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捕獲されました。[連載版]  作者: ねがえり太郎
新妻・卯月の仙台暮らし
201/288

5.店員さんとお話します。

 小柄な眼鏡の店員さんは私の要求を確認すると、タブレットを取り出した。


「ええと、扱っている商品はこちらです」


 と、通販サイトのページをタブレットで見せてくれた。わぁ、通販もやってるんだ。店舗は小さいけど手広く商売しているんだなぁ、と感心する。場所を確認するのに手いっぱいでネットで見た時はそこまで気が付かなかった。


「こちらの棚にある二種類は、常に在庫がありますのですぐご用意できます」


 棚に目を向けると、いつもうータン用に買っているペレットのパッケージが並んでいるのに気が付いた。


「あ、これです。いつも食べているの」


 おじいちゃんの住む八王子のペットショップで手にしてから、ずっと使っているメーカーのペレットだ。獣医さんでも良く扱っていると言うので試しに買ってみたら、うータンがすぐさまバクバク食べてくれた。今ストックしているのは緑ラベルのもの。七ヶ月以上五歳未満のうさぎ対応の『スタンダード』って言うタイプを給餌(給仕?)している。ここに在庫があるなら気軽に補充できそうだ。そして隣に並んでいるラベルに目をやる。これは初めて見るペレットだなぁ、大きいペットショップでも見たことがないラベルだ。


「こっちは……『うさぎひろばオリジナル』?」


 ラベルを読むと、小柄な店員さんがまたしても丁寧に補足説明をしてくれる。


「あ、はい。うちのオリジナルフードです」

「ええ?お店でペレットを作っているんですか?」

「いえ、メーカーさんに配合をお願いして作って貰っています。あと、牧草もオリジナルのものを用意しています。チモシーは一番刈りと二番刈りがあって、あとオーツヘイとオーチャードを一キロ単位で販売しています」

「へぇえ~」


 思わず感心してしまった。まさかそこまで揃えているとは期待していなかったのだ。これは『当たり』だ……!途端にピーンと来た。この店は『当たり』。うん、間違いない!きっとピンと来た瞬間の私を見たら、頭の上に裸電球マークがピカッと輝いたことだろうと思う。それくらいビビッと来た!


「いつもおウチのうさぎさん、牧草は何を食べていますか?」


 店員さんに聞かれて、我に返る。えーと、うータンが今食べている牧草は……


「チモシーです。でもその時その時で好みがあるみたいで、食べない時もたまにあって、買ったパックまるまる無駄になることもあります。アルファルファなら、間違いなくガブガブ食べるんですけどね。でも……」


 私の懸念を直ぐに読み取ってくれた店員さんは、真剣な表情でコクリと頷いた。


「アルファルファも在庫はありますけど……うさぎさん二歳か三歳、でしたっけ。あれは子ウサギ用には良いですけれど、栄養価が高いから常食にはちょっと難しいですよね」

「……ですよね!うちではたまぁに少し、食欲がなくなった時だけあげるくらいです。食べる切っ掛けになればイイなぁ、と思って」


 そう、マメ科のアルファルファはうさぎにとって美味しいらしく、食い付きが良いのだ。だけど高カロリーだし、繊維質が少ないので食べ続けるのはあまり健康には良くないらしい。だから主に成長期の子供向け。だけど草食動物のうさぎの腸は使い続けないと、アッと言う間に機能に支障をきたしてしまう。すなわち絶食イコール死!もあり得ると言うこと。食べ続ける事はうさぎにとっての生命線なのだ。食欲が落ちないように飼い主は工夫しなければならない。


 私の返答に満足したように店員さんは大きく頷いてくれた。うーん、何だかうさぎネタで共感できる相手がいるのっていいなぁ。こういうの、ちょっと前までは丈さんと話していたんだけど。多忙な丈さんの邪魔をしたくなくて、話題を振るのを少しだけ遠慮しているのだ。だからうさぎ成分だけではなく、うさぎ話をする相手にも飢えていたのかもしれない。


「取りあえずチモシーにしようかな。まだストックがあるので、試しに食べさせて食い付きを見てみます。一番刈りと二番刈りってどう違うんですか?」


 一番刈りと二番刈り。単語自体は目にした事はあるけど、どっちを選ぶ方がうータンにはいいんだろう?せっかくの機会なので、この詳しそうな店員さんに尋ねてみようと思った。同じ『チモシー』と書かれた牧草を与えても、うータンのお気に召す時と召さない時がある。乾燥具合とか新鮮さが足りなかったり、産地の違いによって地味に味が違ったり、そういった理由で食い付きが変わって来る、とはうさぎ本には書いてあったけど―――実際一番、二番では具体的にどう違うのだろう?


