表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
捕獲されました。[連載版]  作者: ねがえり太郎
捕獲しました。 <亀田視点>
5/288

4.お仕事中です。


「内部文書だから気を抜いていてるのかもしれないが、一事が万事だ。報告書一つと侮って見直しを怠っていると、大切な時にその習慣が出るぞ。例えばお客様相手の文章やメールでもミスに繋がる事もある。送信先のCCをうっかり消し忘れるような些細な事で、全てがパーになる事だって在り得るんだ」

「スイマセン」


殊勝に頭を下げているが、以前ミスした時もコイツはそのように表面上は真剣そうな対応をしていたな、と思い起こす。けれどもその後直ぐに喫煙室で馬鹿笑いしていたっけ。通りすがって、その様子に気付いた時思わず開いた口が塞がらなかった。入社当初は素直な男だった筈なんだが……俺が営業課に課長として配属された時、印象がガラリと変わってしまった。表だって逆らう事は無いのだが、何処かいつも投げやりなのだ。まあ、一言で言うと俺を舐めているんだろう。


「……」


いつもならここでもう一言重ねる所なのだが、今はそこまで相手に時間を割いている余裕は無い。以前は書類をつっかえし『もう一度考えろ』と言って、ミスに自分で気付くまで苛々しながら付き合ったものだが―――報告書に赤を入れて、目の前で一見反省している態度を取っている男の目の前に、報告書を突き出した。


「ここを直して、再提出」

「え……」


俺の指示に何故か、呆けたようにボンヤリと顔を上げる阿部。


「どうした?」

「あ、いいえ。はい」


書類を受け取り少し歯切れ悪く答えてその場を去ろうとした。

その時、ふと思い付いて声を掛けた。


「夜に作った書類はそのまま出さずに、一度で良いから朝必ず見直せ。それだけで随分違う。寝不足ならいっそ作業を止めて寝てしまった方が良いくらいだ。早朝作業した方が三倍くらい効率が上がるぞ」


俺の言葉に目を丸くして何か言おうとして―――しかし今度は「はい」と素直に一言、頭を下げて部下の阿部は席へ戻って行った。

今までならそんな意味深な態度を取られたら『何か言いたい事があるなら言え!』と苛々しながら糾弾していたところだが―――俺には時間が無い。言い掛けたとしても、相手が口に出せない時点で俺に聞かせる必要の無い情報だと判断する。


新任課長の俺は、今まで昼間は部下の仕事のチェックやフォロー、打合せ、会議―――と忙しく、自分の仕事は夜に熟していた。その合間に何度注意しても治らない部下の書類をに手を入れる作業も含まれる。そしてかなり遅くまで残業する事もしばしばだった。

しかし最近の俺には、仕事を満足行くまでこねくり回す余裕などなくなってしまった。完璧を目指して微に入り細に入り見直しを重ねていた―――それこそ管理職では無い一般社員と同じ気持ちを失わないよう。要するに度を越えた心配症なのだ。


だけどもうそう言うのは止めだ。


確かに自分が当たり前にやって来た事をしない、出来ない部下に苛立ちを覚える事はある。「お前本気でやってんのか?!」と腹立たしい気持ちに成る事も。そういう気持ちは絶対に無くならないし、相手に成長して欲しいからこそ苦言も呈して来た。


しかし俺には―――部下の成長に二人三脚で寄りそう事より、大事な事が出来てしまったのだ。


定時になった直後、PCをシャットダウンして立ち上がる。

以前よりスムーズに帰宅準備が出来るよう、机の上だけでなく引き出しの中の余計な物を改めて処分し、書類や物を更に効率的に配置し直した。そのお陰で俺の動きに淀みは無い。


「お先に失礼します」

「あ、はい……お疲れ様です」

「お疲れ様です……」


通り道にいる部下達にサッと簡単に挨拶をして、足早に課を立ち去る。

以前なら一番最後まで残っている事もあった俺の撤収の速さに、驚いているのか戸惑ったような声が返って来る。


しかしそれさえほとんど気にならない。




会社を出た所でふと思いついた。


ネットで見たチモシーと言うウサギの餌として使われる牧草で作ったトンネルをケージに入れると、ウサギの隠れ場所になるらしい。しかもガジガジ齧って遊ぶから歯にも良いとか。

そうだ。駅ビルに寄り道して、チモシートンネル買って行こう!


良い事を思い付いた自分を褒めてやりたい。

俺はチモシートンネルの中に入り込んでキュルンっと俺を見上げる黒いウサギを思い浮かべた。


内心スキップしながら、彼女―――ミミの待つ家へ帰ったのだった。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