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099 アルカ山麓の戦い⑦ 次代

 レボルキマイラの獅子の頭を貫いたシャイトスは、すぐさま剣を引き抜き、怪鳥の頭も斬り落とす。

 二つの頭部を潰された合成獣は、完全に絶命し、その場に倒れ伏した。

 この個体の供給していた魔力が途絶え、バランスが崩れたためか、吹き荒れていた嵐は消滅。

 群れの中心に降り立った老将に向け、キマイラの群れは一斉にウィンドカッターを発射する。


「今だ、総員突撃ッ!」


 敵の目が全て自分に向いた、それはつまり、退避していた部隊から敵の目が離れたということ。

 彼はすかさず部隊に指示を出し、自らも彼らの方向へと駆け出した。

 飛来するウィンドカッターを剣で斬り払いながら、威圧感を撒き散らして迫る隻眼の老将。

 彼の姿に怖気づいたキマイラたちは、さらに後方からも大量の魔族の兵に襲われ、またもやパニックに陥った。

 中央からシャイトスが居なくなったことによって、ウィンドカッターを放った個体の対角線上にいた個体群に真空の刃が飛来。

 ある個体はかわしきれずに深手を負い、またある個体は寸でのところで回避し、怒り狂って同志討ちを始める。

 そして、シャイトスとその部下たちによって挟撃を受けたキマイラたちは、恐慌状態の中で成すすべなく討ち取られていった。


「す、すごい……。ホントにあの人たちだけで全滅させちゃうんじゃ……」

「気を抜かない。彼も作戦を忘れたわけじゃないわ。手筈通りに準備を整えた?」

「バッチリさ。いつでも撃てるよ」


 見事な戦いぶりに思わず見入ってしまっていたクロエだったが、手元のドリルランスの可変作業はすでに終わっている。

 後はリースの魔力チャージ完了を待つのみだ。


「リースこそ、準備は終わったの?」

「あともうちょっと、ってとこかしら」


 リースの魔力チャージも90%を超え、あとはこの窪地に敵の群れを追いこむだけ。

 魔物の群れの一角を切り崩したシャイトスは、リースに目配せをする。

 彼の視線を受けてリースが頷いた。

 それが準備完了の合図。

 シャイトスは部隊を率いて窪地を背に並び、魔術師部隊に攻撃の指示を出す。

 怒りに我を忘れて暴れ回る残り九匹のキマイラたちは、魔法攻撃を受けて更に怒りを煽られ、彼らに向かって突っ込んできた。


「総員、退けーッ!」


 シャイトスの合図を受け、窪地を目指して一斉に走り出す。

 素早さは兵よりもキマイラが上。

 殿しんがりをシャイトスが勤め、怒り狂うキマイラたちの攻撃をいなしていく。

 やがて窪地に到達したところで、部隊を展開し魔物を包囲。


「今だ! 総員、散れッ!」

「クロエッ!」

「おうさ!」


 シャイトスの号令を受けて部隊は四方に散開。

 一塊になったレボルキマイラの群れに目がけて、クロエはトリガーとなるボタンを押す。

 その瞬間、ドリルランスの砲門から極太の冷凍光線が発射され、敵の群れを直撃した。

 カートリッジに秘められた全魔力を消費して放たれる最大威力の魔砲撃は、危険度レベル60を誇る怪物たちの全身を余さず氷漬けにする。

 九匹のキマイラが氷の彫像になったところで、カートリッジの魔力は底をつき、砲撃は停止した。


「リース、今度はキミの番だ!」

「わかってるわ!」


 彼女の両手の平にチャージされた魔法力は、溢れんばかりに輝きを放っている。

 魔力集束率100%、その光の奔流は、数ある魔法の中でも最大級の威力を誇る。


「食らいなさい、私の最強魔法! フォトン……っ、ブラスターッ!!!」


 リースが撃ち出した白く輝く魔砲撃が、氷漬けの彫像となった九体のキマイラに向かって突き進む。

 表面の氷を破って自由を取り戻した先頭の個体が、迫り来る光の奔流をその四つの目に映し出した。

 回避しようにももう遅い。

 そのコンマ0.01秒後、着弾したブラスターによって、そのキマイラは粉々に消し飛んだ。

 そして、大爆発が九体のキマイラを包み込む。

 鳴り響く爆音、轟く地鳴り。

 もうもうと立ち込める土煙が晴れた時、そこに歪な合成獣の姿は一匹たりとも存在しなかった。


「……やった、みたいね」

「あはは、やったよリース! すごいね、キミの魔砲撃! 話には聞いてたけど、こんなに凄いなんて!」


 喜びの余り、リースに抱きつくクロエ。

 リースは体を軽く仰け反らせて、ほんのり頬を赤らめながら苦言を呈す。


「ちょ、ちょっと、離れなさい! まだ戦いは終わってないんだから」

「そうだね、ゴメン! でもあれは参考になったよ。なるほど、魔力を限界までチャージすることによって威力を激増させる、ドリルランスファイナルブラストモードにも転用できそうだね。そうなると……」


