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001 運命の出会いは、爆発と共に訪れました

 かつて世界最強の冒険者として名を馳せたアイテム使い、マーティナ・シンブロン。

 彼女はたった一人の弟子を鍛え上げ、最強の座を譲ると誰にも行方を告げずに姿を消した。

 世界最強の称号を受け継いだその弟子の名は、セリム・ティッチマーシュ。

 当時まだ、十二歳の少女であった。



 ちゅんちゅんとさえずる鳥の声、カーテンの隙間から差し込む朝日。

 ベッドの上で上半身を起こした少女は、両手を上げてうーん、と伸びをする。

 寝ぼけ眼でベッドから降りると、自室を出て裏庭へ続く勝手口へ。

 サンダルを履いてドアを開け、大きく息を吸い込むと、爽やかな朝の空気が肺を満たしてくれる。


「んーっ、今日もいい天気ですね」


 両手を伸ばして思わず独り言。

 仕方ないですね、こんなにいい天気ですし、誰もいないですし、と心の中で誰へともなく言い訳をしてみる。

 井戸から水を汲み上げてパシャパシャと顔を洗い、冷たい水で眼を覚ますと、少し冷えた体を両手で抱えつつ部屋の中へ。


「さて、気合入れて選びますか!」


 まるで戦場にでも赴くかのような気合の入り様。

 衣装棚から数着取り出すと、姿鏡の前であれこれ思案する。

 あーでもないこーでもないと、悩み続けること数十分。


「これで決定、いい感じにまとまってますね」


 クルリと鏡の前で一回転。

 今日のコーディネートは袖にフリルの付いた長袖の上にケープを羽織ったスタイル。

 ちょうちょ結びの細い紐が両サイドに揺れるミニスカートに、黒のニーハイソックスと革のブーツ。

 最後に前髪を整えて、頭の両サイドをツーサイドアップに結ぶ。

 左右に細く結ばれた髪の束がふわりと揺れた。


「完成しました。今日も完璧に美少女です」


 自分で自分を美少女と言ってのけた彼女の名前はセリム・ティッチマーシュ。

 腰まで伸びた薄いグレーの長髪にエメラルドグリーンの瞳、整った目鼻立ちは、確かに美少女と言って差し支えない。

 セリムは十四歳にして、このアイテム調達店『マーティナ堂・道具百般』改め『セリムのおみせ』の店主を務めている。


 彼女は物心ついた時から、師匠であるマーティナと共にこの店を家として暮らしてきた。

 厳密には、無茶苦茶な修行に明け暮れる日々で、この店での暮らしなど皆無に等しかったのだが。

 ところが、マーティナは二年前に突然店をセリムに譲ると無責任にも蒸発。

 店だけではなく、厄介な肩書きまで押しつけてどこかへ消えてしまった。


 マーティナ堂・道具百般を譲り受けた彼女が最初にやった仕事は店の改名。

 理由はもちろん、かわいくないから。

 世界最強の肩書きも有難迷惑である。

 彼女は一度として、それを自分から名乗ったことはない。

 理由はもちろん、かわいくないから。




 ○○○




 長い長い身支度と朝食を終えたセリムは、店の入り口の鍵を開けて外へ。

 外側のドアに下げられたプレートを、クローズからオープンに反転させる。

