46.確認します。 <亀田>
スマホで連絡を取るとすぐに返事が返って来た。明日は休日だからうータンの世話を一通り済ませ、泊まりの準備をして来ると言う。
いたって普通。とりたてて不穏な空気は一切感じられない。
やはりな。
篠岡は煽るだけ煽ってニヤニヤ笑っていたけれども―――昔馴染みとお昼を食べたくらいで大騒ぎするなんて、そんな必要は無かったんだ。篠岡に呼ばれたからって、慌てて後を追う必要も無い。―――そう、そんな必要は無いのだ。
だけど気になる事をそのまま放置するのは、少し違う。
『……途切れさせたくない縁なんだろ?』
篠岡がズバリと指摘した一言が胸に刺さる。だから必要な情報収集くらい、したっていい筈だ。もしそれが仕事だったなら、気になる所を見て見ない振りをする奴がいたら―――叱りつけるくらいはする俺が、そこを避けてちゃいかんだろ……!
俺の家に到着した大谷と適当に用意した夕食を食べ終わり、ソファで麦茶を飲んで人心地ついた後、俺は大谷に尋ねた。
「その…今日一緒にランチをしていたのは、大学の同期だって言うレコーの奴か?」
強く意気込んだ割に尋ねる声に若干力が籠らないのが、地味に情けない気がしないでもない。すると大谷は割とアッサリ頷いた。
「あ、はい。どうして知ってるんですか?」
「篠岡と同じ店で昼飯を食べていて、見掛けたんだ」
正確に表現すると、二人の後を追ってその店に入ったんだがな……。
「えー?」
やはり微妙な言い回しだっただろうか?ヒヤリとしたが、大谷の明るい声に救われた。
「それなら、ひと声掛けてくださいよ~」
声……掛けて良かったのか……?
少しホッとしながら息を吐きつつ「いや、邪魔しても悪いからな」と余裕を示してみる。そして言った途端、そんな自分に苦笑する。……こういう所がマズイって篠岡に指摘されているんだがなぁ。しかしどうにも素直に気持ちを吐露するのは恥ずかしいから、これくらいは大目に見て欲しい。
「あ、うーん……でも恥ずかしいから良かったのかな?ちょうど彼氏がいるって打ち明けた所なので、丈さんが挨拶したら……水野君にバレバレだったかもしれませんし」
「彼氏いるって言ったのか……?」
「はい。あ……やっぱり、まずかったですか?別の社の人だし、名前も言ってないから大丈夫かなって思って」
焦る大谷の手を取って首を振った。
全然、全くマズイ事なんか無い。むしろよく―――言ってくれた。うん、やっぱ大谷はこうだよな……と、安堵の溜息が漏れる。
「いや、言ってくれ。もういいんだ。他社だろうと社内の奴だろうと、言って貰って構わない」
大谷はキョトン、と首を傾げた。
「……あれ?仕事とかやり辛くなるだろうから一応内緒が良いって……」
「それなんだが、もう課が離れたから良いだろう。実はその、大谷に言いそびれていたんだが、話の流れでもう阿部にも伝えてしまったんだ」
「えっ、そうなんですか?」
初耳の話に、大谷が目を丸くする。そう、今思い出したが……辻を煽る阿部を抑える為に付き合いをばらした後、一件落着とホッとするあまり―――すっかりその事を大谷に伝えるのを忘れていたのだ。すると大谷はうーんと唸って難しい表情を作った。
「でも……やっぱり恥ずかしいから指摘されない内は黙って置こうかなぁ……」
思案気にこう呟いた後、拗ねたような表情で上目遣いに大谷が俺を見る。
「それに『亀田課長』って総務課では結構人気物件なんですよ?他の子に敵視されたらやり難いですし」
クスリと悪戯っぽく笑う大谷が、いつもより少々大人っぽく見えて目のやり場に困る。
少し前と比べて。大谷は綺麗になった……ような気がする。
それとも俺の銀縁眼鏡に指向性のフィルターが掛かってしまっただけなのだろうか。自分の好きな女性だから魅力的に見えているだけ、と言う可能性も捨てきれないが。
それに気付いた今、焦りの感情がジワジワと込み上げて来た。
これを野放しにしていたら……今回は結果的に問題無かったのかもしれないが……篠岡が俺を煽る為に言ったような事態に、本気で陥ってしまっても不思議はない。




