第10話 女の勘?
残りの授業も淡々と受け、気づけば放課後だった。
生徒会の活動日は基本的に月曜日以外の平日となっている。
けれど実際は月曜日もだいたいみんな生徒会室に集まっている。
今帰っても暇なだけなので、生徒会室に行くことにする。
生徒会に入ると、結衣と青山が二人そろって俺のほうを見つめていた。
俺はいつの間にこの二人のフラグ立ててたんだろう、なんて冗談はさておき、テーブルの隅に視線を向けると、そこには紙の束がどっさりと置かれていた。
おそらく何かの申請書あたりだろう。
「今日はこれで全員ね」
佳月がまだじゃないか? と思ったが、すぐさま佳月が部活に入っていることを思い出した。
そう。佳月は部活と生徒会役員を両方やっているのだ。
ちなみに、部活は卓球部だ。
なので、佳月は基本的に、生徒会には金曜日と部活後に稀に来るぐらいだ。
まぁ今のところ、生徒会の仕事は大した量ではないので、何の問題もない。
しかし、今テーブルの上に置いてある紙の量から、いままでにない仕事量になることは容易に予想がついた。
「春樹くん、今日はゲームしようと思うだけどいい?」
「俺は別に構わんが仕事しなくていいのか? すごい紙の量だけど」
「明日やればいいでしょ。今日は本来休みなんだし」
「それもそうだな。…それでゲームってのは先週やったやつか?」
「いえ。今日はゲーム機とかは使わずにできるやつをやりたいと思うんだけど。涼香ちゃんからの提案なんですけど、英語をしゃべってはいけないっていうゲームをしようということです」
「なんか、テレビでやってて、私も一度やってみたいと思ってたのよ。ちなみに、一回英語を言うごとに10円の罰金でいいわよね」
お金取るのかよ。
いやまぁ確かにテレビでも一回につき1000円取ってたけど…
「まぁいいけど集まったお金はどうするんだ?」
「集まった額で決めましょ」
「そう言えば、みんな10円玉そんなにたくさん持ってるのか?」
「私は10枚しかないです」
「私は15枚ね」
「俺は13枚だ」
「じゃあ、10枚溜まったら100円玉と変えればいけそうね」
というわけで、各々自分の前に、お金を入れる箱を置いた。
「じゃあ、始めるわよ。よーい、はじめ」
「「「………」」」
10秒間ほど沈黙が続いた。
まぁ、正直そうなるわな
「……せ、せっかくなので、何かやりながらにしませんか?」
「そうだな、じゃあこうゆうのはどうだ。 この地球上にあるもので小さいものからだんだん大きくしていき、最後に地球って言った人が負け。負けたら50円の罰金で20回続いたら罰金なし。ちなみに、土地名はなし」
「おもしろそうね。そのゲームやりましょ………あ‼」
そう言って、青山は10円を箱の中に入れた。
「じゃあ、俺からで。 あり、はい次、青山」
「えーっと、じゃあハチで。 次、結衣」
「そうですねー、……」
結衣が答えようとした時、生徒会室のドアが開いた。
「お、今日もみんな元気そうだね」
そう言って入ってきたのは、教師であり、生徒会顧問でもある白石雫だ。
「白石先生、どうしたんですか?」
「いや、ちょっと様子を見に来ただけだよ。 そう言えば、あそこに積まれている紙だが、今週中に頼む。ちなみに後二倍くらいあるけど、みんなでやればすぐ終わるでしょ」
「マジですか?」
俺だけでなく、他の二人の顔も少しひきつっているのがわかる。
「マジよ!今までほとんど仕事なかったんだから、それくらい頑張りなさい!」
そう言われると、反論のしようがない。
どうやら、やるしかないらしい。
「わかりました。今週までに何とかします」
「おー、流石。青春だね~」
「どこがですか」
「そう言えば、宮本。来年から高3の初めに、GTEICかTOEICを受けさせようって話になってるんだけど、英検とGTECとTOEICってどう違うか知ってる?」
