表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/173

010 第一印象は「変な子どもだなぁ」でした

 血相を変えて飛び込んできた男性。

 その剣幕に、受付カウンターの椅子にふんぞり返って本をアイマスク代わりに寝ていた男が飛び起きる。

 ちょび髭に筋骨隆々の体、そしてつるつるに輝く頭。

 どこかで見たような容姿にセリムは目を丸くした。


「……ガデムさん?」


 ガデムに瓜二つの男はカウンターを乗り越えて、肩で息する男性へ駆け寄っていく。


「どうした、何があった!」

「畑仕事をしてた家内が見たんだ、コロド山に、エマちゃんが入っていっちまった!」

「あんだって!? クソッ、キツく言い過ぎちまったか!」


 深刻に話し合う二人に、ソラは当然のように首を突っ込んでいった。


「何があったの? あたしたちで良ければ力になるよ」

「なんだ、嬢ちゃん。旅のモンか。見たところ腕は立ちそうだな」

「当然! 世界最強目指してるからね」

「ソラさん、それは一旦置いといて、とりあえず話の詳細を聞きましょう」


 話の腰が折れかねないところに、セリムが軌道修正しつつ会話に参加。


「そうだね。おっちゃん達、詳しく聞かせてよ」

「助けになってくれるんならありがてぇ。今は猫の手も借りてぇところだ。まずこの町の近くにある危険地帯、コロド山は危険度レベル3。ビギナー向けのチョロい場所だった」

「その山にはロールムーン草という固有の草が生えていてね、この地域の風土病に効く薬はこいつからしか作れないんだ」

「で、エマって嬢ちゃんの母ちゃんがその風土病にかかっちまってな。タイミング悪くトライドラゴニスが山に居座っちまった」


 トライドラゴニス。

 聞きなれない名前に首をかしげるソラだったが、あぁ、25のヤツの名前か、とすぐに理解する。


「じゃあさ、その草を取るためにその子は一人で山に行っちゃったの? そんな無茶しなくても、誰かに助けてもらえば……」

「ソラさん、さっき聞いたでしょう。今この町には冒険者がいないんです」

「そう、危険度レベル25のモンスターに太刀打ちできる冒険者はいないんだよ。不甲斐ない話だがねぇ」


 自嘲混じりに歩み寄ってきたのはヴェラ。

 苦虫を噛み潰したような顔だ。


「まったく、酒も美味しく飲めやしないね。あたいたちにも責任の一端はあるってこった」

「そう言うな、ヴェラ。俺とて死ぬかもしれねえ場所に冒険者を送り出すこたぁ出来ねぇ」

「おっちゃんも辛いんだね」

「おっちゃんじゃねぇ、おれはガドムだ」


 名前まで似ていた。

 この世には瓜二つの人間が三人いると言うが、それにしてもそっくりだ。


「話を戻すぞ。嬢ちゃんは来る日も来る日も俺に依頼を出すようかけ合ってきた。だが、受けてくれる冒険者がいないんじゃあ仕方ねぇ。腕の立つ冒険者が現れるまで待つように言ったんだが……」

