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捕獲されました。[連載版]  作者: ねがえり太郎
新妻・卯月の仙台暮らし
221/288

18.お願いされました。

 その夜、伊都(いと)さんから丁寧なメールが届いた。




『風邪と伺いました。体調は良くなりましたか?(´・ω・`)』

『有難うございます!(*´ω`*)ぐっすり眠ったら、だいぶん良くなりました。』




 顔文字にほっこりしながら、返信する。すると伊都さんから


『あの、お願いしたいことがありまして……今電話しても良いですか?』


 と更に丁寧なお伺いが。メールをすっ飛ばして直に電話してくれても良いくらいなのに、この段階を踏む感じが『っぽい』なぁ、なんてクスッと笑ってしまった。


 伊都さんのお願いは、今日『うさぎひろば』に現れた(たけし)さんと同じ会社にいると言うお客様に、あるリーフレットを渡して貰えないか、と言うこと。


 丈さんを一目見て逃げ出した(と言うのは伊都さんは気付いていないようだけど)お客さんを呼び止めようとした伊都さん。しかしそれは叶わず、彼はアッと言う間に立ち去ってしまった。

 その扉を無言でじっと見つめている丈さんにおそるおそる尋ねると、同じ会社の顔見知りだと言う。その時お願い出来れば良かったのだけれど、店を閉めてから漸くリーフレットのことを思いつき、居ても立っても居られなくなって私に連絡をくれたそうだ。


『明日にでもそちらにお持ちできれば……伺いたいのですけれど』

「そんな!明日私が取りに行きましょうか?熱も下がって元気ですし」

『いえいえ!そんな、体調の悪い方に無理はさせられません!』


 話し合った末そのリーフレットをデータで送って貰い我が家のプリンターで印刷して、丈さんからそのお客さんに直接手渡しする、と言うことになった。




 伊都さんは会社の場所を丈さんに確認して持参する事もチラッと考えたそうだ。けれども名前も聞いていないお客様の仕事場を突然訪ねるのも失礼だし、そもそも人見知りが悪化してしまい知らない人の前に出ると『体が震えて眩暈がして口がきけなくなる(……!)』ので、直接渡すのは無理なのだそうだ。

 でもそのお客さん(丈さんに聞いたら、その部下の人は『戸次さん』と言うらしい)はうさぎの世話を初めてする、と言っていて何も分かっていない様子だった。そのうさぎが現在不便をしていないか、辛い思いをしていないか心配で心配で伊都さんは落ち着かない。それで以前初心者用に作ったうさぎの世話の仕方を記したリーフレットだけでも渡せないか―――と悩みに悩んで、私に連絡してくれたらしい。




 どうやら彼女は、思っていた以上に難儀な人らしい。

 尋常じゃない人見知りだ。もうちゃんとした大人なのに。社会人なのに。


 伊都さんの人見知りの激しさと、それからそれを押しても、会ったこともないうさぎの環境を大事にしたい、と言う愛情の深さに驚いてしまう。ここまで拗らせてしまうほどの、切っ掛けが何かあったのだろうか?


 私もグイグイ自分を主張する傍若無人な人は苦手な方だし、キラキラ女子や口さがない噂話をする人達と上手く話を合わせるのも得意じゃない。だけど目立たず騒がず可もなく不可もなく、集団の端っこに居るのはそれほど苦では無いし、むしろ落ち着くくらいだ。


 私より少し年下かな?くらいに考えていたけど……ひょっとして伊都さんって『かなり年下』なのだろうか。あまりに世間ずれしていないのが、不思議だ。もしかしてずっと引き籠りだったとか……?うーん……。


「申し訳ないです……お手間を掛けてしまって……」

「大丈夫ですよ。リーフレット丈さんがちゃんと手渡してくれるので、安心してください。うさぎさん、心配ですもんね」


 本当に申し訳なさそうな声に、思わず慰めの言葉を口にする。


 そこであれ?っと思った。勿論丈さんに任せておけば一番手っ取り早いし確実だと思う。でも伊都さんが駄目なら山男さん―――伊都さんのイトコの店長さんにお願いすることも出来たのではないだろうか。彼は伊都さんと正反対でかなり積極的なタイプだ。彼なら『外回りのついでに寄って来る』とでも言ってくれそうなものだけど。




『あ、ありがとうございます……!ジンさん……いえ、店長にお願いしようとしたら”自分で手渡せ、それが駄目なら諦めろ”ってバッサリ切られてしまって……』

「あっ……そうなんですか……」




 通話の声は感激のあまりか、ちょっと涙声のように滲んで聞こえる。


 確かに店長さん(ジンさん?)の言う通りっちゃあ、言う通りだ。良い大人が『自分は人見知りだからお客様と話せない』だけど『どうしてもお客様に手渡したいものがあるから店長に代わりにやって欲しい』なんて―――うん、店員がそんなこと言ったら、普通はクビになる。


 だけど伊都さんは何となく庇護欲をそそるような容姿や雰囲気があるし、店長さんが彼女をとても大事にしているのが伝わって来るから、苦手な事は何でも代わってあげるのじゃないか、とそんな印象を抱いていたんだ。


 でも、実際はけっこう厳しいんだね。

 というか、親なの?雇用主と従業員じゃなくて、どちらかと言うと『親子』だよね?―――この関係。


 なんて思ったけど、それは口にせずに黙った。


 もしここでそんなこと口にしたら、伊都さんは―――『ごごごご……ごめんなさい!!自分でっ自分で何とか頑張りますっ……!!!』などと慌てて直ぐに電話を切っちゃうかもしれない。そんでもって何とかリーフレットを手に戸次さんの職場まで出向くものの、渡せないまま入口でウロウロして。日が暮れて肩を落として暗くなってから店に戻る……若しくは、悪くすれば不審者として通報されてしまう。


―――そんな光景がアリアリと頭に浮かんでしまった。


 伊都さんって……何だかとっても生きづらそう。彼女がもっと肩の力を抜いてのんびり過ごせたら良いのに―――なんてお節介にも私はそんな風に思ってしまったのだった。

部下の戸次視点になりますが、亀田がリーフレットを渡す様子は別作『うさぎのきもち』第11話で読めます。

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