7.根に持っていません。
ミミとの運命的な出会いから一年と少し経った頃、社内で大規模な人事異動があった。
我が営業課も約半分の人間が入れ替わる事になった。当然課内は大混乱。使える戦力が半減し二倍の仕事を熟すため苛つく旧メンバーは常にギリギリの状態で、慣れない仕事にオロオロする新しいメンバーに親切に仕事を教示するような余裕は無かった。
最年少課長と言う立場は―――意外にもこの時かなり役立った。
管理職として年季を重ねてしまうと管理手法に長けていても、既に現場勘を失ってしまっている場合が多い。その点俺は現場を離れて二年も経過していない。まだかろうじて仕事の『いろは』を体が覚えているし同じ年代でまだ現場を歩いている人間も多いから、ぶっちゃけ担当者然として店舗を回ってもそれ程不自然には思われない。俺も元々現場が好きだし、お偉いさんと言われて持ち上げられるのも苦手だから、部下の仕事を肩代わりするのに何ら抵抗は無い。
課長となって一年と半年。最初は不慣れだった管理職の仕事も粗方把握し、そろそろ課内の仕事を抜本的に改善しようか……と考えるくらい余裕があったので、仮の先輩営業社員としてサポート役を買って出る事にした。引継ぎで菓子問屋や店舗の買い付け担当を回るのは意外と時間が掛かるし、手持ちの事務等の作業時間を圧迫する。今動ける社員に手元の作業に専念して貰う為、新任者に仕事の触りを指導したり、ルート営業先の担当者への挨拶周りの付き添いを代行した。
他課のうるさ型の親父に的外れな文句を言われるのは嫌なので、あまりその事を公言しないよう部下達には言い含めている。俺が目いっぱいフットワーク軽く働けば働くほど、比較して何もしていない自分の能力が低いと査定されるからと―――『誰』とは言わないがそういう下らない嫌味を言う奴が稀にいるのだ。俺は文句を言われても気にならないが、そのどうでも良い下らない話に割く無駄な時間を、少しでも削りたかった。
旧メンバーは俺のサポートを喜んだが―――しかし新メンバーにとっては災難以外の何物でも無かったかもしれない。俺は微に入り細に入り細かい事をクドクド指摘する、うるさ過ぎる指導者だったからだ。最初の単なる顔合わせのための挨拶周りでさえ、俺の監視付きなので緊張しきってどもってしまう者がいた位だ。
まあ、俺は売上命の『コワモテ冷徹銀縁眼鏡』だし、そりゃあ恐ろしいだろう。
飲み会でうっかり耳にしてしまったが、それが俺のあだ名だそうだ。別に根に持っている訳じゃ無い。断じてそんな事は無いぞ。