 彼女の営業する『セリムのおみせ』は、アーカリアス大陸の南西部に位置する町・リゾネにある。

 この町はアーカリア王国のはずれに位置する、いわゆる辺境の土地ではあるが、この町の周辺には鉱山が多い。

 鉱山の麓の町に進む者たちの中継地点として、そこそこの賑わいを見せている。


 とはいえ、セリムにそんな事情は関係ない。

 彼女は今日も明日ものんびりと、町の人の小さな助けになりながら暮らしていくつもりだ。

 師匠を探しに行こうとは思わない。

 どこに行こうと勝手にすればいいし、そもそも旅なんて性に合わないのだ。


「さてと、今日のお仕事は……」


 カウンターの向こう側、椅子に座ったセリムはメモに目を通していく。


「ガデムさんのお店に癒しの丸薬を十個納品、ですね」


 片付けていない仕事はそれだけ。

 セリムは早速椅子を立つと、店の棚から薬草の入った箱をカウンターまで運ぶ。

 蓋を開けると、たっぷりと詰まった薬草から漂う爽やかなミントにも似た匂い。

 箱の中から薬草を二つ取り出して並べると、セリムはその上に両手をかざした。


「——創造術クリエイトっ!」


 彼女の手から放たれた光に、二つの薬草が包み込まれていく。

 セリムの発した魔力が、違うアイテム同士を融合させ、新たなアイテムを創り出す。

 アイテム使いの基本技能、それが創造術クリエイトだ。

 発光が止まると、二つの薬草は新たなアイテムに生まれ変わっていた。


「バッチリ完成ですね、癒しの丸薬」


  ——————————————


   癒しの丸薬


   レア度 ☆★★★★


   複数の薬草を練り合わせて

   作られた丸薬。丸くて飲み

   やすい。回復効果は薬草の

   三倍、お値段も薬草の三倍。


   創造術クリエイト

   薬草×薬草


  ——————————————


 葉っぱの上に転がる丸薬を見て、セリムは満足気に頷く。

 もとよりこの程度の調合など初歩中の初歩、失敗などあり得ないのだが。


「さて、残り九つもさっさと済ませますか」


 薬草を二つずつ並べては、創造術クリエイトで丸薬に合成。

 あっという間に注文通りの十セットが完成した。

 納品用の筒に一セットずつ丁寧に納めて、後はガデムの店に向かうだけ。

 その時、来客を知らせるベルが鳴り、店のドアが開いた。

 来店したのは少し化粧の濃い、顔見知りのおばさんだ。


「いらっしゃいませ、クレアさん。今日はどうしたんですか」

「聞いてよセリムちゃん。主人が美顔クリームを軟膏と間違えてくるぶしに塗っちゃってね、ガサガサだったくるぶしがつやっつやになっちゃったのよ。困るわよねぇ、私が使う分が無くなっちゃってねえ。どの道あと一つしか無かったから明日にでも頼みに来ようかと思ってたんだけど——」

「……はいっ、美顔クリームの調達依頼ですね」


 話がとんでもなく長くなりそうなので、やんわりと遮る。


「あら、まだ何も言ってないのに、話が早くて助かるわぁ。それじゃあお願いね、ってそうそう聞いてくれる? この前隣の奥さんが言ってたんだけど、美顔クリームに薬草を混ぜて使ってるって。あれ本当に効果増すのかしらねえ、私は眉つばだと思うんだけどセリムちゃんどう思う?」

