26.待合わせします。
取りあえずうータンを連れて一旦マンションに戻り、伊都さんの仕事終わりをめがけて仙台駅で待ち合わせる約束をした。伊都さんからお勧めのお店があるとメール連絡を受けて、ウキウキしながら部屋を出る。もちろん、うータンのお世話を完璧に整えたうえでのお出掛けだ。
丈さん以外の人と、しかも女の人と待ち合わせてお出掛けなんて久し振りだなぁ。ワクワクしてジーンと胸が熱くなる。これまでお客さんだった私が初めてこの土地の人になれたような、そんな誇らしさを感じた。……って、大袈裟な言い方かな?でもつまりそれくらい、私はウキウキと浮かれていたのだ。
待合わせ場所は仙台駅構内にあるステンドグラスの前。定番の待合わせ場所だと言うそこは駅の二階、入口側に大きなステンドグラスがあってたくさんの人が人待ち顔で佇んでいる。待合わせ時間の十分前に到着。待ち人たちの列に混じってソワソワしながら視線を遊ばせていると、後ろから声を掛けられた。
「卯月さん」
あれ?と思ったのは、予想していたよりも低い声だったから。振り向くと上背のあるガッシリとした体つきの男の人が、私を見下ろすように優しく微笑んでいた。えっと……柔和な目元には見覚えがあるような気がするけど……?
思わずキョトンと首を傾げてしまう。するとニコニコと笑顔を向ける大柄な男性の背後から、遠慮がちに小柄な女性が顔を覗かせた。
「伊都さん!」
「お、お待たせしました……」
その蚊の鳴くような声を聞いて、やっと目の前の男性の正体に思い至った。
「えっと、店長さん……ですか?」
「あれ?分かりませんでした?」
と頭を掻く男性は一見別人のように見えるけれども、一旦認識してしまえば確かに店長さんだ……!
「すみません!気付かなくて。あの、髪を切られたんですね?それからお髭も……」
「ああ」
ツルリとした顎を撫でて、店長さんはニヤリと笑った。
あれれ、こうして見るとやっぱり別人だ!
無精髭はスッキリと剃られてるし、膨らんで見えたライオンヘアーが、整えられたパーマっ気のある短髪になっている。何だかお洒落……って言うか実は店長さんって、結構カッコイイかも!その証拠に周りからチラチラと視線を感じる。クールな丈さんとは対照的な、甘いマスク。美男子って言うのとは違うけれども、どこか野性的な男っぽさを感じさせる。上背があってスポーツ選手みたいにガッチリしたスタイルの良さで、ものすごく目立つ。何でもない白いボタンダウンシャツとジーパン、と言った組み合わせなんだけれど……こう、胸板の厚さと言うかバランスの良い筋肉質な体を感じさせて、周りから浮き上がって来るみたいに見えるのだ。
「たまにバッサリ短くするんです。後はほったらかしで……似合いませんか?」
「いいえ!」
ブンブン首を振って否定する。
ものすごく似合ってます……!
そうか、なるほど。バッサリ切って徐々に伸びた結果があのライオンヘアーなんだね。あまり普段は身なりには構わないタイプなのかな?
「だけど一瞬、知らない人かと思いました」
「アハハ」
快活に笑う店長さんは、やっぱり別人だ。
でも個人的には、ライオンヘアー&無精髭の『山男さん』の方が見慣れているし親しみやすくて良い感じだとは思う。今は知らない人と話しているみたいで、ほんの少し落ち着かない。ソワソワしつつ、店長さんの陰に隠れた伊都さんに尋ねるような視線を向けた。
「あの、私伊都さんが一人で来るのかと思っていて、それで店長さんがいらっしゃるって思ってもみなくて……」
そう、心の準備が出来ていなかったから、余計に気付くのが遅れたのだ。
「そうなんですか?」
店長さんが驚いて目を丸くした。それから背後で縮こまっている伊都さんを振り返る。私達の視線を一身に浴びた伊都さんはキョドキョドと視線を彷徨わせた。
「あっ……あのっその……すみません、言い忘れて……っ!」
そしてモゴモゴと口を動かしながら、顔を真っ青にする。
その様子を見て何となく感じた。伊都さんにとって、店長さんの存在は当り前のこと過ぎて説明するとかしないとか、そう言う次元の話じゃないのかもしれない。
思ってもみなかったことを言われたらしく、右往左往する伊都さんを目にして気の毒になってしまった。もともと私が誘ったことが発端なのに、気を使わせては申し訳ない。だって私も『伊都さんと二人で』なんて念押しはしていなかったのだし。
「伊都さん!謝らなくても大丈夫ですよ!だってみんなで食べた方が楽しいですし!ね、店長さん、そうですよねっ」
両拳を握りしめて必死でフォローの言葉を掛けた。
同意を求めるように店長を見上げると、彼は口元を押さえて笑えるのを堪えるような顔をしながら「そうですね」と相槌を打ってくれた。
それを聞いて伊都さんは漸く、強張らせていた頬を緩め安心したように肩の力を抜いてくれたのだった。
伊都さんを相手にしていると時々―――まるで人馴れしていない野生動物に語り掛けているような、そんな気分になってしまうなぁ。




