6.ドアを開けます。
取る物も取りあえず布団を適当に畳んで押し入れに押し込んだ。座る事が出来るスペースを確保して扉を一回閉めてからチェーンを外す。
扉が開いて―――こんがりと日焼けした満面の笑みが目の前に現れた。
「吃驚しただろー!遂にパパは帰国する事に……」
と言い掛けて、ふと視線が私の頭上に移り―――口をあんぐり開けたままその笑顔が強張った。
「パパ、あのね。こちらは」
クルリ。
言い掛けた所で背を向けられた。
「あの、パパ取りあえず中に入って……」
肩に手を掛けようと手を伸ばした時、バタン!と目の前で扉が閉まった!
「パパ?!」
本当は『パパ』なんて呼んでいる事は、子供っぽいから隠そうと思っていた。けれども驚きの連続で―――余裕の無い私はただただ呆然とその呼称を繰り返すばかりだ。
慌てて取っ手を掴んで扉を開けると―――パパの背中が見えた。パパはヨロヨロとエレーベータ―の方向へ去って行こうとしていた。
「わぁ!ちょっとパパ待って……!」
私が叫んでも聞こえないのか聞こえない振りをしているのか……パパはピクリともせず遠ざかっていく。
「ちょっと追ってきます……!」
私は上着とケータイをひっつかんで、スニーカーを履いて飛び出した。慌てる私に丈さんは「分かった」と簡潔に頷く。後から気が付いたけど、彼は上着を着て序でに鍵を掛けて私の後を追って来てくれた。
エレベーターの前に来ると、矢印が下向きに点滅していた。階段室の扉を開けて階段を駆け降りた。ここは三階なので多分、追い付く筈。
案の定、古いエレベーターがパパを地上階に運んだ割と直ぐ後に、階段室から飛び出す事が出来た私は肩を落としてエントランスをトボトボ歩いているパパを、背後からタックルして捕まえる事が出来たのだった。
卓袱台のこちら側に私と丈さん。向こう側にパパ。
あれ?これデ・ジャヴ?
違う。前はこの状況、まんまママがパパの位置に座っていたんだ。
『まんまママ』ってダジャレみたいだけど……しかしこの緊迫した雰囲気の中じゃまるで笑えないな。
パパは持っていた紙袋を横に置いて、腕組みをして胡坐をかいている。私がパパを確保した直ぐ後に追い付いた丈さんが荷物を持とうと申し出てくれたんだけど―――頑なに視線を合わせずパパは丈さんをスルーしたのだ。
「……」
無言に耐えきれなくて、私は口を開いた。
「あの、パ……お父さん」
するとピクリとパパは肩を揺らして、信じられないような物を見る様な目で私に視線を向けた。分かってるよ、呼び方でしょ?今更だけど……これ以上丈さんの前で子供っぽい所は見せられない。だけどパパから向けられる批難を込めた視線は大変居心地が悪い。
「今お、付き合いしている……亀田丈さんです」
恥ずかしくて思わずつっかえてしまう。でも、言い切った!取りあえず紹介はしたよ!
何とかやり切った感で一息吐いた私を眉を顰めて無言で睨みつけ―――それから丈さんをあくまで視界に入れるもんかとでも言うように、パパはソッポを向いた。そしてソッポを向いたまま―――低い声で呟いた。
「幾つだ」
「え?何?」
「『お前は幾つだ』と聞いたんだ」
「えぇ……」
これもデ・ジャヴかっ……!夫婦で同じ事聞くんだ!失礼だよ~……あーもう、恥ずかしい。私は思わず両手で火照る頬を覆った。仏頂面で険悪な態度を崩さないパパに、私はどう対処して良いか分からなくなってしまった。
「……パっ……そんな態度、しかもいきなりっ」
「いいんだ、大谷。―――三十八です」
相変わらず慌てず平静を保つ丈さんは流石だ。思わず惚れ直しそうになってポ~っとなってしまった私の耳に、ワナワナと震えるパパの声が飛び込んで来た。
「さ、さ……三十八だと~!俺と十個しか違わないじゃないか!」
「パ……お父さん違うよ、十一だよ」
私も丈さんを見習って、落ち着いて対応してみた。
しかし火に油を注いでしまったようだ。
「うっちゃんは黙ってなさい!同じようなもんじゃないか。俺の部下でそんな年の奴がお前と……なんて思うと……っ」
パパは真っ赤になってそう吐き捨てると、またしてもプイッと顔を背けてそのまま口を噤んでしまったのだった。