「えっと……、回復効果が付与されるだけかと……」

「そうよねぇ、やっぱりそうよねぇ。後で言っておいてやらないと。あとこれは向かいの奥さんが——」


 おばさんの長い長い話からセリムが解放されたのは、それから二十分後のことだった。


「あらやだ、もうこんな時間。それじゃあセリムちゃん、美顔クリーム二十個、よろしくお願いね」

「は、はい……」


 そそくさと退散していくクレアの後姿を見送って、セリムにどっと疲れが押し寄せる。

 自分も将来アレになってしまうのか、そんな想像を働かせてしまい戦慄が走った。


「はぁ……。おっと、いけないいけない。ため息なんてついたら幸せが逃げちゃいます。まずはガデムさんのお店、それから美顔アロエの調達です」


 気を取り直して、セリムは外出の準備を進める。

 美顔クリームの素材となる美顔アロエは、摘みたての状態でないと効果が半減以下になってしまう。

 この店にアロエを育てている植木鉢は無い。

 自生地に赴き、そこで創造術クリエイトをしなければならない。

 スカートのベルトに短剣の納まった鞘を取り付け、小さなポーチを肩からかける。

 それだけで準備は完了、プレートをクローズに入れ替えてカギをかけ、まずは癒しの丸薬の納品だ。



 セリムのおみせを出た彼女は、石畳の道をスキップ混じりに進む。

 彼女の店と同じ通りに、お得意様の一人であるガデムの店『男ガデムの輝く良品店』がある。

 プレートはオープンの表示、店主は中にいるようだ。


「ごめんくださーい」


 店のドアを開け、入店しつつ中に呼び掛ける。

 奥のカウンターから肌色の半円が見え隠れ、店主の姿を発見したセリムはそちらへ向かう。


「へいらっしゃい! おう、セリムの嬢ちゃんか。今日はどうした」


 カウンターの向こう側からぬぅっと出て来た筋骨隆々の中年男性。

 ちょび髭にエプロン姿が妙に似合うこの店の主、ガデム。

 店名通りに輝くつるつるの頭は本人いわく、剃ったのであってハゲではない、とのこと。


「こんにちは、ガデムさん。依頼の品『癒しの丸薬』十個、納品に上がりました」

「お、早かったな。早速検品させてもらうぜ」


 ポーチの中からするすると十個の丸薬を取り出し、カウンターに並べる。

 ガデムは厳しい目つきでそれらを一つ一つチェックしていくが、最後にうぅむ、と感嘆の一唸り。


「相変わらず見事な出来栄えだな。嬢ちゃんのクラスはアイテム使いだったか。聞いたことねえクラスだが、まったく大したもんだ」

「存在自体を知らない人も多いですからね、アイテム使いなんて」

「それじゃあ、確かに品物は受け取ったぜ。依頼料は一つにつき15Gだったか。もとは取れてるのか?」


 受け取った丸薬を棚に納めながら、ガデムは尋ねる。

 薬草の値段は一つ10G、癒しの丸薬は1包み30G。

 薬草二つの合成品ならば、普通に買えば20G、5Gの赤字となる。


「その辺で摘んできた薬草なんで、元手はゼロなんですよ」


 しかしこの通り、セリムは周辺の野山で全てのアイテムを調達している。

 元手はタダ、懐はホクホクなのだ。


「そうか、嬢ちゃん俺でも相手にならないくらい強いらしいからな。どこでも行き放題ってわけか。ほらよ、150Gだ」


 カウンターに置かれた硬貨の山を革袋の財布にしまうと、セリムはペコリと一礼。


「確かに受け取りました。またのご利用お待ちしています」

「おう、でもよぉ、そんなに強いなら冒険者になっちまえば英雄にだってなれるんじゃないか?」

「冒険、ですか。……私、そういうのは性に合わないんです。それに英雄だなんて、そこまで強くはないですよ」

「そうか、まあ嬢ちゃんの人生だ。好きにするといいさ。またな」

「はい、それでは失礼します」


 男ガデムの輝く良品店を後にしたセリムは、いよいよ美顔アロエ調達のために町の外へ。

 明日からもこんな日々が続くと信じたまま、足取りも軽く彼女は向かう。




 ○○○




 リゾネの町から徒歩で一時間ほど、鬱蒼とした木々が生い茂るリゾネの森。

 冒険者ギルドが定めた生息モンスターの強さの目安となる危険度レベルは15。

 中級冒険者でも徒党を組まなければ入らない危険地帯を、セリムはたった一人で歩いている。

 フリフリのかわいらしい服で、まるでピクニックにでも来ているかのように。


「おっと、火薬草発見です。回収回収っと」


 時々しゃがみ込んでは、目に付いた植物を毟ってポーチに詰め込んでいく。

 沢山の素材がどこに消えているのか、彼女のポーチはまるで底なしだ。

 素材を大量に確保し気分は上々、いつも多めの独り言もさらに頻度を増していく。


「沢山素材があって目移りしちゃいますね、本命の美顔アロエはまだ見つかりませんが」


