10.石になります。
眠れない。
眠れるわけがない。
俺は石になろうと決めた。だからそれを阻むものをシャットダウンしなければならない。体の中でジリジリするモノを無視するように、暗闇で目には見える筈もない大谷の気配を断つように背中を向けて目を瞑った。
そうして深呼吸をする。落ち着け落ち着け……俺は石だ。
……そうだ。先ずは形から入るんだ。そして自分が眠っていると思い込む。目を閉じたまま体を弛緩させて呼吸を落ち着ける。煩悩から目を背けゆっくりと息をしていくと……うん、少し眠くなって来るような気がする。このまま順調に眠りに落ちていけば……こっちのものだ。
ん?
人の気配が……
何となく誰かが近づいて来るような気配を感じる。
まさか、大谷か……?
俺の妄想がついに幻聴を作り出したのか?目を瞑っていても、些細な衣擦れのような音を鼓膜が積極的に拾ってしまう。
もし大谷だったら……大谷がこちらに近付いて来たとしたら……
その気配がフッと消えた。十分に間を取ってから、恐る恐る目を開けてみる。ゆっくりと大谷の側に向き直ると―――暗闇の中ぼんやりと盛り上がった布団が浮かび上がって来た。大谷は眠った時と同じ、俺から離れた処で布団に収まっているようだった。
意を決して、ソロソロと近づいてみる。
すると、スコースコーと健やかな寝息が聞こえて来た。
やっぱ、俺の邪な心が作り出した幻聴だったか。
「……」
……オカルト的な現象では無いよな……?
ガサッ
「……っ!」
ハッキリした物音が聞こえて体が跳ねた。目の前の大谷は身じろぎさえしない、完全に熟睡状態である。物音は布を掛けられたうータンのケージから聞こえて来た。
何だ、うータンか……。
ホッとして俺は、先ほど抜け出したばかりの自分のぬくもりの残る上掛けの中に潜り込んだ。
末期だな。
俺は溜息を吐いて目を閉じる。また振り出しに戻ってしまった。
もう眠る事を諦め再び大谷に背を向けて。俺は寂しく一人体を丸めて―――再び長い溜息を吐き出したのだった。




