24.おまけですか? <大谷>
「なあ、うータン?俺の家で、一緒に住まないか……?朝早くならベランダもそれほどうるさくないし、外遊びも出来るぞ?会社も近いから直ぐに帰って来れるし……どうだ?運動スペースももっと広くしてやるぞ」
髪を乾かし終わりドライヤーを止めた時、ふと聞こえた丈さんの声に―――思わず固まってしまった。
丈さん、うータンに向かって『一緒に住もう』って……?
えっと、この場合……私はどうなるんですかね?うータンと丈さんが一緒に住んで幸せに暮らしました、めでたしめだたし。で、私が二人に会いに通うとか……?いや、そんな訳ないよね。じゃあ私も一緒にうータンに付いて行って……って、そもそもそれなら先に私に声を掛けるのがスジってもんだよね……?
これまで考えまい、考えまいとしていたけど……ちょっぴり想像して、その上で『ナイナイ!』なんて自らツッコミを入れていたけれど……。
丈さんにとっては、やはり一番はうさぎ……つまり『うータン』なのではないのだろうか。で、私はおまけ。序でに世話係がオプションで付いて来たって程度で……
そこまで考えた時、ガチャガチャ!と鍵を開けるような音がしたような気がした。
ん?鍵……鍵開いたの?!あっ……!!
その後すぐにガシャン!とチェーンが引っ張られる音が聞こえて―――慌てて私は浴室を飛び出した。
「うづき……!チェーン外して~!」
やっぱり!
「ママ!」
思わずドアの隙間に向かってそう叫んだ。
「……『ママ』?」
戸惑った声が背中から聞こえて、私はハッとして振り向いた。すると丈さんが、寝そべるうータンを撫でながら、ポカンと私を見上げている。
『ママ』なんて未だに呼んでいる事が急に恥ずかしくなってしまった。あまりそんな風に考えた事は無かったけれど―――丈さんみたいな人は絶対使わなそうな単語だから、妙にいたたまれなくなってしまう。ただでさえ年の差があるのに、これ以上子供っぽく思われたくない。
「お、お母さん……今ちゃんと開けるから!ちょっと一旦ドア閉めて待ってて!!」
そうドアの向こう側に大きな声で伝えると、再び鉄製の重い扉がゆっくりと閉じられた。一先ずホッと息をついて、私はクルリと丈さんに向き直りしゃがみ込む。
「突然母親が尋ねて来てしまったみたいです。スイマセン、あの……開けても良いですか?」
何の準備もしていない、付き合い始めの恋人との無防備な休日。
そこに母親と言う爆弾……いや、うちのママは結構変わっていて普通の母親と違うから、娘に恋人がいようがいまいが責めるって事はしないと思うんだけど。とは言え、私、これまでママに恋人を紹介した事が全く無いから―――どんな反応が返って来るか全く予想が付かないんだな、これが!意外と厳しかったりして、男の影のまるでない娘に安心していたから厳しく言わなかったとか……。
丈さんも……固まっている。
まさかお泊りしたその朝、しかもまだ親に合わせるなんて段階の付き合いじゃないのに、バッタリなんて……!そりゃあ、固まるだろう。あ、おじいちゃんに会わせた時は―――うん、この時はただの『うさぎ好きの上司』って設定だった。だからノーカンだよね。
「……」
何も応えず、半ば茫然としている丈さんに向かって、私は慌ててフォローの言葉を重ねた。
「あ、そうですよねっ……いきなりはちょっと。あの、私これからちょっと母親と外、出てきますので……その間に帰っても良いですし、あっ!それも失礼ですね、待っていていただければ話を付けて戻って来ますので……」
今日は近所のホテルに案内しよう。私持ちになったって構わないから。財布は勿論シクシク痛むだろうけど……。
まあ、丈さんが帰った後私の部屋の布団は空いているっちゃあ、空いているのだけど―――いきなり母親とご対面なんて、流石にたくさん修羅場を潜り抜けて来た(仕事のね、プライベートでは無いよ!)最年少営業課長だとしても怯む場面だろう。
「大丈夫だ」
「え……」
静かな表情で、丈さんは私を見ていた。そしてシッカリと大きく頷いてくれる。
「俺の事は気にしなくて良い、いずれ挨拶しなければならないのだから……良い機会だ。今、大谷から紹介してくれないか」
え?『いずれ挨拶しなければ……』って、つまりそれは……
いや!そんな!そこまでの意味は無いでしょう……!
まあた、考え過ぎ!考え過ぎ!それにあったとしても、うータンの『おまけ』かもしれないしね……!
ちなみに忙しなく話しているのは私の頭の中でだけ。必死で自分を抑えつつ、私はできるだけ神妙な表情でコクリと頷いた。そう、パニックになっている場合では無い。
「分りました」
私は立ち上がり玄関まで近づくと、ドア越しにママに声を掛けた。
「あのね、ちょっとうータン放し中だから待っててくれる?ケージに入れたら開けるから」
「分かった~」
呑気な声が返って来る。
私は丈さんと丈さんの手元でウットリと寝そべっているセクシーポーズのうータンに向き直り、ゴクリと唾を飲み込んだのだった。