 美顔アロエは群生する植物だ。

 見つけてさえしまえば、依頼の分は軽く集まるだろう。

 キョロキョロと目的の物を探して辺りを見回しながら、セリムは森の中を進んでいく。

 勝手知ったるこの森は、自分の庭のようなものだ。


「おや、あれは。ふふっ、ありました、美顔アロエ」


 ようやく発見した、三角形の葉っぱにとげとげが生えた、特徴的な植物。

 一面に生い茂るそれは、間違いなく目的の美顔アロエだ。


「よし、さっさと終わらせて帰りますか。モンスターに出会ったら余計な出費が掛かりますし」


 手早く葉っぱを二つちぎって、創造術クリエイトで美顔クリームに合成していく。

 出来たそばからポーチに突っ込んで、一から始まったカウントはあっという間に二十へ。


「出来ました、依頼達成です。さて、素材を拾いつつ退散するとしましょう」


 長居は無用、凶悪なモンスターに出くわして服が汚れでもしたら一大事だ。

 セリムが帰路に就こうときびすを返した瞬間。


「グルルルルルルゥッッ!!!」

「もう、なんでこんなに強いのさ! このクマ!」


 すぐ近くに感じる二つの気配、一つは大型のモンスター、もう一つは人間のもの。

 さらに獣の唸り声と、セリムと同じくらいの年頃の少女の声まで聞こえた。


「これは……、ブラッドグリズリーですね。あと女の子の声、どうやら一人だけのようです。他に気配はありませんし」


 ブラッドグリズリーは危険度レベル16のモンスター。

 リゾネの森でも上位に位置する赤毛の大熊だ。

 対する少女はたった一人、このままでは殺されてしまうだろう。


「仕方ありませんね、もう。どこの誰ですか、こんな森に一人で入るアホの子は」


 ひらひらの服を翻して、セリムは疾風のように走りだす。

 まるで色つきの風のように、常人では目視すら困難な速さで狭い木々をすり抜けていく。


 声のする方へ向かうこと十秒ほど、木々の間にブラッドグリズリーの姿が見えた。

 対する少女は剣を持って応戦している。

 どうやらクラスは剣士か、それに類するもののようだ。

 金髪のポニーテールがゆらゆら揺れて、それが熊の興味を引いている。


「あー、あれはダメですね。放っておいたら間違いなく死にます。今すぐ助けなければ。かと言って短剣で斬りかかるのは趣味じゃないですし、やはりここは……」


 そう呟いてポーチから取り出したのは、ボタンがついた赤い筒。

 セリムが最も愛用する攻撃用アイテム、爆弾だ。


  ———————————————


   タイマーボム


   レア度 ☆☆★★★


   ボタンを押して3秒経つと大

   爆発を起こす危険物。取り扱

   い注意。威力は中級魔法程だ

   が、至近距離で受けると……。


   創造術クリエイト

   火薬草×筒状のもの


  ———————————————


「さあ、爆弾さん! あの熊さんの顔面を、派手に爆散させるのです!」


 爆弾をギュッと握ると、セリムの右手に魔力が集中していく。

 これから彼女が繰り出すのは、アイテム使いの固有技能。

 目視出来る範囲ならば、投げたものはどんな場所にも絶対に命中する。

 タイマーボムのスイッチを押すと、三つ点いたランプの一つが点滅。


「行きます! 絶対投擲インペカブル・シュートっ!!」


 照準は熊の口の中。

 狙いを設定すると思いっきり振りかぶり、渾身の力を込めて投げつけた。


「そこの人、今すぐ逃げてください! 今からその熊さんは爆死するので!」


 声の限りで呼びかけると、剣士の少女はセリムの存在に気付く。

 しかし、その言葉の意味はあまり伝わっていない。


「え、何言ってんの? それよりも、ちょっと手伝ってよ! このクマやたら強くて……」


 襲い来る剛腕を回避するのに必死で、彼女は飛来する爆弾に気付かない。

 立ち並ぶ木を避けて、ぐねぐねと軌道を変えながら飛び来るタイマーボム。

 明かりが一つ消え、残りカウントは2に変わった。


「もう終わってるんです! 早く逃げないとあなたも爆発に……!」


 木々の狭い隙間を抜けた爆弾は、大きく弧を描いて熊の方へ進路を変更。

 残りカウントは1に変わり、吸い込まれるようにその口の中へ。


「へ? なんか飛んできた」

「あぁ、もう間に合わない……」


 思わず頭を抱えるセリム。

 同時にタイマーはゼロになり、呆けた顔の少女の目の前で。


 ——ドッカアアァァァン!!


 熊の顔面は爆散、その爆風に少女は見事に巻き込まれた。


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