28.美味しいです。
セリ鍋のシーズンは冬でした<(_ _)>
お話は六月頃を想定している為、食べ物に関して前話から修正しております。なお、あらすじの変更はありません。
近海で取れた刺身盛りに舌鼓を打っていると、お皿の上ににょっきりと立ち上がるこんがりとしたオブジェが。これは……ええと、ごぼうの揚げ物……?
テーブルに店員さんが置いたお皿の上の、おそらく一品料理であるハズのそれをマジマジと眺めていると、仁さんが可笑しそうに笑って説明してくれた。
「これでハーフサイズなんですよ」
「大きいですね」
どう手を出してよいのか分からない。呆然としていると、新しい箸を割って仁さんが『ごぼう揚げハーフサイズ』を解体して取り分けてくれた。口に運ぶと、シャリっとした歯ごたえと共に旨味が口いっぱいに拡がっていく。
「美味しい……!」
「サクサクしているでしょう?意外と油っぽくもないし」
正面で微笑む仁さんの前で、ごぼう揚げを配って貰った私と伊都さんはモクモクと口を動かしていた。そこで我に返る。
はっ……!仁さんって面倒見が恐ろしく良い!しかも流れるようにさり気なく行ってくれるから、いつの間にか違和感なくお世話されてしまっている……!
実生活のほとんどを店長に頼っているらしい伊都さん。もしかして私以上に女子力皆無?!―――なんて内心失礼なことを考えていたのだけれど。これは伊都さんに問題があると言うより、仁さんの方にも原因があるのかもしれない。もしこんな人が私の傍にいたら、なけなしの家事力やら気遣い力やら……全ての女子力と言う女子力があっという間に霧散してしまうに違いない。
そんな衝撃を密かに受けつつも、仁さんの優しい語り口に巻き込まれるように世間話を楽しみつつ、刺身盛りにごぼう揚げ、お店の独自メニューの地場産野菜を練り込んだ緑色の餃子などなど近郊の幸を味わっていると、満を持してお店の囲炉裏でじっくり焼かれたばかりの『金華サバのいろり焼き』が運ばれてきた。
「どうぞ。これも、お勧めですよ」
「では遠慮なく……んん!」
うん!このサバ、脂が乗っていてプリプリしていて……美味しい~~!
言葉にならない想いを視線で伝えようと、仁さんと伊都さんを交互に見つめる。仁さんは我が意を得たり、と言う様子でニッコリと笑ってくれ、同じく金華サバを頬張った伊都さんも美味しさに同意するように、コクコクと力強い頷きを返してくれた。
「本当は日本酒が合うんですよね」
サバを味わいながら、しみじみと仁さんがそう言うので。
「どうぞ、遠慮せずに飲んでください」
と返すと「今日、車なんです」と残念そうに彼は笑った。そうか、車なら飲むのは無理だよね。私も今日は何となく烏龍茶だ。伊都さんも右に同じ。
「卯月さんこそ、どうですか?酔っぱらっても大丈夫ですよ。車だから送れますし」
「いえいえ、烏龍茶で十分です」
「地酒の飲み比べセットとかありますよ」
「日本酒とかあまり飲んだことないんですよね。お酒もそれほど得意じゃないですし」
「……」
私達がそんな社交辞令みたいな遣り取りをする横で、伊都さんがジッと地酒の一覧に視線を注いでいる。それに気付いた私が「伊都さん、飲みますか?」と尋ねたら、伊都さんはパッと目を輝かせた。
あら、相当好きなのかな?
すると伊都さんの目の前から、今度はパッと地酒のメニューが消えた。メニューを手にして彼女から遠ざけているのは、仁さんだ。あれれ、何故だろう?その微笑みに先ほどまでは無かった迫力が込められているような気がする。
「伊都はダメだ」
「……!……」
『そんな殺生な!』なんて聞こえてきそうなくらい、伊都さんはガッカリしていた。言葉は出なかったけれども。私が問いかけるように視線を向けると、困ったように仁さんは眉を下げて笑った。
「伊都に日本酒を与えると、大変なことになりますから」
大変なこと……って、どんなこと?
それ以上仁さんは説明してくれなかったけれど、伊都さんもショボンと肩を落として諦めた様子だったから、疑問には思ったものの追及するのを躊躇った。
ひょっとして伊都さんって―――もしかして酒癖が凄く悪かったり、するのかな?
こんな可愛らしいナリで?……だとしたら、意外過ぎる。




