11.事情を聞きます。
俺に怒られる形になった新メンバー二名は、居酒屋の出口でお互い目も合わせないで押し黙っている。派遣社員や契約社員達は、呑気な湯川さんが盛り上げてくれるので、先ほど俺が威圧して落としまくった空気は僅かに上昇しているようだ。こんな時は深刻にならない彼の性質にすごく助けられるな、なんて思った。
まあ不本意なのだが。湯川さんには飲み会で活躍するより、本来ならもっと仕事場で活躍していただきたい所だ。
本当に心の底から、俺は家に帰りたい。殺伐とした苛々した気持ちを俺の天使に癒して貰いたい。そう思っているのだが―――課長としてこのまま二人を放置していくわけには行かない、それだけは分かっているので駅へ向かいそうになる自分の脚を叱咤しつつ、依然ここに踏みとどまっていた。
樋口さんは最初から飲み会には参加していない。湯川さんは予想通り二次会チームに混じっている。辻が一次会の途中で確保していた二次会会場に人数を報告すべくまだ帰らない様子の派遣社員達に参加不参加を確認していた。
俺は阿部をチョイチョイと呼び寄せて、周りに聞こえないように声を潜めて相談した。
「阿部、お前三好にさっきの話聞いてやってくれないか?俺は目黒を連れてってアイツの腹の内、聞いとくから」
「え!う、うーん……」
阿部は難しい表情で腕組みをした。
やはり飲み会まで、そんな仕事っぽい面倒事を抱え込むのは嫌なのだろうか……?まあ、三好も目黒もいい大人同士なんだから放って置けば良いとも思わないでは無いが。
「それ、俺が目黒の相手じゃ駄目ですか?」
「何で?三好とお前、仲良いだろ?」
阿部は新メンバーの誰とでも、比較的普通に話ができる男だ。そして三好はいつもは感じが良くて明るい。彼女は仕事にも前向きで、阿部とも職場で楽し気に遣り取りしていたのを目撃していた。だから適任だと思ったのだ。少なくとも女あしらいの苦手な俺より数倍、楽に話を聞き出せるだろう。
「それがですねぇ……」
阿部が苦々しい表情で、声を潜めた。
「うちの派遣社員に、俺の彼女の知り合いがいたんですよ。それでですね、他の派遣社員の若い娘とランチに行ったらリークされちまって……何も無いって言ってるのに修羅場っすよ。だもんで三好さんと二人でどっか消えたり、皆の居る二次会でも彼女にかかりっきりになっちゃったら―――今度こそ俺、殺されるっす」
阿部は自分の両肘を寒そうに抱え、そう言ってブルリと震えた。
なるほど―――女の嫉妬は怖い。男には分からないアンテナと不文律に従って、彼女達は男どもをバッサリと情け容赦無く裁くのだ。俺はいつも、そう言う悪手を選んで失敗して来た。阿部に俺の二の舞は踏ませられない。まあ、彼女がいるのに違う娘とランチって言うのも俺には理解できない行動だが―――若い奴はこういう付き合いは普通なのか?よく分からん。
「まあ、そっか……じゃあお前は目黒を頼む。三好は俺が誘ってみる」
「スイマセン」
「いや、こっちが頼んだ事だから。来週、目黒側の言い訳も聞かせてくれ。もしそれで二人の認識違いがあるんなら―――まあ、取りもてる部分があれば調停だな。全く駄目そうならもう放置するしかないが」
「……亀田課長……」
阿部が俺を真剣な表情で俺を見上げたので、俺は彼の肩に手を置いて笑った。
「スマンな、いつもお前ばかり頼って。お前がいなかったら、営業課いっこも回らねえよ」
「……いえっ!俺こそ、いつも亀田課長に助けられてばかりで……!ここまでやって来れたのも、亀田課長がいたからっす!だから気にしないでください!」
それまで囁き声で話していた阿部が、拳を握りしめ、勢い込んで大きな声で主張し始めた。
「お、おう……サンキュー……」
阿部の勢いに思わず、気圧されてしまう。
俺はお世辞でも何でも無く本気でそう思っているんだが―――こんなに阿部が喜んでくれるなら、今までももっと言葉で褒めてやれば良かったなぁ、なんて思った。まあ、キャラクター的に俺はホイホイ人を褒めれるタイプじゃ無いのだが……。
なんせ俺は『コワモテ冷徹銀縁眼鏡』だからな。
何度も言うようだが根に持ってなんかいないぞ?
―――でもこれ、以前阿部が言ってたんだけど。何かコイツ、その後心境の変化でもあったのかな?若い奴の考える事はやっぱり、イマイチよく分からんなぁ。




