14.うどんを食べます。
丈さんが指定したのは会社からちょっとだけ離れたうどん屋さん。メニューのチョイスは何となく丈さんっぽいんだけど、外観が割と可愛らしくて思わず「ほぉ……」と感嘆の声が出てしまった。まず目に入ったのは『おうどん』ってひらがなで書いてある大きな暖簾。ガラス張りの店内はこじんまりしているけど、サッパリした内装でちょっとお洒落。一人で食べている若い女の人もいるくらい入りやすい雰囲気で好感が持てた。
奥まった二人用のテーブル席に腰掛けると、間もなく丈さんがガラス戸を開けて現れた。胸の辺りで小さくヒラヒラと手を振ると気が付いて近付いて来る。
「スマン、待たせたな」
「今来たところです」
うわぁ、この遣り取り……ウクク……恋人同士っぽいなぁ。
ニマニマしていると、彼がランチメニューを取って示してくれる。
「俺は『本日のランチ』にするが、どれが良い?」
「私もそれで」
かしわ天、ごぼう天、えのき天と卵かけごはんで九百五十円。ジュルっ……メニューだけで涎が出ちゃうなぁ。オーダーを済ませて改めて向き合う。お休みの日に一緒にご飯を食べる事には慣れたけど、スーツ姿の丈さんと向かい合ってお昼ご飯を食べるなんて状況ほとんど無かったから何だか無性に照れてしまう。
「今日は誘ってくれて有難うございます」
「ああ、この間も結局中務達と一緒だったから―――話が途中になったと思ってな」
「話……ですか?」
何か話していたっけ?丈さんと一緒にランチできるってだけで浮かれていた私には思い当たる事は何もない。
「買い物に行く予定だっただろう」
「あ、お休みの日の事ですか?」
「その話を改めてしようと思ったら、横槍が入ったからな」
横槍ってこの場合川北さんの事だよね?
「スイマセン、私上手く躱せなくて。吉竹さんが機転を利かせてくれたから何とかなったんですが……」
「別にお前の所為じゃないだろ」
「それはそうなんですが……」
ハーっと溜息が思わず漏れる。視線を落とした私の頭をポンと大きな手が包んだ。
「どうした?揉め事か?」
優しい音程に、ちょっとウルッときてしまった。私は首を振って笑顔を作った。
「揉め事ってほどじゃ無いんですけど、あの時声を掛けて来た同じ総務課の川北さんから、丈さんと話がしたいから取り持ってくれって言われてしまって」
「話?―――営業に興味があるのか?そいつは」
「……」
丈さんって天然……?
あ、天然だった。三好さんの心をガッツリ掴んでおいて、ちっとも彼女の気持ちに気付かないまま今まで過ごしているんだもんね。何処までも仕事優先(もしくはうさぎ優先)の思考なんだなぁ。まあ、恋愛脳の彼氏よりは心配が少なくて良いかもしれないけど。
「いえ、川北さんは……吉竹さんが『亀田課長』にアプローチしているらしいから忠告したい、だから丈さんと直接話したいっておっしゃってるんです。勿論、全くの誤解なんですが」
「吉竹が?アイツも営業を希望していたのか?―――まあ、あの物怖じのなさは営業に向いていると言えば向いているかもしれんが」
「吉竹さんは企画志望なんです―――って、そう言う意味じゃありません!」
何だかコントの遣り取りをしているような気になって、思わずツッコミを入れてしまった。丈さんはキョトンと察しの悪い表情をしている。うーん、非恋愛脳ってこういう物か。私は非現実、非実戦に偏った恋愛脳だから余計ギャップがあるなぁ。私達……こう考えるとよく付き合う所まで漕ぎ付けたなって不思議に思う。
「川北さんは吉竹さんが……ええと、丈さんと個人的に付き合いたくて、アプローチしているって主張しているんです」
すると丈さんは首を捻ってこう言った。
「吉竹は中務と付き合っているんだろ?」
「川北さんはそう思っていないらしいんです。以前、川北さんが中務さんにアプローチしていたので、吉竹さんも気まずくてハッキリ彼女に付き合っているって宣言していないそうなんです」
丈さんは不思議そうに呟いた。
「―――見て明らかなのにな」
「ですよね」
ウンウンと私は頷いた。私もそう思います。
「しかし分からんな。仮に吉竹がフリーで俺に興味があったってソイツには関係無い話だろう。吉竹がアプローチして来たって俺が断れば良いんだし。それによしんば付き合うとしても人のプライベートなんか放って置けばいいだろう?」
「え……丈さん」
「ん?」
「丈さんって、吉竹さんがフリーだったら付き合うんですかっ……!」
私がカッと目を見開くと、奇妙な表情になった丈さんにデコピンされた。
「たっ……」
「……な訳ないだろう。仮定の話だ、俺と付き合っているのはお前だろう」
「あ、はい。そうですね……」
丈さんが睨みはかなり迫力がある。思わずその瞬間はブルッと震えてしまったが、言葉の意味がストンと胸に落ちて来ると何やら嬉しくなってしまって、ニヘラっと笑いが漏れてしまった。
そこへこエプロンを付けた女の人が「お待たせしました~」と明るい声でランチを運んで来てくれた。
「とりあえず食べるか」
「はいっ」
ホカホカ上げたての天婦羅は丼からはみ出すほど。卵かけご飯付きって言うのがまた泣かせるなぁ~。私の心はテーブルに並べられたぶっかけ讃岐うどんとツヤツヤしたご飯に釘付けになってしまった。
緊張感の無い食いしん坊でスイマセン。
そう言えば私の家に居座った丈さんを―――美味しい差し入れに絆されて追い出せ無かった事があったっけ。
食いしん坊でチョロ過ぎる私ですけど……結局そのお陰で素敵な彼氏が出来たんだから結果オーライ!美味しい物には罪はない、美味しい物は正義!だから今はこのツルツルの讃岐うどんを目いっぱい楽しもう……!と意気込んで箸を取った。
「ヨシ、食べますよ!いただきまっす!」
急に大声を出した私の所為で、隣に座っていたオジサンがビクリと震えた。
私の異様な意気込みを目の当たりにした丈さんは、思わず目を逸らして口元を抑える。
その時ちょっと考えた。
こんな食欲魔人が彼女で……『本当に申し訳ない』と。




