第11話 妹と……
今日一日、いつも通りに振る舞ったつもりだったが、どうやら青山には昼休みに会った時から気づかれていたようだ。
青山にもこれ以上心配かけられないし、俺的にもかなり応えるものがあるので、今日中に何とかしないといけない。
そんなことを思いながら駅から家までの道を歩いていた。
これといった策は浮かばないので、その場で何とかするしかなかった。
秋を感じさせるような生ぬるい風が頬にあたる。
まさに俺に似つかわしいな、なんて物思いにふけっているとあっという間に家に着いてしまった。
いろいろ考えていてもしょうがないので、勢いよく玄関を開けた。
そうして、リビングに移動すると、夕食を食べ終わったであろう妹の理沙が食器洗いをしていた。
「ただいま」
ソファーに荷物を下ろしながら、俺はダメもとで言ってみたが、案の定返答はなかった。
このままだと、らちが明かない。
「理沙。ちょっと話がーーー」
「私、今から勉強してくるから。あ、後キッチン勝手に使わないでよ。汚れるから」
食器洗いを終えた理沙は俺の言葉をさえぎって速足で二階の自分の部屋に行ってしまった。
真冬のような冷たさだな。
どうやら、今日も妹は夕食を作ってくれる気がないようだ。
さらに、俺が自分で料理を作ることも許してはくれないらしい。
今日は、あの謎のゲームで500円ほど無駄にしてしまって、これ以上出費はしたくなかったので、夕食はあきらめることにした。
少しテレビを見てから、定期テストがそこそこ近いことを思い出して、俺も自分の部屋で勉強することにした。
どうやら今日も仲直りするのは無理っぽいな、明日青山に殴られるんだろうな、なんて考えて、全く進まない勉強をすること約1時間。
俺がちょうど、気分転換に風呂にでも入ろうかと考えていた時、俺の部屋のドアをノックする音が聞こえた。
家にいるのは理沙しかいないが、今の理沙から俺に何か言いにくるはずがない。と思いながら、恐る恐るドアを開けた。
そこには、やはり理沙がいた。
「…どうせ、夕食食べてないんでしょ」
それだけ言うと、理沙は両手で持っていたご飯やらサラダやら魚やらののったお盆を無理やり俺に押し付けてドアを閉めた。
一瞬の出来事に訳が分からず、しばらく立ち尽くしていたが、理由はよくわからないがせっかく理沙が夕食を作ってきてくれたので、食べることにした。
食べてみると、おいしいけれど何かが足りないような気がした。
理沙にはキッチンを使うなと言われたけれど、申し訳ないので食器洗いは自分ですることにした。
食器洗いをしていると、理沙がリビングに入ってきた。
「えっと、夕食作ってくれてありがとな」
「ん」
理沙は、微かに返事をした。
「あ、あのさ、理沙。ちょっと話したいことがあるんだけど」
「……いいよ、聞いたげる」
そう言って、理沙は椅子に座ったので、俺は慌てて洗い物を済まし、理沙の向かいに座った。
俺はとりあえず、金曜日と土曜日にあったことを一通り話した。
「なるほどね。そうゆうことだったんだ」
理沙が納得してくれたので、ほっとした。
「それで、お兄ちゃん! どうして帰ってこれなかったかはわかったけど、どうして帰ってきた時、言い訳して逃げようとしたの?」
ほっとしたのもつかの間、痛いところをつかれ、動揺する俺。
「そ、それはですねー。理沙が超怒ってたからつい」
「怒るのは当然でしょ。 帰って来ないのに連絡の一つもないし、次の日も遅くまで帰ってこないし」
「これからは気を付けます」
「そう。まぁそれならいいけど」
どうやら、何とかなりそうだ。
「それと…理沙もごめんなさいでした。…理由も聞かずに怒ったり、いろいろひどいこと言って。ちょうど受験勉強とかで思うようにいかなくてストレスとか溜まってて」
「俺も気づいてやれなくて悪かった。…その…俺でよければいつでも相談乗るから」
「ありがとう」
理沙は目にいっぱいの涙を浮かべながらそう言った。
「それと、お兄ちゃん。一つだけ覚えておいて欲しいことがあるんだけど…」
理沙は一瞬、落ち着い声で言った。