「とうとう我慢の限界が訪れたってわけか」

「……話はわかりました。ソラさん、時は一刻を争います。今すぐコロド山へ行きましょう」

「おっし、急いで行こう!」

「待ちな!」


 ギルドを飛び出そうとする二人を、ヴェラが呼び止めた。


「なにさ、急いでるんだから……」

「あんな広い山で、小さな女の子をたった二人で探す気かい。あたいらも付いてくよ」


 彼女の言葉に、後ろに控えていた二人の弟子が大いにうろたえる。


「あたいらって……、あ、あたしたちも行くんですか!?」

「無理ですって、姐さん。25のヤツに出会ったら殺されちまいますって!」

「だったらあんたらは残ってな! あたい一人でも付いて行くから。ほら、お嬢ちゃん達。急ぐよ」

「待ってください、行きますからぁ〜」


 尻込みしつつも、結局二人は付いてくる気のようだ。


「無事に帰って来いよー!」


 ガドムの声に送り出され、五人はギルドを飛び出した。

 ヴェラが先導しつつ、町の外を目指して通りを駆け抜ける。


「剣士の嬢ちゃん、冒険者レベルはいくつだい」

「18! すごいでしょ!」

「ヒュー、大したもんだ。そっちのふわふわしたお嬢ちゃんのナイト様ってとこかい」

「いや、セリムはあたしより強いよ」


 当然のように返された答えに、ヴェラは思わず背後を二度見する。

 片や大剣を背中に背負った鎧姿の少女。

 片やふわふわケープにミニスカートの、女の子を具現化したような少女。


「……冗談言ってんじゃ、ないよね」

「本当だよ。危険度レベル40のロックヴァイパーを瞬殺するくらい強いから」

「よっ……」


 レベル40のモンスターを瞬殺。

 それでは英雄と呼ばれるトップランカーと同レベルではないか。


「あまり言いふらさないでください……。こんなの可愛くないですし、嫌なんです」

「と、とにかく心強い話だ。あたいの冒険者レベルは13。ヤバい奴と出会ったら逃げさせてもらう。始末はあんたらに任せるよ」

「任せといて!」


 力強い返事に頷きつつ、ヴェラは前を向く。

 コロド山は町からは目と鼻の先。

 ギルドに駆けこんだ男性の妻が見た場所であろう畑のあぜ道を抜けて、一行は登山道へと入った。

 境界を越えて山に踏み込んだ途端、周囲を取り巻く空気が一変する。


「ソラさん、気をつけて下さい。この山、かなり殺気だってます」

「うん、なんか変な感じがするね……」


 森の中だというのに、鳥の声も虫の声もしない。

 重苦しい空気に、ヴェラの弟子二人は竦み上がっている。

 50メートル程進んだ先、山の奥へと続く登山道は左右に枝分かれしていた。


「さて、早速の別れ道。あたいらは左に行かせてもらうよ」

「あたし達と離れちゃって大丈夫なの?」

「さすがにそこまでヤワじゃないさ。逃げ切るくらいならなんとか出来る。ほら、あんたたち、急ぐよ」

「姐さん待ってぇ」

「置いてかないでください〜」


 長々と話している暇は無い。

 話をすぐに切り上げると、ヴェラは別れ道を左へ走っていった。

 その後ろ、恐怖に声を震わせつつも付いていく二人。

 彼女たちもこの件に責任を感じているのだろう。


「よーし、あたしたちは右だ! ……どうしたの、セリム。なんか落ちてる?」


 セリムは地面にしゃがみ込んで、登山道に残った足跡を観察している。


「奇妙なんです。小さな子どもの足跡が二つ。一つは左に、一つは右に向かっている」

「へ、つまりどういうこと?」

「走りながら説明します。行きますよ!」


 二人は別れ道を右へ。

 ゆるやかな坂を駆け上がりながら、セリムはソラの疑問に答える。


「いいですか、この山は25さんが現れてから実質閉山状態でした」

「そうだね。いい加減名前で呼んでやってもいいと思うけど、25のヤツ」


 なぜか25で定着しそうなモンスター。

 名前はトライドラゴニスである。


「そんな山に付いたばかりの子どもの足跡が二つ。もう一人いることになるんです、この山に迷い込んだ誰かが」

「へぁっ!? それって大変じゃん!」

「そうです、大変なんですよ。町の子どもかどうかわかりませんが、一刻も早く見つけないと」

「よーし、おーい!! エマちゃーん!!! そして誰かわからない子どもーー!!!」


 大声で呼びかけるも返事は無い。

 ただただ殺気に満ちた不穏な森がざわめくのみ。


