10.爆発しました。
「そろそろお開きですね、閉めますか」
「そうだな。ああ、二次会行くならこれ使ってくれ」
今日の幹事は辻なのだが、コミュニケーション下手の辻は気付けない事の方が多い。ほぼ阿部が指示をして辻が言われた通り動く―――という流れで今日の飲み会は進行しているらしい。その阿部の労に報いねば、と俺は二次会の軍資金を差し出した。当然俺はこのまま湯川さんバリに、フェイドアウトする予定だ。
「あざっす!」
すっかり素直になった阿部の返事に思わず笑顔になる。阿部も無事、営業課の主力として成長したし、新メンバーのうち同い年チームの二人が漸く使い物になるようになって来て、そろそろ俺も本来の業務に戻れるな……なんて、いい気分になっていた。
しかし以前俺が感じていた課内の違和感が、この飲み会の終盤―――良くない形で爆発してしまったらしい。
「……女使ってまで出世しようと思っているのか?ああ嫌だ嫌だ」
「ナニソレ?!下品な事言わないで。女なんか使ってないし!」
以前からヨソヨソしい雰囲気を醸し出していた目黒と三好だった。いつも通り一次会で撤収し、帰り道二十四時間スーパーでミミのお土産にキャベツでも買って行こう……なんて呑気に幸せな計画を温めていた俺とは離れた席で、それは唐突に起こったのだ。
「企画課では課長のお気に入りだったよな。そのお陰でヒット商品も出せたしなぁ?だからって勘違いするなよ、お前みたいに垢抜けない女が亀田課長に取り入ろうなんて考えても無駄だからな。女なら誰でもいいって言うあのオジサンとは違うからな」
「そんな事考えているワケ無いじゃない!アンタこそいっつも適当な仕事してて恥ずかしくないの??昔は真面目だったくせに、最近すぐに休みばっか取って中途半端で仕事投げ出してさ」
「……何だと?」
一般的にウサギと言えばニンジンだが、ニンジン嫌いのウサギは結構多いらしい。かく言う俺の天使、ミミもニンジンはそれほど得意では無いらしく与えても一齧り二齧りして残りを放置している。この間代わりにほうれん草を与えたら余程美味しかったらしく、ガツガツ貪って完食してくれた。しかしその後ネットで調べると、ほうれん草はシュウ酸が多いのでたくさん食べさせると尿路結石になる恐れがあるのだと知る。それ以来、俺はオヤツとして与える野菜には気を使っているのだ。ミミはキャベツを喜んでくれるだろうか?今から家に帰るのが、本当に楽しみでしょうが無い。
「だいたいお前は昔から……」
「さっきから何?『お前』って言われる筋合い無いんですけど」
「―――うるさい、お前ら黙れ」
席を立って掘り炬燵に隣り合って座る二人の間、すぐ後ろにしゃがみ込む迄の動作はほぼ無意識の内に行っていた。
「先輩のくせに……幹事の辻が飲み会しめられねぇで困っているのが目にはいらねえのか?」
殺気を込めて二人を交互に見ると、真っ青を通り越して真っ白になった目黒と三好は挙動不審な様子で目を逸らし、返事もせずに俯いてしまった。
視線に多少……個人的な恨みが籠ってしまったのは、仕方が無い事だろう。沈黙した二人の後ろからオロオロしている辻に視線を移すと、ヤツはビクリと肩を震わせた。
「……辻、おあいそ」
「ひっ!……ひゃいっ……!!」
辻は飛び上がって、会計をすべく部屋を出て行った。
その後飲み会会場がシーンと静まり、ほとんど誰も口をきかずに解散する事になった事は―――想像に難くないだろう……。
 




