第1羽 異世界転生してみた
どうしてこうなった…
こんなはずでは無かった。ただの現実逃避のはずだったんだ…
薄れゆく意識の中、最後に目に映ったのは華やかな翡翠の翅を持つ一匹の蝶が抱く淡い光だった。
オレこと山田雅は29歳、現代日本に働く普通のサラリーマン、いやブラック企業に働く社畜だ。今年で10年目になるが、あまりの激務に新人が入って来ては辞め、未だにオレが一番の下っぱ。上司からは仕事を押し付けられ、最近辞めた後輩の仕事の後処理を任され、これで1週間自宅に帰っていない。
オレも仕事を辞めれば良いと言う声が聞こえてきそうだが、辞めたところで生活が保障されている訳ではない。次の仕事を見つける間も金はかかるのだ。今の薄給で貯蓄があるはずもなく、結局は今の生活にしがみつくしかない。
「こんなはずではなかったんだが…」心の声が漏れる。
ここでオレの生い立ちについて少し話そう。生まれはごく普通の一般家庭。兄弟はおらず幼い頃に父を亡くし、女手ひとつで育ててくれた母も数年前に病気で他界。天涯孤独だ。
「人に優しく、真っすぐに生きていれば幸せは向こうからやってくる」との母の教えで真面目に生きてきた。
少しでも母の助けになればと、子どもの時から母のいない間に家事をこなし、高校に入ってからはバイトも掛け持ちで行った。高校卒業後に今の会社に就職。馬車馬のよう働いた。
そんな状況では親しい友人が出来るはずもなく、女性と付き合ったこともない。勉強もスポーツも平均的で目立たない所謂モブキャラだ。
それでも母の言葉を信じ、ここまで生きてきたが「母なき今、オレは一体何のために生きているのだろう?」
仕事もひと段落つき時計を見ると夜中の2時を過ぎたところだ。仮眠のために会社の近くのネカフェに向かうことにする。梅雨の時期でここ数日雨が続き、空気も最悪だが、横になれるだけマシだ。今は降っていないようだが、空模様はあいにく、雲がかかって月も見えない。
「降り出す前に急ごう」
道を歩いている人もおらず、一層孤独が押し寄せてくる。足早に今日の宿に向かう。ネカフェだが…
ふと前を見ると、一匹の蝶が飛んでくる。街灯に照らされた、それは翡翠色の翅を広げ美しく宙を舞っている。
「こんな時間に?こんな街中で?珍しいな」
蝶は昼行性の生き物で夜中に活動することはほぼない。またここはオフィス街で、そもそも蝶など見かけることはほとんどないのだ。そんな妖しくも美しい蝶に連日の残業で磨り減った心をほんの少しだけ癒される。同時に蝶の優美な姿に自身の今の生活を振り返り、憂鬱な気分にもなる。
「人並みで良いから幸せを掴みたい」
あの蝶の様に雅やかに生きられないものかと、よからぬ想いがオレの心に影を落とす。
ポツリ…雨が頬を伝う。
「降り出して来たか」傘もささずに歩き出す。少しだけで良い、今の生活を変えたい。休みたい。ゆとりを持って生きたい。真面目に生きてきて抑えていたものが溢れ出し、視界を滲ませる。
突如、目の前に小さな光が見えた。それは次第に大きくなり近付いて来る。
その光に縋るような思いで手を伸ばし近付いて行く。それが何かオレは分かっていたのかもしれない。
ドンッ!気付いた時にはオレは宙を舞い、空を見上げていた。
次に感じたのは、冷たい地面の感触。それに反して身体には凄まじい熱感と痛みが襲って来る。
「どうしてこうなった」「こんなはずではなかった」「これで終わりなのか」様々な思いが頭を駆け巡る。
雲の切れ目から月が覗く。月明かりに照らされ先の蝶が見上げた空に飛んでいる。淡い光が広がり、目の前に広がって行く。薄れゆく意識の中で最後に見た光景だった…
-----------------------------------------------
「ここは?どこだ?」
目を覚ますとオレは草原にいた。辺りを見渡すと山々が連なり、川が流れている。およそ日本とは思えない光景。
訳がわからず自分に問いかけて見る。
「いや思い返してみろ?確かにオレは車に轢かれた筈だ。となると此処はあの世?」
『ようやく気づきましたか?』
何処からともなく声が聞こえる。いや聞こえると言うよりは直接脳に語りかけて来る感覚だ。突如オレの周囲に光球が現れた。それも1つではなく、1、2、3…全部で12個である。その内の1つが目の前で形を成して行く。少しずつ解けていき、現れたのは先に見た翡翠の翅を持つ蝶だった。