「英検は知ってると思いますけど、2級とか準2級とか自分で決めた級を受けて、合格か不合格かで結果を見るものなのに対して、GTECとTOEICは主に大学生とか社会人向けで、全員共通の試験を受けて、合格不合格は関係なく、何点取れたかで見るものですね。この二つは、ビジネス英語も含まれてくるので、正直高校生には難しいと思います。ですけど、GTECは中学高校生用のもあって、それも、得点で見るんですけど、それはレベルが三段階あって、確かBASIC、STANDARD、ADBANCEだったと思います。ただ、それだと四技能のうちSpeakingを見ることができないのが欠点ですね」
「宮本、よく知ってるのね」
「まぁ昔ちょっと調べたことがあってな」
俺が二人を見ると、二人とも顔がさっきとは違う意味で引きつっていた。
「ちなみに、四技能っていうのは何なんだ?」
「Speaking、Listenning、Reading、Writingのことですね」
「なるほど。勉強になった。ありがとう」
「いえいえ」
「それじゃあ、私はこれくらいで失礼する。ちなみに、今の話は全部嘘だから気にするな。邪魔して悪かったな。ちなみに今ので13だぞ。それじゃあ」
先生が出て行った瞬間、青山と結衣が思いっきり笑い出した。
「13って何のことだ?後、お前らなんでそんなに笑ってるんだ?」
「春樹くん、130円の罰金です」
結衣は笑いすぎで出た涙を拭きながら言った。
「え?……あ!しまった」
俺としたことが完全に頭から抜けていた。
あの教師、盗み聞きしてたな!
教師のくせに大人げないことしてんじゃねえよ。くそ。
「そ、それよりあの大量の紙はいいんですか?」
「まぁ明日からやれば間に合うでしょ。たぶん」
「そうですね。今日は気にしないことにしましょう」
「二人がそう言うなら続けるか!」
「確か私がハチって言ったところよ」
「次は私でしたね。じゃあ、ハムスターで」
「ハムスターは、英語でもハムスターだぞ」
「え⁉そうなんですか? 知りませんでした」
そう言って、結衣は10円を箱の中に入れた。
「宮本! あんたも今二回言ったから、20円よ」
「そうだった。 マジかよ」
俺は20円を入れた。
「じゃあネコで」
「イヌ」
「ブタ」
「牛」
「えーっと、……じゃあ家」
「イエ?」
「ちなみに英語で言うと何だ?」
「そんなド直球のボールに引っかかるわけないでしょ! 馬鹿なの?」
「はい、青山10円な」
「…あーもう! 腹立つ!」
「イエって何ですか? 動物ですか?」
「建物の家だよ!俺たちが住んでることろ!お前、やっぱり馬鹿だったのか」
「馬鹿じゃありません! ずっと、動物続きだったから、今回もそうだと思っただけです」
「じゃあ、動物って英語で何て言うか知ってるか?」
「それこそ愚問です。馬鹿にするにも限度があります。アニマルに決まってます」
「はい、10円な」
「あ、」
「結衣。あんたがそこまで馬鹿だったとは知らなかったわ」
青山は頭を押さえながら言った。
これには、結衣も弁解の余地もなく、静かに10円を入れた。
「次は、私ですね。家より大きいもの……じゃあビルで」
「はい、結衣。さらに10円ね」
「え?ビルって英語なんですか?」
「今のでさらに10円ね。てか結衣、あんたホントに英語やってるんでしょうね」
「やってますよー」
明らかに、結衣の頭の悪さというか天然さが露呈している。
「じゃあ、俺な。………高校」
「じゃあ、大学」
いいのか?と思ったがどうやらスルーしてくれたようだ。
「えーーっとー…土地名はダメだから………ににに日本」
「いや、それ土地名みたいなもんだろ」
「やっぱりダメですよね。 それでは、島」
「大きさわかんないな。まぁいいか。じゃあ、列島」
「大陸」
「じゃ、じゃあ、陸地」
「海」
「え、海より大きいもの? じゃあ空」
「空って宇宙も含まれてるんじゃないか」
「そんな細かいこといちいち気にしてるから、そんなひどい性格になるのよ」
「そう言うお前もたいがいだろ」
「はぁ!何か言った?」
「いや、別に」
あー怖っ!
