第33話 マフラー
衣類や防寒具の売っている店は今日待ち合わせした金時計のほぼ真上にあった。
「うわー、服がいっぱい」
「いや、流石に服屋くらい来たことあるだろ」
「そりゃありますよ。でも雰囲気とか、そうゆうのあるじゃないですか?」
いや、そんなのないだろ。
いつ誰とどこへ行ったって、その店が変わる訳じゃないし。
それともあれか。
俺といると盛り下がるから、無理矢理テンション上げておかないとやってられないとか、そうゆうことか?そうゆうことなのか?
……それなら仕方ないな。
「ハル先輩。こっちですよ」
清水が手を振って呼んでいるので、行くと手袋やらマフラーやらの小物の防寒グッズがたくさん並んでいた。
俺は清水が楽しそうに選んでいるのを3歩ほど離れたところから見ていた。
さっきから若干店員の俺への視線が気になるんだけど。
もしかして、痴漢とかと勘違いされてる?
さっき清水が俺を呼んだの見てなかったの?
それとも、それでも怪しいってこと?
とりあえず、この店の外で待っておくか。
「清水。俺、店の外で待ってるから買ったら来てくれ」
え?ちょっと…という声が聞こえたが聞こえなかったことにして足早に店の外に出て近くにあったベンチに座った。
すると清水も早歩きで店から出てきた。
「先輩!どうして一人にするんですか!」
俺は妥当な判断だと思ったんだが、どうやら怒らせてしまったらしい。
「いや、店員が視線が痛かったんだよ」
そう言うと、清水はなるほどという顔をした。
「まぁ、ハル先輩だったら仕方ないですね」
それどうゆう意味だよ。
「その言い方ひどくない?」
「そんなの無視してればいいんですよ。ほら来てください」
いや今俺のこと無視したよね。
てかそんなに手引っ張らないで。行くから。
そのまま手を引っ張られてさっきの場所に連れていかれた。
そして、やはりさっきと同じようにマフラーを見始めた。
どうやら俺が手を引かれて戻ってきたのを店員が確認したのか、さっきより視線を感じなくなった。
清水は何かいいのを見つけたのかマフラーを自分の首に巻いて俺の方を振り向いた。
「どうですか?似合いますか?」
清水がしていたのは、薄い茶色の生地に黒、赤、白のチェックが入ったマフラーだった。
「いいんじゃないか。おとなしい感じで。その…似合ってる」
実際よく似合っていた。
「じゃあこれにします」
そんな軽い感じで決めるのか。少し驚きだな。
「もう少し見なくていいのか?」
「はい、これにします」
「そうか」
「ハル先輩。会計を済ませてくるので、さっきの場所で待ってもらってもいいですか?」
「わかった」
そう言って、さっきの場所に戻った。
しばらくすると紙袋を持った清水が来た。
清水はそのまま俺の横に座り、袋から買ったばかりのマフラーを付け始めた。
がっつり値札付いてるんですけど。
「そのマフラー値札ついてるぞ」
「え?どこですか?」
そう言って、清水は首を回して値札の位置を確認し始めた。
「俺が取ってやるから、あっち向いとけ」
首元にある値札を持ち、少し顔を近づけるとほんのりと甘い香りがした。
値札は簡単に取れるようなつけ方をしてあったのだが、緊張して中々取れなかった。
清水は俺とは真反対の方を向いていたが、少し手が首筋にかすれるたびに首をびくびくさせて、少し声を出した。
しまった。マフラー外してもらったほうがよかった。
とは言っても、今更外してもらうのはどうかと思ったので、そのまま続けた。
なんとかして値札が取れて、ようやく一息ついた。
「ほら取れたぞ」
値札を見ると4900円(税込み)と書かれていた。
結構高いの買わせちまったな。
清水は顔をまっすぐにし、手でマフラーを調節した。
少し顔が赤らめているような気がする。
「すみません。……なんか少し恥ずかしかったです。いろんな意味で」
清水はホントに恥ずかしそうに言った。
「そうだな。俺もだ」
「………」
「………」
しばしの沈黙があった後、清水が思い出したように俺の方に、さっきまでマフラーの入っていた紙袋を渡してきた。
「はい、プレゼントです」
はいはい。ごみね。
俺、ごみ箱じゃないんだけどな。
「どうも」
受け取ると紙袋にしては少し重い感じがした。
中を確認するとやはり中に何か入っていた。
取り出すと、清水が今してるマフラーと同じものだった。
