8.大変ですね。
お弁当をモリモリ食べる三好さんに、私は話し掛けた。
「今日も大変でしたね」
「ん?」
「亀田課長……厳し過ぎですよね。三好さん偉いです。果敢に立ち向かって」
すると三好さんはアハハと笑って、謙遜するように手を振った。
パックの牛乳を一口飲んで私に笑い掛ける。
「全然!気にしてないよ。厳しいって言えば……確かに課長は仕事に関しては厳しいけれどさ」
「強いですねぇ!私なんか凹みまくりですよ」
思わず愚痴が出てしまう。三好さんは意外そうな表情で首を傾げた。
「大谷さんこそ、全く堪えてないように見えるけど。淡々と亀田課長の攻撃を受け流しているって言うか……」
「それこそ全然違います。グサグサ傷ついて立ち直るのが結構大変です」
と、言うかおもにウチのうータンが大変です。
ストレス解消のために私にこれでもかって言うほど撫でまわされて……うっとりデローンって蕩けて伸びきってしまって……って、喜んでますがな。ええのか?うータン、それでええのんか?
私が堪えていないように見えるとしたら、全面的にそれはうータンの功績だな。まったく良い仕事しやがるなぁ……あの可愛いウサギ様は。うっかりニヤついてしまう口元を引き締めつつ、私は首を振った。
すると少し楽しそうに笑ってから、三好さんはふと表情を曇らせて声を潜めた。
「ふふ、あのねぇ。私、前の課の課長の事……スッゴく嫌いで」
お、何だか深刻そうな話に突入……?
「人の手柄奪うわ、自分には甘いわ、セクハラするわ……同僚同士をそれぞれ煽るような事を言って仲違いさせるわ……とにかくスッゴく嫌な奴だったの!結果として危機感とか競争心を煽る事が出来て、良い商品を世に出せたのかもしれないけど―――まあ、それは認めたく無いけどね、あの人にそう言う意図があったとは思えないから―――本当に精神的に辛くてさ。だからここに来て、私本当に楽しいんだ。亀田課長はああいう仕事に関して妥協しない厳しい人だけど―――私の気持ちを弄んで道具みたいに操ろうなんて小細工しない。女だって男の人と平等に接してくれる。だから課長には―――私スッゴく感謝しているんだ」
おおう……思った以上にヘビーな話が三好さんから飛び出して来て、動揺してしまう。
そっか、これだけ美人さんだとセクハラとかそう言う嫌がらせをされる事もあるんだ。相手は嫌がらせのつもりじゃなくて、アプローチしているだけかもしれないけれど……でも上司にそんな事されたら良い迷惑だよね。
確かに亀田課長は男女の別なく公平だと言えるのかもしれない。公平に……厳しい。うん、でもやっぱ私はもう少し優しくして欲しいな。三好さんの気持ちは分からないでもないけれど、こっちはやわっやわの豆腐メンタルだから。
妄想に沈む私の耳に、三好さんの溜息が届いた。
視線を向けると、三好さんは少し眉を下げて寂しそうに笑う。
「今まで女扱いされるのが嫌で、甘く見られないように頑張って来たんだけど―――たまには女として見てくれてもいいのになぁって思う時も……あるんだけどね」
そう言ってフフッと笑う笑顔は、何だかいつもの女戦士のような三好さんとは違った儚げな雰囲気を纏っていて。私はドキリとしてしまった。
「さっ食べ終わった。じゃあちょっと作業あるから、もう戻るね。お先!」
そう言って、三好さんはカラになったお弁当箱を抱えると私にことわって立ち上がった。
食べるの早いな、流石営業……。
そんな事をボンヤリ考えながら―――ハタ、と私は気が付いた。
あれ?今の三好さんの台詞って……何だか意味深。
もしかして彼女、亀田課長の事……?
いやー無いだろ。ブンブンと一人考えを吹き飛ばすように首を振る。
あの冷酷銀縁眼鏡を?まっさかぁ……。それにあの台詞、亀田課長に限って言った事じゃない。三好さんは同期の目黒さんと仲が良い。友達感覚に見えるけど、二人とも独身だし他に相手がいるなんて聞いた事ないし。きっと、目黒さんの事だな、うん。
私は勝手にそう結論付けて、楽しみに最後まで取って置いたエビフライに箸を伸ばしたのだった。




