人余りの冒険者の最前線、大盾を構えて彼らを守護するは英雄の一人、テンブ・ショーブラング。

 敵の群れから飛ばされる攻撃魔法、爪や牙、拳による直接攻撃を全て受け止め、チャージした力を解放して魔物の大群を蹴散らす。


 他の冒険者の手に負えない強大なモンスターは、ローザとタイガが的確に狩りとっていく。

 二人の働きによって、冒険者たちは適正レベルに見合った魔物と戦うことが出来ていた。


「あ、あれ、四人って、もう一人は? 僕を助けてくれた、あのお方は……」

「なんだ、お前。惚れたのかぁ?」

「そんなワケないだろう! 僕は女の子にモテたくて冒険者になったんだぞ!?」

「冗談だ。もう一人なら今頃——」



 中央戦線、左右に精鋭を回した都合上、この場所が王国軍にとって最も手薄な場所だ。

 危険度レベルの比較的低いモンスターが集まっている中でも、やはり強敵がいないわけではない。

 十匹のギガントオーガと二十匹のニードレッグ。

 高レベルモンスターの大群に遭遇した中央部隊には、多数の犠牲者が出てしまっていた。


「総員、苦しいだろうがなんとか耐え抜け! ここが崩されれば全ては水の泡だ!」


 激を飛ばしながら、ニードレッグの大群を一匹ずつ斬り伏せるティアナ。

 レベルで下回るニードレッグは倒せても、レベル47のギガントオーガには敵わない。

 暴れまわる巨人の群れによって、騎士団にも数人の死者が出てしまっている。

 このままではジリ貧。

 もしも部隊が潰走し、中央戦線が崩壊してしまえば、せっかく見えた勝利が揺らいでしまう。


「まずいな……。伝令! 左翼冒険者連合に援軍の要請を!」

「その必要はない」


 ティアナの指示に対しての返答、その刹那、猛吹雪がギガントオーガの群れを襲う。

 全身を凍りつかせた一つ目巨人の群れを、青い剣閃が次々と粉々に斬り刻んだ。


「おぉ、ルード殿か! 助太刀感謝する!」

「強い敵を探していたら、ここに辿り着いただけだ。感謝など不要」

「貴殿らしいな。よし! 皆の物、ここから戦線を立て直すぞ!」

「オォォォォッ!!!」


 中央戦線に加わった、世界最強の魔法剣士、ルード・ランスゴート。

 強力な助っ人を得て、衛兵隊の士気は大きく上昇した。


「総員、押し返せ!」


 ティアナは号令をかけると、自らも再びニードレッグの群れに斬り込んでいく。

 伝令によってもたらされた情報によれば、ホースはルキウスに協力的ではないとのこと。

 恐るべき力を持ったあの魔物使いが動きださない限り、これで王都側の勝利は盤石だ。




 ○○○




 午後一時三十分、戦いが始まってから二時間半が経った。

 すでに包囲は完成、モンスターの残存数は半分未満となり、魔物の軍勢の四方をアーカリア軍が取り囲んでいる。


「あーあ、もう終わりだねぇ。これはもうどうしようもない。詰みだよ、詰み。キミの負け」


 愕然と膝を付いたままのルキウスの耳元で、ホースは絶望的な言葉を吐き続ける。


「あとちょっとでセリムも来ちゃうねぇ。ハンス君を殺したのと同じ方法で、あの世に送ってもらえるかなぁ。あっはは」


 大勢が決してから、ひたすらに絶望を煽り続けた。

 執拗に、何度も、徹底的に、容赦なく、跡形も残さぬよう踏みにじり続けた。


「さぁて、そろそろかな……」


 彼の心はとうに砕けた。

 ホースはそう踏むと、いよいよ本懐を果たさんとする。

 ルキウスが腰に下げた白い杖。

 その台座に収まった魔法石に向けて手をかざすと、


「さあ、今こそ」


 自らの膨大な魔力をその魔法石に流し込む。


「その力を……、おや?」


 しかし、許容量ギリギリまで魔力を注ぎ込んでも、何も起こらない。


「おかしいな、まだ絶望度合いが足りないのかな……?」


 あごに手を当てて、上半身をメトロノームのように左右に振るホース。

 いよいよ本願成就という時におあずけを食らってしまい、非常に不満げだ。

 更に絶望させなければならないのだろうか、考えを巡らせていると、ルキウスの口から小さな呟きが漏れ出た。


「……だだ。……だ、……れる」

「え、なんて?」


 彼の口元に耳を近付け、ホースは聞き返す。


「まだ、やれる……」

「いや、無理でしょ。さっさと諦めなって。往生際が悪いなぁ……」


 この期に及んでまだ諦めないのか。

 あきれ果て、ため息混じりに首を横に振る。


「まだ、マントさえ手に入れれば……ァ!」


 ゆっくりと立ち上がったルキウス。

 瞳孔が開き、口を半開きにしたその形相は、明らかに正気ではない。

 彼は包囲網の西側に視線を移し、魔物の群れと対峙するアイワムズの部隊の中に妹の姿を見る。


「……あぁ、彼女の気配を感じていたのか。っていうか何で、魔王が前線に来ちゃってるのさ。兄妹揃って何を考えているのやら」

「あれさえ手に入れれば、余は……、余は、魔王となれるのだァァァァァァァァァァァアッ!!!!!」


 遥か昔から目指し続けた夢。

 魔王として君臨し、この大陸を魔族の天下とする夢。

 見果てぬ夢が破れた今、強すぎるその思いは妄執へと形を変えた。

 狂気の中、奇声を発しながら彼は駆け出す。


「どけェ、獣風情がぁ、魔王である余の邪魔をするなァァァァッ!!」


 自らを守る壁となっていたモンスターを自ら押しのけて、包囲の一角、シャイトスの軍勢の中へ彼は躍り出た。

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