13.愛読してます。
阿部の話によると、目黒は目黒で比留間課長に陰湿に嫌味を言われていたらしい。
何でも天狗になった三好が陰で目黒を馬鹿にしているとか、三好が比留間に迫ったから仕方なく目黒の案では無く三好の案を採用した、とか。出世志向の女は体を使って来るから怖いとか……それをハッキリ言わずに匂わせ、こまごまと比留間はそんな女に負けるなんて男としてどうなんだと、最初の内は発破を掛けられたらしい。
当初比留間の話を真に受けて無かった目黒だが、比留間のあからさまな三好贔屓を目にしたり、自分の企画を嫌み付きでボツにされたりと言う事が続いて―――すっかり疑心暗鬼になってしまったとか。
更に事情があって目黒が有休を多く取るようになった頃、三好が会社に泊まり込む勢いでバリバリ働くようになった。実際三好はその頃全く余裕が無かったらしく、態度も刺々しくなってしまったそうだ。もしかすると三好も比留間に、何か目黒に不信感を抱くような話をされていたのかもしれない。そして三好にそういう態度で接せられると、自分の事を馬鹿にしていると言う比留間の台詞も存外嘘では無いのでは……と、目黒は考えるようになったらしい。
そうして徐々にお互いギスギスしてしまい、その内事務的な事以外で口をきく事も無くなり……と言う事が続いて、あそこまで拗れてしまったらしい。
おまけに異動の時に、比留間に目黒はこう言ったそうだ。―――三好のバーターで目黒が営業課に採用されたのだと。女の『おまけ』と思われて、女に負けたままでお前は良いのか、と。
目黒のプライドは、最後にズタズタになった。その事自体が三好の所為じゃ無いと分かっていても―――今まですっかり関係が拗れてしまった事もあり、腹が立って仕方が無くなってしまったらしい。
「うーん、比留間課長の目的が分からん」
業績を上げる為に部下の闘争心を煽ろうとしていたにしても、本末転倒過ぎないか?感情的な部分で仲違いさせたら、下手をすると連絡不足を招いて大きなミスを引き起こす恐れがある。
俺が本気で首を傾げると、阿部がオズオズと口を開いた。
「比留間課長は嫉妬していたんじゃないですか?昔は三好と目黒は仲が良かったらしいですから。三好さんを孤立させて自分しか味方のいない状況にしたかったとか」
「嫉妬?何だそれは。比留間さんは既婚者じゃなかったか?」
確かにセクハラはあったようだが、既婚者が其処まで部下に執着したら洒落にならんだろう。さすがに冗談じゃ済まされない。いや、三好は全力で嫌がっていたから冗談で済ましちゃ駄目なんだろうが。
俺の返事に阿部が眉を寄せて困ったような顔をした。
何だ?その残念な物を見るような目は。
「あの人―――比留間課長の愛読書、知っていますか」
「愛読書?」
随分話が飛ぶな。
愛読書と言えばやっぱ基本はトラッカーか?松元幸之助か?分かり易い所で池下彰とか。ちなみに俺が最近衝撃を受けたのは冬玄舎の見上社長の本だ。あそこまで全てを掛けて仕事をした事があるかと―――読んだ後、これまでの己を振り返って恥ずかしくなったくらいだ。
と、一応ビジネス書ばかりを上げてしまったが。
実のところ俺の、今のナンバーワン愛読書は―――隔月誌『うさぎのきもち』だ。
あの本を発見した時は―――目から鱗が何枚も剥がれ落ちたものだ。比留間課長がウサギを飼っているのなら、絶対あれを愛読書にしていると断言できるんだがなぁ。
「比留間課長はどんな本を読んでいるんだ?」
そして何故それを、阿部は知っているんだ?
「何もしなくても何だか運に恵まれて仕事で活躍しちゃう課長が―――既婚者だけど部下にもモテモテなハーレム漫画です。憧れているらしいですよ、その主人公に」
「何だそれは?」
そんな話の何処が仕事の役に立つんだ?
「知りませんか?結構有名なんですけど。話自体は凄く面白いですよ」
「―――俺は漫画は読まん」
「……」
阿部は目をまん丸くして、俺をしげしげと見た。
何だ、その顔は……!
つい先日こういう顔で俺を見て―――次の瞬間、爆笑した奴がいた。
俺はつい衝撃に備えて、身構えてしまう。
しかし阿部は笑わなかった。笑わない代わりに―――何故か真顔で頷いた。
「ですよね」
―――『ですよね』??
そうスンナリ頷かれると、何だか複雑な気持ちになってしまう。
流行を知らない人間だと、残念に思われているだろうか?だから若い奴等の気持ちが今いち理解できないのか??
俺は動揺したが、それを悟られないようにポーカーフェイスを貫いた。
「兎に角―――目黒と三好に一度話をしなくちゃいかんな。別々にお互いの事情を話した方が良い。色々あったようだから面と向かって話すのはキツイだろ。話したければ二人で飲みに行けばいいんだし。まあ、企画課時代の問題は何とも言えんが、ウチの課は使える人間が少ないんだからギスギスして貰ったままじゃ正直、仕事が回らん」
「今日は二人とも外に出てますので―――都合確認して予定入れおきますか?就業後とか」
「いや―――明るい内に打合せ室で済まそう。酒を入れないでパッパと事務的に話した方がいい。元々仕事ができる奴等なんだから、感情的な話はもう横に置いた方がスムーズに行く筈だ」
「なるほど、そうですね!」
阿部が感心したように頷いてくれた。
―――なんて理屈っぽく言ってみたが、ただ単に俺はこれ以上プライベートの時間を削られたく無かっただけだった。それに大トラ、三好にまた爆笑されては堪らない。俺のナイーブなハートは、アイツに付けられた傷からまだ立ち直り切ってはいないのだ。