「闇雲に呼びかけても意味は無いでしょう。25さんにこちらの場所を教えるメリットはあるでしょうが、雑魚モンスターまで呼び寄せては面倒です」

「気配とか探れないの? セリム、そういうの得意そうだけど」

「これだけ広いと探れるかどうか……。一応やってみますね。少し静かにしててください」


 足を止めると、精神を集中させて周囲の気配を探る。

 小さな気配も逃さないよう、注意深く。

 次第にその範囲を広げていく。

 邪魔にならないよう、ソラは直立不動で無言。


「…………」

「どう? 気配は感じ——」

「黙っててください」

「はい」


 充満する殺気のせいか、うまく感じ取れない。

 それでも、前方約20メートル先の茂みの中。

 息を殺して潜む何者かの気配がかろうじて拾えた。


「あの茂みの中、何かが潜んでいます。モンスターではありません」

「やった、お手柄だよセリム! あとでベーコン揚げまーるおごってあげる」

「……結構です、太りたくありませんので」


 あの料理は揚げまーるというらしい。

 大変魅力的な提案だが、セリムは断腸の思いで断った。

 さて、ここからは慎重に。

 警戒心を与えないよう、茂みに向かってやさしく声をかけてみる。


「エマさんですか? 怖がらないでください、あなたを助けにきた者です」

「草探しはあたしたちに任せてよ。25なんて屁でもないんだから」


 返事は返ってこない。

 その代わりに、ガサガサと茂みが激しく揺れる。


「出てきませんね。茂みの中からならこちらは見えているはずですが」

「だよねー。こんな美少女二人をモンスターと見間違えるはずもないし」

「……っ」


 美少女を自認しているセリムでも、ソラに美少女と言われるとなぜか照れてしまう。

 が、今は照れている場合ではない。

 声をかけてもダメなら近寄るまで。


「でっかい剣を背負ってるソラさんだと怖がられるかもしれません。私が行きますね」

「いってらっしゃーい」

「はいはい、行ってきます。もう、ふざけてる場合ですか」


 ソラにはもう少し緊張感を持ってほしい。

 恐怖心を与えないように一歩一歩ゆっくりと近づく。

 茂みの揺れはさらに激しさを増し、とうとう黒髪の少女がそこから顔を出した。


「……エマさんじゃ、ないですね」


 確かに黒髪、歳の頃は十歳。

 幼い少女には違いないのだが、まるで別人だった。

 別人でも危険地帯に迷い込んだ少女を放っておくわけにはいかない。


「色々と聞きたいことはありますが、そんな場合じゃないですね……。とりあえず、この山は今危険なんです。私達と一緒に下山しましょう、ね?」

「…………。余を、捕らえに来たのか?」

「はい? あの、何を言って——」

「奴らの一味だな! 甘言を弄しようとも無駄だ、その手には乗らぬぞ!」


 一体全体何と勘違いされたのか、少女はセリムに背を向けると、森の奥へ逃げ去ってしまった。


「ま、待ってください! 本当にここは危ないんですって!」


 セリムは慌てて後を追うが、少女は意外なことにかなり素早い。

 全力で追わなければ見失ってしまいそうだ。


「ソラさん、少し待っててください! すぐに捕まえて来るので!」

「わかっ——」


 ——キャアアアアアァァァァァァァァッ!!!


 その時、森の中に響き渡る甲高い悲鳴。


「うぇっ、なに!? 小さな女の子の悲鳴!?」

「おそらくエマさんの叫び声……! やむを得ません! ソラさん、行ってください! 私はあの子を捕まえたら、すぐに向かいますから!」

「……そうだね、あたしはセリムの次に強いんだから。任せて、セリムが来る前に片付けちゃうから!」


 逃げる少女を追うセリムと、悲鳴の方向へ駆け出すソラ。

 二人は別々の方向へ飛び出す。


「急がなきゃ! セリムにばっかり頼れない、あたしがなんとかするんだ!」


 あの悲鳴は命の危機を感じた叫びだ。

 すぐに駆けつけて助けなければ。

 しかし、雑魚モンスターが相手ならともかく、トライドラゴニスに遭遇してしまっていたら。

 本当にセリムが来るまで持ちこたえられるのか。

 頭をブンブンと振って不安を拭い去り、一目散に森を駆け抜ける。


「あたしは世界最強になるんだ! 25程度にビビってられるかぁーーっ!!」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