決意
私があやちゃんをただの友達以上の存在に意識し始めたのは、出会って約半年の季節が夏から秋へと変わる頃だった。なにか大きなきっかけがあったわけではないと思うから、徐々に好きになっていて、それを自覚したのがそれくらいという感じ。当時の私は今よりもちょっとだけあやちゃんに心を開ききれていなかったし、好きという気持ちを自覚した直後で変に意識しすぎていた。
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課外授業でとある工場見学に来ていた。くじで決まった班行動なんだけれど、嬉しいことに私はあやちゃんと同じ班になれた。同じ班のあとのメンバーは男子3人。女子は私とあやちゃんの2人だけだから、必然的にずっと一緒になる。だからすごーく嬉しくて、でもそれだけじゃなくてちょっぴりドキドキもしていた。
「藍ちゃん」
全体集合がかかって早くに集まった私たちが他の班を待っている時、あやちゃんが私に耳打ちした。
「なぁに?」
あやちゃんとの至近距離にドキドキしながらも平静を装って返す。
「あの男子、ずっと藍ちゃんのこと見てるよ」
ニヤニヤしながら何を言うのかと思ったら。あやちゃんが目くばせする方を見ると、同じ班の1人の男子と目が合った。ギョッとしてすぐに視線をそらす。
「げっ」
「ちょっと藍ちゃんその反応はないでしょw」
あやちゃんは笑っていて、その天使の笑顔でさらにとんでもないことを言った。
「きっと藍ちゃんのこと好きなんだよ」
「!!・・・いやっ絶対ないから、ほんとに、ありえないし」
私は必死だ。何が必死ってあやちゃんにそんな風に勘違いされていることがたまったもんじゃない。だって私が好きなのはあやちゃんで、たとえ、ほんとに万が一、いや億が一あの男子が私のことを好きだとしても、私にはあやちゃんしかみえていないのに。
「もう、藍ちゃんったら照れちゃって」
なおも私の言うことを信じてくれないあやちゃん。
「そういえばこの前藍ちゃん一緒に喋ってたよね。いい感じじゃ~ん、よかったね」
なんだかあやちゃんすごく楽しそう、楽しそうだけど、なんかやだ。私はだんだん腹が立ってきた。私が好きなのはあやちゃん。なのになんであやちゃんにそんな勘違いされなくてはいけないのだ。原因となった男子にも、わかってくれないあやちゃんにも腹が立った。腹が立ったあげく、
「もういいよっ」
私は楽しそうに話しかけてくるあやちゃんに冷たく言い放ってしまった。瞬間、その不穏な空気に体をこわばらせたあやちゃん。
あーぁやってしまった・・・
けれど後戻りもできなくて。そのあとの班行動も、行動さえ一緒にするものの、ほとんど口をきくことはなかった。
***
今ならわかるよ。普通はそうなるよね、あやちゃんの反応は間違ってないの。今なら言える、私はあやちゃんが好きだから、って。本気にされないのは目に見えてるけどね。あの頃は冗談でもあやちゃんに好きなんて言えなかったから。言えないくせに分かってほしいなんて思っていて。でもそんな私にもあやちゃんはあの頃からずっと優しかった。
***
学校へ戻るバスの中。隣の席に座ったあやちゃんと私はまだ口を閉ざしたままだった。
「藍ちゃん・・・ごめんね」
私が悪いのに、なぜかあやちゃんが謝った。私は驚いた表情で藍ちゃんを見つめた。しばらくただじっと見つめていた。何か言おうと思ったけれどずっと喋らなかったから余計に声がでない。そのうち、私はどんどんあやちゃんのその瞳に吸い込まれていった。あやちゃんの瞳は少し潤んですごく儚そうでいて、でもまっすぐと私を見る瞳の奥には強さがあった。なんて綺麗なのだろう。・・・そして自分はなんて汚いのだろう。急激に感情が込み上げてきて、気づいたら目から涙がこぼれ落ちていた。
「わたしこそ・・・ご、ごめん」
泣きながらやっとのことで言えた言葉。すっごく格好悪くって私なんでこんなんなんだろうって思った。そしてそれを聞いたあやちゃんも私につられるようにして一筋の涙を流し、私の手をギュッと握った。私は色んな感情が押し寄せて、思わず身をよじってあやちゃんに抱き着いた。あやちゃんはしっかり受け止めてくれて、泣き笑いながら背中をさすってくれた。
「もう、藍ちゃん泣きすぎ~私まで泣いちゃった・・・」
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あの時思ったの。こんなに綺麗な心を持ったあやちゃんに、自分は恥ずかしくない人間になろうと。私の自分勝手な醜い感情で大好きな人を傷つけてしまったことへの後悔と反省と、こんなことは二度としないという決意した。