「次は私ですよね。空より大きくて地球より大きいものなんてあるんでしょうか?」
ないね、おそらく。
すると、青山が何やら結衣に耳打ちをし出した。
「いいんですか?………じゃあ、春樹くん。私はパスで!」
満面の笑みで結衣が言った。
「いや、パスなんてなしだろ」
「女子は一回ずつありよ」
「そんな話聞いてないぞ」
「だって今決めただし。男だったら懐広く、ドーンと構えなさいよ。 あ、後、結衣と宮本は二人とも10円ずつね」
「くそ、完全に忘れてた」
「涼香ちゃんに騙されました~」
そう言って、俺と結衣は10円ずつ箱の中に入れた。
「てか、このゲームに性別は関係ないだろ」
「そんなこといちいち気にしてないで早く答えなさいよ」
「理不尽だ。だいたい地球上にあるもので、空より大きいものなんてあるわけないだろ」
「じゃあ、さっさと50円払いなさいよ」
「わかったよ」
そう言って俺は、50円を入れた。
こんな調子でこの後も続いていき、気づいたらもうすぐ6時になろうとしていた。
「もうすぐ6時だし、そろそろ終わりにしないか?」
「そうですね」
「そうね。みんなはどれくらい溜まった? ちなみに私は180円ね」
「私は、320円です」
「俺は……530円」
「合わせて、1030円ね」
「それで、このお金はどうするんですか?」
「1000円じゃ特に何にもできないし、生徒会のお金ってことで、何かの時のために秘密の部屋にでも置いておいたら」
「何もないと思うけど、とりあえずそうしとくか」
「そうですね」
というわけで、集まった1030円は秘密の部屋にあった机の引き出しの中に入れておいた。
「それじゃあ今日はこの辺で帰りますか」
「そうですね」
そう言って、ささっと荷物をまとめて生徒会室を施錠した。
「それにしても、明日からは忙しくなりそうですね」
「そうね。宮本にはバリバリ働いてもらうわ」
「へいへい。そうじゃないかと思ってたよ」
「それでは二人とも、さようなら」
「また明日」
「じゃあな」
結衣はバスで、俺と青山は電車なので学校を出たところで別れる。
駅は学校の目の前にあるので、少し歩いて改札を通り、タイミングよく来た電車に乗り込んだ。
今日は珍しく乗客はほとんどいなかった。
「お前、なんで今日急にあんなことしようと思ったんだ?」
「いいでしょ別に! それよりお前呼ばわりしないでくれる。あんたにお前って呼ばれると何かむかつく」
「はいはい。てか、青山も今俺のことあんたって言ったよな」
「私はいいのよ」
「そうですかい」
理不尽だな。
男女差別とか言うけど、実際高校生くらいまでは女子のほうが権力持ってるような気がするのは気のせいか?
「なんなら私のことも名前で呼ぶ?」
そう言うと青山は俺の顔を覗き込むように、顔を近づけてきた。
「あ、青山さん?」
俺は慌てて視線を逸らす。
「動揺しすぎよ。 冗談に決まってるじゃない。あんたに名前で呼ばれたら、気持ち悪さで一週間くらいは鳥肌立ちっぱなしになりそうよ」
「いや、俺への扱いひどすぎない。後、例えもいろいろひどいぞ」
「ま、要はあんたから名前で呼ばれるなんてこっちから願い下げ、ってことよ」
「そうかい」
三十秒ほど沈黙になり、電車が走る音だけが響いた。
「…それより、今日は楽しかった?」
「まぁ、なかなかああいうことやったことなかったから、新鮮で面白かったな。でも、財布が一瞬で空になりそうだから、これ以上はやりたくないな」
「そうね。まぁ、何はともあれ、あんたが楽しかったんならいいや」
「いつになく優しいな」
「私はいつも優しいわよ」
「まさか」
「まぁ冗談はさておき、……それより、私この駅だから。それじゃあ」
そう言って、青山は席から立ち上がった。
「お疲れさん」
「あ、そうそう。宮本。あんたに何があったか知らないけど、それ、明日の放課後までに解決しときなさいよ。明日、またその気持ち悪い顔してたら私がぶん殴るわよ」
青山は振り向いてそう言いと、速足で電車を降りた。
いつも通りに振る舞おうと意識しすぎてそれが逆に表情に出て相手に心配をかける。
そのくせ本人はだんまり、か。
最悪だな。