6.誘われました。
すると大谷がゆっくりと顔を上げた。
その真剣な表情に……何故か俺の方まで緊張してしまう。
「泊って行きませんか」
「え?」
一瞬耳を疑ってしまう。
「泊って行ってください。車返すのお昼でいいんですよね。―――ほら、うータンももうちょっと一緒に居たいって言ってますし、明日もお休みですし……」
え?は?……大谷それはどういう……
大谷、流石にそれを言ったら男は勘違いするぞ。って言うか積極的に勘違いしてしまうだろう。コイツ一体どういうつもりで言ってるんだ……?!
俺の頭は一気に大混乱してしまった。
「いや、流石にそれは……」
コイツは俺を何だと思っているんだろう。正常な男だって、ちゃんと認識しているよな?!
戸惑いを露わにする俺に、大谷は明らかに『しまった!』と言うような焦った表情を見せ、慌てたように捲し立てた。
「お布団!あるんですよ!両親が偶に出張ついでに泊まりに来るんで!」
それから矢継ぎ早に、言葉を重ねる。まるで『違いますよ!そんな変な意味に取らないでください!』と、訴え掛けるように。
「これが結構寝心地が良いって、評判で!疲れが取れるなぁ~って二人とも泊まった翌朝必ず言っていてですね、あ、それに寝巻なら父親のスウェットもありますし。サイズも大きめだったから課長でも着れるんじゃないかなっって思うんですけど!」
やっぱ、そのパターンか……俺が勘違いしたがっている気配を察知して慌てたのだろうか。それとも自分の発言の危うさに気が付いたとか?いくら仲の良い『うさぎ仲間』だったとしても、流石にこの狭い部屋に泊めるって提案するのは―――勘違いされても仕方がないと大谷もやっと認識したのかもしれない。
大谷の額にじんわりと汗が滲みだした。
焦って弁明する大谷を見て、何だか気の毒な気分になってしまった。そもそも大谷は俺を気遣って元気づけようとして―――うさぎ巡りに誘ってくれたんだ。きっと独りになったら気落ちするんじゃないかと心配してくれたのかもしれない。
「あのっ、今日ずっと運転していただいたから疲れていますよね。この後運転で事故でもあったら……誘った人間として寝覚めも悪いですし……」
大谷のテンションが徐々に下がっていく。さっきまであった声のハリがドンドン萎れて行くのを目にして、思わず励ましたくなってしまった。
大谷、スマン。
俺が邪な事ばかり考えているから、お前の厚意を無下にするような事を言ってしまったんだ。けれどもやっぱ厳しいだろう……俺は自分が大谷を女性として見ている事をハッキリ自覚してしまった。そんな状態でこんな狭い部屋に泊まるなんて……手を伸ばさずにいられる自信は全くない。
やはりここは丁重にお断りして。
それから、大谷の気遣いは本当に有難いし嬉しかった……と告げて。
「あの、課長……」
今すぐ感謝の意を述べて立ち上がり、ここを去るべきなんだ。
「有難う」
「へっ」
「じゃあ、迷惑ばかり掛けて申し訳ないが……泊まらせて貰う」
言ってしまってから、激しく後悔をした。
ああっ俺は馬鹿か?!ああ、大馬鹿だっ……!!
誘惑に抗えない自分を呪った。
一縷の望みがあるなら縋ってみたいと思う、自分の邪な心から逃げる事が出来なかった。俺だって確かに感じていたのだ、このまま帰りたくない、もっと大谷と一緒にいられたら良いのにって。
恥ずかし過ぎて、大谷の顔を真正面から見る事が出来ない。すっと視線を逸らしてから―――チラリと彼女の顔を盗み見ると。
口をポカーンと開けた大谷の顔が。
お前、自分で誘っておいて―――俺が了承したら、そんな顔をするなんて反則だぞ!