「えーと、刈る時期の違いなんですが―――簡単に言うと一番刈りの方が栄養があって歯ごたえがあります。二番刈りは柔らかいです」

「なるほど」

「普通のうさぎさんは一番刈りで良いと思います。国内で流通している牧草の大半が一番刈りです。年を取って歯が弱くなって来たら、二番刈りをお勧めしてます」

「へ~」

「一般的なものに比べて少々割高になるんですが、うちのチモシーは海外の物では無くて、北海道で作っているんです。燻蒸処理が必要ないので安心して食べていただけます!」

「くんじょう処理……ですか?」


 聞きなれない言葉に首を傾げる。


「輸入物の牧草は検疫があるので、害虫が侵入しないよう燻蒸処理(くんじょうしょり)されているんです。国内産はそこまでしなくても良いので……ただ、たまに虫が入っていたりして吃驚される方もいらっしゃいますけど、それは安全な牧草である証拠なので」


 牧草に虫?!うう~ん、それはちょっと怖いなぁ。でも店員さんの説明を聞くと『燻蒸処理』って虫を殺す農薬みたいのが付いてるってことになるんだよね。今まであんまり気にしていなかったけど、それを聞いちゃうと心配になって来るなぁ。これまでうータンに食べさせていた牧草は果たして大丈夫なものだったのかな……?


 私の顔が曇ったのを目にしたらしい店員さんが、慌てて言葉を重ねてくれた。


「あ、でも!燻蒸処理と言っても、ちゃんと今は毒素抜きの工程が組み込まれているのが普通なので、安全です。うちの牧草もチモシー以外は海外産ですし。昔はちょっと危ない牧草も出回っていたって聞きますけど……」


 と、熱心に説明してくれるのでホッと胸を撫でおろす。私の安心した様子が伝わったのか、店員さんは雰囲気を和らげてこう続けた。


「牧草はそのうさぎさんによって好みが別れるので……あの、良かったら少量のお試しセットもありますので、それをお家で食べさせてみて下さい。気に入っていただけたら、一袋で購入していただけると有難いです」

「え?お試しセットがあるんですか?」

「はい!」


 眼鏡の店員さんは元気に返事をしてくれた。


 それは嬉しい。牧草は大変かさばるのだ。少なくても五○○グラムとか。棚を見ると、ここのは一キロごとのパックのようだ。だからちょっとだけ事前に試せるなら、とっても助かってしまう。口を付けられなかった牧草の余りを大量に捨てるのって、ホント勿体無くて悲しくなるんだよね。


 小柄な店員さんはサッとレジの向こう側に入り込み、ゴソゴソし始めた。それからピュッと私の目の前に舞い戻って来て、袋に牧草のお試しパックを入れた物を差し出してくれる。その仕草が見慣れた小動物の仕草を連想させて、私は思わず笑いそうになってしまったが口元を必死で引き締めた。


「ええとこの店のオリジナル、四種類が百グラムずつのパックになってまして税込み五百円になります」

「ありがとうございます」


 それから清算を終えた後、暫くケージのうさぎを見せて貰うことにした。


 店員さんは相当うさぎが好きのようだ。良く見ると眼鏡の奥の目はとてもつぶらで大きくて、その瞳をキラキラさせて、私がつい零してしまうコメントに合の手を入れてくれる。ケージの一つ一つ、六匹のうさぎ達それぞれに挨拶をすることができ、楽しい夢のようなひと時を過ごさせていただいた。


 そんな訳で、うさぎ成分を十分補充することが出来た私は、満足して帰路に就いたのだった。




 帰宅した後、うータンのケージのお掃除を遠慮がちにさせて貰いつつ、牧草を補充する。布に包まれたケージの中で、ポシポシと一番刈りチモシーを齧る音が響いて来て嬉しくなった。そして住宅街の中の小さなうさぎ専門店のことを思い出す。


 あの店員さん、最初ものすごーく挙動不審だったけど……うさぎの話をするときは、別人みたいにとっても滑らかで頼もしい感じだったなぁ。


 なんて心の中で呟いて、クスッと笑ってしまった。

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