 リースを腕の中から解放するや、今度は技術者としての血が騒ぎ、頭のなかでドリルランスの改良プランを練り始める。

 そんなクロエを見てため息をつくリース。

 モンスターの群れから彼女たちを防衛していた姫騎士団にも、欠員は出ていないようだ。


「ブリジット、みなを纏めてこちらに来て。片は付いたから」

「はい、了解しま——姫殿下! 上を!」


 ブリジットの叫びに、リースは咄嗟に上空を見やる。

 その目に映ったのは、太陽を背に襲い来る二頭のレボルキマイラ。

 生き残った個体が、風魔法を用いて無理やりに体を飛翔させ、怒りに任せて牙を剥こうとしていた。


「リースっ!!」

「くっ……!」


 咄嗟に左右に飛び退いたリースとクロエ。

 二人のいた場所を鋭い爪牙が抉り、彼女たちが体勢を整える前に左右に別れて襲いかかる。


「ここまで、なの……?」

「トルネードウォール」


 諦めかけたリースの目の前に、突如竜巻の壁が展開された。

 その中に突っ込んだレボルキマイラが、乱れ飛ぶ真空の刃に全身を裂かれてバラバラに斬り刻まれる。

 更に、クロエに襲いかかった個体には蛇腹剣が絡まり、その動きを封じられた。


「どうでございましょう。ナイスタイミングだったのでは?」

「うむ、だからさっさと出ていけといっておろうに」


 得意げな女性の声と、呆れ半分な幼女の声。

 この二人の声を、クロエはよく知っている。


「アウスさん、魔王さんまで!?」

「ごきげんよう、クロエ様。詳しい話はこの狼藉者を排除してからに致しましょうか」


 優雅にお辞儀をして見せたアウス。

 彼女は蛇腹剣を引き、魔物の巨体を上空に打ち上げる。

 さらにエンチャントで風の刃を武器に纏い、蛇腹剣を鞭のように使って何度も斬り刻んだ。


「アウスさん、最後はボクにやらせて!」

「かしこまりました」


 虫の息のキマイラが落下を始め、クロエはカートリッジを雷に換装。

 バーニアに火が灯り、高速回転する穂先を上空の敵に向けた。


「こいつで、トドメっ!」


 バーニアが火を吹き、落下するキマイラ目掛けて高速突進を仕掛ける。

 ドリルランスの穂先が合成獣の胴体をブチ抜き、最後の一頭が絶命した。

 ドサリと落下する翼の生えた獅子の巨体。

 クロエは軽やかに着地し、


「今度こそ、やったね!」


 リースと向き合って右手を掲げた。


「……なにそれ」

「ハイタッチだよ! ほら、やろう」

「遠慮しておくわ」


 リースはクロエをスルーして、ようやく現れたアウスの方へツカツカと歩み寄る。

 若干不機嫌そうに、眉間に眉を寄せながら。


「……あなた、どういうつもりかしら」

「あら、これはこれはリース様。こうして言葉を交わすことが出来て光栄ですわ。わたくしは魔王様の腹心にして身の回りのお世話をさせていただいているメイド長、アウス・モントクリフです。何とぞよしなに」

「そんなことはどうだっていいの。あなた、最初からずっと見ていたでしょう。なぜ助太刀に入らなかったの」


 リースの怒りは全くもって尤もであった。

 彼女が最初から手を貸していれば、もっと楽にキマイラの群れを殲滅出来たはずだ。


「わたくしも助けに入りたいのは山々でしたわ。ですがわたくしたちはここに戦いに来たのではございません。一目でいいから兄の顔が見たい、そんな魔王様のいじらしい御心を汲んで、わたくしはここまでお供仕ったのです」

「何を申しておるか。ただ単にカッコつけた登じょもがが」


 満面の笑みで敬愛する主君の口を塞いで小さな体を抱え上げながら、アウスは言い訳を並べ立てる。


「わたくしが戦場に出れば、お嬢様の身に危険が及ぶやもしれない。わたくしギリギリのタイミングまで、断腸の思いで悩んでおりましたわ。今出るべきか、いや、それだとインパクトが薄い、と」

