27.近いんですね。 <亀田>
嵐が去った後、大谷と俺は卓袱台に向かい合って座っていた。
大谷は早速、ウキウキとお土産の『霜柱』を手に取った。水色の缶を開けると、一面に白い粉が現れる。
「砂糖か?」
「落雁粉です。お米の粉……ですかね」
大谷は缶を持ち上げて、蓋の方にさらさらと落雁粉を移した。すると缶の中にびっしり詰まった透明な飴が現れた。
「繊細な飴が壊れないように詰められているんですってね」
なるほどキラキラとした透明な飴は細い繊維が合わさったような細かい造りをしている。
「どうぞ」
「有難う」
一つ摘まんで口に入れると、軽い舌触り。アッと言う間に舌の上で溶けてしまった。
「―――うまい」
「もっとどうぞ!癖になりますよね」
「ネットで見た事はあるが、食べるのは初めてだ」
「手作りだから品薄になっちゃうみたいですね」
確か結構良い値段だった筈だ。コストを落としてもう少し荒くてもいいから、こんな溶け心地の飴が作れたらなぁ……繊細過ぎて機械化は無理だろうか。落雁粉を詰めるって言うのも贅沢だが、無駄になる部分だから量販菓子に採用するのは難しいよな。割れてしまえば元も子もないし、もっと手軽でとっつき易くなるアレンジが必要になるな。
確かこれ……仙台の老舗菓子屋の銘菓だよな。気になっていたが、通販で一個頼むと本体の値段の三分の一くらいの送料が取られるし、仙台出張があったとしても直ぐに手に入らないかもしれないと聞いていたから半ば諦めていた。
仙台か……仕事で寄ったか誰かに貰ったと言う可能性もあるが、もしかして大谷の母親はそこに住んでいるのだろうか。
「大谷のかあさんは、仙台で働いているのか?」
「はい、去年から。大学で先生やってます」
「そうか―――随分若く見えるが……もしかして四十代か?」
「へえ?!」
大谷はスッ頓狂な声を上げて、目を丸くしている。
「いや、よく若く見えるって言われるんですけど『四十代』は無いです。今年で五十九歳、つまり次の誕生日で還暦なんです」
「はあ?!あれで……?」
若過ぎだろ……!
大学の先生か……なるほどそれであの堂々とした佇まいに繋がる訳か。力を抜いて話しているのに妙に迫力があると言うか、大勢の人の前に立っても全く動じなさそうなオーラが漂っていたものな。じゃあ『はるあき』と言う父親も同じような職業なのだろうか。脇で話を聞いていると、仕事で遠く離れていると言う事と、娘である大谷を随分と溺愛していると言う事が伝わって来たが……母親が定年間近なら、同じくらいかもっと年上だろうか。遅くに出来た子は特に可愛いと言うからな。
しかしさっきは焦ったな。大谷の母親が真顔で『”はるあき”には黙っておいた方が良いかもね』と呟いた時、大谷に気のある幼馴染か男友達の事かと思ってしまった。実際は『気のある男』と言うより『気にしている男』と言う方が正しいのだな。……何にしても父親と聞いてホッとした。いや、安心している場合では無いか。可愛い娘に恋人がいると聞いて不快に思う父親がいるなら、ますます一緒に住みたいなどと考える俺の願望を果たすのは難しくなるだろう。
「本当です。私、母親が三十三の時の子供なんです。今は定義が変わったそうなんですがその頃は高齢出産手前の年齢で遅めの出産だったそうです。それまでうちの母親、仕事ばっかりで未婚だったんですよ。つまり亀田課長と似たような境遇だったんです。なのにあんな揶揄うような事言って……本当に、うちの母失礼な事ばかりで……すいません」
それで意味ありげに笑っていたのか。大谷の話で、先ほどの母子の遣り取りの意味がおぼろげながら浮かび上がって来た。
「じゃあ、大谷の父親も同じくらいなのか?それとももう定年?離れて暮らしているような口振りだったが……」
「いえ、働いてます。カタールで」
……?
「『かたある』」
そんな地域あったか?
「ええとカタールで道路、作ってます。もう八年くらい行ったきりで。あ、たまぁに帰って来て突然ウチに泊まったりしますけど。さっきみたいにいきなり来る事もあります」
「あ、ああ……『カタール』か!外国の?」
「はい」
そう返しつつも俺の頭の端に浮かんだのは(母親で良かった……!)と言う事だった。扉を開けたのが父親だったら、大変な事になっていたかもしれない。
「しかしその年で仕事で海外ってスゴイな。海外で働いている人は最後は管理職として日本に戻るのかと思っていたが。シニアのボランティアなら分かるが……」
大谷が微妙な表情で首を傾げた。
「あの、まだ全然定年じゃなくて、私の父働きざかりなんです」
「ん?じゃあ年下なのか?」
「四十九です」
「え?」
単純な数字なのに一瞬理解が追い付かず、思考停止してしまう。『しじゅうく』―――『四十九』?!わ、若っ!!!
「そろそろ一旦日本に戻って来るのが普通だって聞いてるんですけど―――最近会社の若い人は野心が薄いし保守的で、治安も悪化している海外にあまり行きたがらないそうなんです。だから、なかなか帰って来れなくて。体も心配なのでそろそろこっちで少しゆったりして欲しいんですけど」
「四十九?!」
「あ、はい」
年齢のあまりのインパクトに思わずそれだけを繰り返し尋ねてしまった。
なんて事だ!大谷の父親は俺と十一しか違わないのか?!
それじゃ―――年の差で言ったら大谷より、父親との方が近いじゃないか……!




