外宇宙の卵
卵がある。
割る勇気はまだない。
最大直径は親指と中指の輪くらい。
色は青白い。
普通の鶏卵に見える。
だが見ているのは青白い卵の殻だけである。
あたりまえだが、『中身』は見えない。
──そう、わからなく、見えないのだ。
この卵の殻を割ったのならば、中身を知ることもできるであろう。
卵の中身は何であろうか?
鶏。
亀。
鳩。
鰐。
鷲。
生き物ではないかもしれない。もしかしたら、手品のハンカチかもしれない。だがそれも、この卵を割って、中身を見なければわからない。
割ってみないことには不確定の謎のままだ。
未知である。
踏み込む勇気が必要だ。
わたしにはまだ、その勇気をもてないでいた。
で、あるというのにだ。
この卵を割って中身を確かめたいと考える、そんなわたしもいるにはいた。
未知への恐怖。
──同時。
未知への好奇心。
奇妙なことにも、この二つの感情は相反していなかった。
卵に対してわたしは、恐怖と好奇心が共存していたのである。
チクタク。
チクタク。
チクタク。
時計の秒針が動き、長針が動き、短針が動いていた。ふりこは左右に、ゆらり、ゆらりと揺れていた。
意は決した。
わたしはスプーンを右手につかむ。
この卵の殻を割って、その内に秘める未知の真実を白昼をするためにだ。
大きくふりかぶった。
そして、スプーンをふりおろす。
だがしかし。
卵の殻は割れなかった
カルシウムの塊のような殻に、異様なまでの硬度があったわけではない。
わたしの銀のスプーンは、卵の殻にあたる瞬間、完全にその運動を停止していたのだ。
卵を割ることが、できなかった。
ためららわせたのは。
手が止まったのは。
──不安。
卵は一見、何の変哲もないかのように、確かに見えた。
普通に考えれば、ゆで卵になっていて、割った殻を取り除けば白身が固まっていて、白身をすくえば固まった黄身がある、はずだ。
そのはずだ。
スーパーで八個入り二百円で買った卵のパックの鶏卵。
朝のとれたて鶏卵であるという表記を信じれば、そういうことになるはずだ。
だが……だが、である。
わたしは、静かにスプーンをわきに置く。
先ほどの繰り返しとなるが、卵の中身というのは、割ってみなければわからないのだ。
もし卵の殻の中に隠されている神秘が、有精卵で成長しきったヒナの蒸し焼きであったら、どうする?
怖い。
まったくありえない可能性ではないだ。
突拍子のない発想であれば、ビッグアイバグとか、宇宙の深淵の神とか、木星の猫の卵であったりするかもなのだ。
なんの卵であっても不思議ではない。
問題はなんの卵であるか知るためには、卵の殻を絶対に割る必要があることだ。
ゆで卵であれば良い。
怪物であったら、どうする?
ぎょろりとした目玉がにらみつけてきながら、卵の大きさに不相応な体があふれてくる……。
怪物であれば、たかだか水の沸点
100℃程度生き残れるはずだ。
わたしは生まれたばかりで腹をすかせる怪物の、ファストフードかもだ。
食べるはずだった卵に食べられる。
ならば食べられる前に喰ってやろう。
少しだが勇気がでてきたぞ。
「よし!」
今一度の勇気が心に宿る。
金属のスプーンが、卵の、カルシウムの殻へあたった。
ピシリ、の音とともにヒビがはしる。
中身は──
「うん、おいしい」
──ただの、普通の、ゆで卵だ。