訳が分からず、清水の方を見ると清水はにっこりと笑顔を見せた。
「プレゼントです」
いや、流石にこんな高いものは受け取れない。
それに後輩に奢られるのは、あまりいい気分でもない。
「これ、結構高いだろ。お金払うよ」
そう言って、俺が財布を取り出そうとすると、それを止めようと慌てて清水が言った。
「いや、お金なんていいんですよ。ハル先輩もさっき言ってたじゃないですか。今日付き合ってくれたお礼だって。私からのお礼です」
確かに言ったがそれとこれとは状況がまるで違う。
だけどな~、と俺が渋っていると清水が何とかマフラーを受け取ってもらおうと畳み掛けるように続けて言った。
「…ほら、私少しでも思い出が欲しいんですよ。変な先輩に少し高いマフラーをプレゼントしたな~とかそうゆうのでいいんですよ」
清水にそんなことを言われたら、流石に断れない。
「…じゃあ貰おうかな」
「はい、大切にしてくださいね」
「あぁ、大切にする」
「年中着けてくださいね」
「いや、流石に勘弁してくれ」
そう言って、二人は笑いあった。
「てか、これレディースだよな」
「いいじゃないですか。そんなに女の子っぽくないのにしたんですから」
確かに男子がしてても何も問題なさそうな柄ではあった。
「まぁそうだな」
これが今流行のペアルックというやつか。
流石にここでするのは恥ずかしかったので袋の中にしまった。
「何か私たち、恋人みたいですね」
「そうかもな」
確かに傍から見たら恋人同士に見えるかもしれない。
ただあくまで恋人みたいであって、本当の恋人ではない。
実際、俺たちの間には恋愛感情が介在していない。
清水は俺のことを恋愛対象として見てはいないだろうし、俺も同様だ。
つまり俺たちは両想いということだ。
ただ、ある程度の距離感があるからこそお互い色々と考えずに済むし、楽しいと思える。
つまり恋人というのは、とてつもなくめんどくさい種族なのだ。
あいつらはお互いのことはすべて知らないと気が済まない。
だが、どんなに親しい人であっても、一定以上の干渉を受ければ鬱陶しく思うのは当たり前のことだ。
だから一度マンネリ化すると、会うことすら億劫になる。
そしてすぐに破局する。
恋愛なんて所詮そんなことの繰り返しだ。
だから俺は恋愛などはしない。
「あの、引っ越しのことなんですけど…」
俺は無言で清水の方を向く。
その話題は今日はほとんど話していなかった。
きっと清水もあまり思い出したくないと、そう思っていた。
「その……」
きっと清水は俺に何か言わなければいけないと思っていることがだろう。
おそらく今まではそのことを隠していたのだ。
ただそれは、清水にとっては伝えづらいことであり、俺にとってもいい話ではないのだろう。
いつだったか清水が言っていた。
ミステリアスな人は魅力的だと。
俺もそうだと思う。
もしも、ある人のすべてを知ってしまったら、必ずと言っていいほどその人の知りたくなかった面も知ってしまうことになる。
それなら自分に都合のいい面だけを見ていたほうが自分のためにも相手のためにもなる。
清水が言いたくないのなら、言わないでおく方がいいのだろう。
無理に言って、これまでの関係を悪化させるだけは避けたかった。
「…ハル先輩。私、」
「もう遅いしそろそろ帰るか」
俺は清水の言葉を遮って、立ち上がった。
時計を見ると、もう4時半を越していた。
後、1時間もすれば外は真っ暗だろう。
「はい」
清水は俯いて立ち上がった。
そして俺たちは駅へと歩き出した。
きっとこれでいい。後悔はない。
先週も同じようなことがあった。
あの時の行動も俺は間違っているとは思っていない。
それに、もしどうしても話しておきたいのなら、まだ話す機会はたくさんある。
その時に聞けばいいことだ。
俺たちは路線が違うので、朝と同じ金時計付近で別れる。
「今日はありがとうございました。とっても楽しかったです」
清水は満面の笑みで言った。
「俺もそんな感じだ。また来れるといいな」
言った瞬間にしまったと思った。
「また………そうですね。また来れるといいですね」
清水は一瞬暗い顔になったが、すぐにさっきと同じように笑顔を見せて言った。
「そ、そうだな。じゃあまた明日」
「はい、また明日」
別れを言って俺たちは真逆の方向に歩いて行った。
電車の中で色々と考えたが、やっぱり俺の取った行動は間違っていないと思った。