「理沙たち実質二人暮らしみたいなもんじゃん。だからさ、やっぱり支えあって生活していかなきゃいけないわけだし。お兄ちゃんから見て理沙がどう見えてるかわかんないけど、…たぶん理沙はお兄ちゃんが思ってる程強くはないっていうか、お兄ちゃんが帰ってこなかった時、すごく不安だったし、心配したし、一人になるのが怖かったし、…だから……お兄ちゃんのこと……必要っていうか…頼りにしてるっていうか、……うまく言えないけど、とりあえずそんな感じだから」
涙で顔をくしゃくしゃにしながら、そう言った。
「悪かったな」
そう言って、理沙にハンカチを渡し、ついでに頭を軽くポンポンとたたいた。
「ホントだよ」
それからしばらく、俺は理沙が泣き止むのを待っていた。
それにしても、俺は理沙のことを過剰評価していたようだ。
家事は何でもできて、成績もよくて、友達とも上手くやっていて、どんなことでも臨機応変に対応できるんだと勝手に思い違いをしていた。
俺は自分の中で、都合のいいように理沙の人物像を作り上げていたのだ。
兄として失格だな。
そんなことを考えていると、理沙がようやく顔を上げた。
「もう大丈夫だよ」
まだ、目が少し赤くなっていて、声が上ずっているが、それ以外はいつも通りの理沙がそこにはいた。
「そうか」
「それにしてもあれだね。思い返してみると、理沙、お兄ちゃんにすごいこと言ってたよね」
「ホントあの時は死のうかどうか真剣に考えちゃったじゃねぇか」
「お兄ちゃんって、ホント、シスコンだよね」
「ほっとけ」
「それじゃあ理沙、お風呂入ってくるね」
「おう」
俺も、風呂に入りたい気分だったので、理沙が出てくるまで待つことにした。
せっかく仲直りしたことだし、いつもの調子に戻りやすくするためにも、ここは軽い冗談でも考えておこう。
しばらくすると、風呂から上がって、パジャマ姿の理沙がリビングに戻ってきた。
「あ、あのさぁ、理沙」
「何?」
「さっき一人になるのが怖いとか言ってたじゃん。だったら、今日は俺と一緒に寝ないか?」
「……は?何言ってるの? キモイしうざいし、後キモイ」
ですよねー。でも今日はせっかくなのでもう一歩踏み込んでみるとするか。
「そんなこと言って、ホントは嬉しいんだろ」
「お兄ちゃん!」
「は、はい」
「しつこい男は嫌われるよ」
「ですよね。すみませんでした」
「分かればよろしい」
作戦はそこそこ上手くいったみたいだな。
「そう言えばお兄ちゃん」
理沙はお茶を飲み干していった。
「明日、同じクラスの男の子の家に泊まりに行くから、留守番よろしく」
「そうか、友達付き合いも大事だからな…………ん?ちょっと待て。今男の子の家に行くって言ったか?」
「そうだけど」
「なぜ?」
「勉強会」
「何人で?」
「二人っきりで」
「それは俺が許さん」
「でも、お兄ちゃんも女の人と二人っきりで家に泊ったんでしょ」
「い、いや。そ、それとこれとは話が違うし、状況も違う。理沙がどうしてもって言うんなら、明日はそいつの家じゃなくてここに来てもらえ」
「なんで?」
「俺が理沙に合うやつかどうか見極めて、結果はどうあれ、そいつには理沙のことを諦めさせて、強制的に帰宅してやる」
「うわー、お兄ちゃんらしい考えだなー。てかお兄ちゃん、超シスコンじゃん」
「とにかく、理沙には指一本触れさせない」
「お兄ちゃんがそこまで言うなら、止めとこうかな」
「そうしなさい」
「急に命令口調になったし。 まぁ、最初からそんな約束してないんだけどね」
「え?どうゆうこと?」
「つまり冗談ってこと。 仲直りの証に気前のいい冗談でも言おうかなーなんて思っただけだよ。お兄ちゃん」
「なんだ、そうゆうことかよ、びっくりしたー」
ホントどうしようかと思ったよ。
「お兄ちゃん。焦りすぎてマジきもかったよ」
「だろうな。寿命1年くらい縮まった感じだ」
「それあるー」
「ちょっと、それあんまり言っちゃダメなやつじゃない?」
「いいんじゃない。人気出たらワタr先生喜びそうだし」
「名前出しちゃダメだろ。後でどうなっても知らんぞ」
「まぁ何とかなるでしょ」
「そうだといいけど」
「それじゃあ、理沙、そろそろ寝るから」
「おう、おやすみ」
「おやすみなさい」
それにしても、二人そろって同じこと考えているとは。
やっぱり兄弟なんだなー
なんか今日は、ぐっすり眠れそうだ。
っと、その前に風呂に入るとしよう