「ぷはっ、最後の方、本音が混じってもごぉ」

「ですがリース様とクロエ様が絶体絶命の危機に陥った時、今だ! と思い、わたくし勝手に体が動いて飛び出しておりましたの」


 弁明を終えたアウスに対し、お姫様はこれ以上ないほどの冷たい視線を向ける。


「……まあいいわ、幸い犠牲も出なかったことだし、不問にしてあげる。ここからは共に戦ってくれるのでしょうね」

「ええ、もう満足……ではなくて。出てきてしまった以上、わたくしも力をお貸しいたしますわ」

「そう、まあ頼りにしているわ。ところで、あなたがさっきから小脇に抱えているのって……」


 メイドの相手にも若干疲れてきた中、リースの視線は彼女に抱え上げられて全身をまさぐられる幼女に向かう。


「ええ、リース様もご存じの通り、このお方こそ我ら魔族を束ねる魔王様にございます」

「むぐーっ!」

「ご、ごきげんよう、魔王様……?」

「もごー!」

「えっと、放してあげたら?」


 メイドに左手で口を塞がれ、右手で抱えられながら色々なところをまさぐられる魔王を見かねて、リースは彼女の解放を提案した。


「そうですわね、少々お待ちいただければ」


 くるりと向こうを向いたメイドはマリエールを解放すると、彼女の耳元で告げる。


「わたくしが出番を見計らっていたなどと話したら、戻った後のにゅるにゅるが数倍になりますわよ」


 魔王は恐れおののき、ただコクコクと首を何度も縦に振るしかなかった。

 満足気に頷いたメイドは、主人の一歩後ろに控えて満面の笑みを浮かべる。


「お待たせいたしました。こちらが魔王様ですわ」

「う、うむ。くるしゅうないぞ」

「あ、あの……。ええ、お気遣いなく」


 メイドの手により魔王の威厳は早速崩壊。

 リースとマリエールの間に、大変気まずい空気が流れる。

 傍らに来ていたクロエに、リースはこっそりと耳打ちする。


「ねえ、一緒に旅したんでしょ。魔王様ってあんなんなの?」

「あれでも一応凄い人なんだよ。……きっと、多分」


 正直なところ、クロエもだんだんとマリエールに威厳を感じなくなってきていた。

 さすがにソラのようなナメきった態度を取る気にはなれないが。

 部隊を取りまとめたシャイトスは、マリエールの顔を見て右目を見開き、すぐに駆け寄って膝を曲げる。


「魔王様、こんな場所に自らお出でになられるとは」

「シャイトスか。そちの働き、見事であった。音に聞こえた鬼神の戦いぶり、とくと見せて貰ったぞ」

「老いぼれには勿体なきお言葉。されど、ここは危険に御座います。どうか王都にお戻りくださるよう……」

「ならぬ」


 老将の諫言かんげんを、マリエールはピシャリと遮った。


「余は兄上に会わねばならぬ。魔王として話を聞き、自らの判断で兄上を裁かねばならぬ」

「しかし、危険に御座います!」

「ならばアウスとそなたとで、余を守れ。余を守り、兄のところまで連れて行け。これは主命である、よいか」

「……ははっ」


 アウスが彼女に異を唱えず、さらに主命とあらば、一介の将にこれ以上の口出しは許されない。

 老将は深く頭を垂れると、自らの配下の前に立って下知を下す。


「これより我ら、魔王様をお守りし、敵陣に斬り込む! 皆のもの、よいか!」

『応ッ!』


 鬼神の戦いを目の当たりにして、兵の士気もさらに増す。

 彼の姿を前に、リースは改めて自らの目指す目標の高さを思い知った。


「ねえ、クロエ。正直なところ、予想以上だったわ。物語で読むよりも、実際にこの目で見た方が何倍も凄かった。あれが鬼神、私の目標とする人は、あれと戦って何度も勝ったのよね」

「自信、無くしちゃった?」

「……いえ、むしろ逆。燃えてくるじゃない」


 普段通りの勝気な笑みをクロエに向け、リースは不敵に言いのけて見せる。


「姫騎士団、集合!」

『はっ!』


 リースの号令を受け、散らばって休んでいた姫騎士団がリースの前に整列した。


「これから私たちも、アイワムズ勢と共に敵陣に斬り込むわ。覚悟はよろしいかしら」

「勿論です!」

「ひ、姫殿下は私たちがお守りします……っ!」


 ブリジットとエミーゼの返答を皮切りに、口々に賛同の声が上がる。


「よろしい。では、総員! この私に続きなさい!」


 号令と共に、リースは自ら先陣に立って魔物の群れに斬り込んでいく。

 彼女の背中を追い、突撃する姫騎士団。

 次代を担う姫騎士の勇ましい姿に、老将は目を細めた。




 ○○○




 右翼側にて黒竜が撃破され、左翼側にて合成獣部隊が全滅する少し前。

 ルキウスの待つ本陣の虚空に黒い穴が開き、人影が飛び出してくる。


「おー、怖いねぇ。もう俺はあのお嬢ちゃんがトラウマだよぉ」

「……ブロッケンか」


 冷や汗をかきながらワープゲートから転がり出てきたのは、ホースではなくブロッケン。

 作戦通りに囮を務め、ホースによって助け出されたようだ。

 少し間があってホースも顔を出し、こちらに降り立ったところでゲートを閉じる。


「やあ、ルキウス君。戦局はどうだい?」

「まだ動いていない。黒竜は健在、キマイラ部隊も突破されてはいない。敵の部隊を突破することも出来ていないがな」

「それはそれは。早くしないと怖ーい女の子が来ちゃうよー。まんまと誘い出されたってバレちゃったから、あと二時間で王都を陥落させないとキミの計画全部パー。ハンス君も無駄死にになっちゃうね」


 ホースが口にした忠臣の名前に、ルキウスはピクリと眉を動かす。


「……ヤツは死んだのか」

「そうだよ。キミも了承したじゃないか、彼を捨て駒にするって。今さら惜しくなったのかい?」

「惜しいものか。手駒はまだ残って——」

「それじゃあ、俺はこれでとんずらさせてもらうよぉ」

「何……?」

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