02 学校に戻る
朝起きると、わたしはテレビのニュースでショックを受けた。レポーター氏はこう語った。「若者たちに期限切れの薬品を売っていたとのことで、男がひとり逮捕されました。この男は薬局業を自営していると推測されますが、スムーズに歩くことができません。男は銀行に多額の負債を有しており…」テレビで犯人の男性の写真が示されると…ああ、何とわたしにそれを売って儲けようとした人だ。ほとんどまったくわたしの命は…実はそれほど危険の中にはいなかったのだ。テレビ・レポーターの先生は、その期限切れの薬品は腹痛を引き起こすことになるだけだと語った。だけど、いつもながらわたしは運がいいと思う。このときから、わたしは神にとても感謝するようになり、もう不平を言うつもりはない。約束したのだ!
ママがまだ起きて朝食を用意していないなんて、わたしには信じられない。ママがシャワーをするときには、わたしのお腹はもうぐうぐう鳴っていた。そのあと冷蔵庫をわたしが開けると、そこには何もなかった。
「ママ! わたしに何を食べろというの? 冷蔵庫には何もないわ」と、階段の下からわたしは叫んだ。ママはまだ上のシャワールームにいるのだった。
「まさか何もないの? 見てみて、パンはまだあるわね?」わたしはパンのある場所を調べた。パンはもうカビが生えていた。「ママ、パンはもう食べられないわ」しばらくわたしは待ったけど返事はなかった。きっとママはもうわたしの声が聞こえないのだ。父母が忙しい勤め人で時間に追われているような家族の一人っ子だったら、それは普通のことだ。わたしが何かについて不平を言えば、ママは必ずわたしの声が聞こえないようにイアホンをつけるのだ。いやになっちゃう!
「パパ! パパはこの家に残ってる食べ物を何か知ってる?」と、パパが台所に入ってきたときわたしは尋ねた。
「グラディスト、たぶん食べ物はなくなっちゃったよ。買い物をしたばかりなのにね」
「ええ、でもそれは二週間前よ」
パパは冷蔵庫を開け、結局わたしに同意した。「どうして食べ物がないのかな? 昨日のことのような気がするのに…」
「パパ、わたし遅れそうよ」と言ったわたしは後を任せた。乞うように微笑みながら(その意図は許しを乞うため)、パパは冷蔵庫からニンジンを取り出した。
「それが残ってるだけ?」
「嘆くな。あとでスーパーマーケットに行くから」と言いながらパパは、わたしのためにニンジンを二つ洗ってくれた。とてもうまいぞ、とパパは言う。きっと職場で食べたからに決まっている。ママが普通の食べ物を食べるのはやはりそんなものだけど、それに対してわたしはウサギの食べ物を食べるよう命じられているのだ。
そうだ、忘れてた。感謝しなきゃ! 感謝しなきゃ! そのポジティブな側面を見るとしよう。たとえそれがニンジンだけだとしても、少なくとも食べ物はあるのだ。食べることのできない子供がたくさんいるのに。そのニンジンだってとても健康にいいのだ。足りない気がするだけだ。でも、それよりはお祖母ちゃんの料理のほうがいい。お祖母ちゃんの料理はいつも軟らかげで、その歯で噛み砕くことができるようになっている。きっと何でも混ぜてあるのよ。
「あら、グラちゃん! あなた遅刻しそうよ。水疱瘡はどんな具合?」わたしの大親友のティシャ・モウネは、グラちゃんとわたしを呼んでくれる(嬉しいわ)。そう言ってくれると、このわたしはいつも嬉しい状態になる。
ティシャはいつも校門でわたしを待ってくれている。今回だけは、授業が始まってもう5分たつので、彼女はわたしを残して行くところだった。本当は良き友達だけど、良くない性格も所々あったりする。彼女もすごい知りたがり屋で、いつも疑い深い。このあいだ、水疱瘡を病んだということを言うためわたしが電話するしたとき、彼女は不思議がっていた。前にもう水疱瘡にかかったことがあるじゃないの、と言ってきた。そのあとわたしは、別の種類の水疱瘡に感染したのよ、と言い返した。でも彼女は信じてくれたと、わたしは思う。
「あなたはとっても運がいいわ。ゴッジ先生が昨日、急に代数のテストをするって言ったの。むちゃくちゃ難しかったわ。わたしは勉強する時間が全然なかった。あなたは代わりに明日追試を受けることになってる」とティシャは言った。
やったあ! わたしは代数ができないけど、その授業でのわたしの成績がごく普通にね、なるじゃないの。少なくとも、わたしは明日の追試に備えてたっぷり準備することができる。もし昨日学校に行ってて、勉強せずにその突然のテストをしたら、多分わたしは0点を取るだけだったわ。わたしは何と幸運なことか!
どうしてわたしはこんなに運がいいのか? わたしは幸運とかのコインを見つけてはいない。御守りを買ってもいない。多分神様は、今朝わたしが文句を言わずニンジンを食べたので、褒美をわたしに与えたいのだ。この人生は素晴らしい!
あっ、ダルシーとメイアンがわたしのほうにやって来る。彼女らはわたしの敵だ。「あなたは学校に来ないってわたしは聞いたわよ、グラっち?」とダルシーは言った。ティシャがグラちゃんとわたしを呼ぶなら、ダルシーとメイアンはグラっちとわたしを呼ぶ。そのグラっちが何を意味するのか知らない。
「残念だけど、あんたはゴッジ先生の代数のテストを逃すわ。その追試はもっと面倒になるって聞いたわよ」と嘲る調子でメイアンが言った。
学校でいちばん裕福な生徒のダルシーやメイアンと何故敵対してくるのか、また思い出してきた。いちばん裕福だということは、いちばん人気があるということだ。その人気がある子と敵対すれば、とても危険なことになるのに。恥ずかしがり屋の限られた子一人と敵対するだけなら、わたしの生活は多分申し分ないものになるだろう。
今思い出した。思い違いでないなら、わたしたちの敵対は中学1年生で最初に出会って以来始まっている。ダルシーとメイアンはその裕福さのゆえ、次々と新しい友達がたくさんできる。それに対してわたしは小学校のときから変らずティシャとは友達だが、新しい友達を増やしていない。以前昼食のときわたしとティシャは、自分たちが座りたい場所のテーブルを選んだ。そこへいきなりダルシーとメイアンが、わたしたちのいるテーブルに座りたかったから、わたしたちに向かってずっと遠くの隅へ退くように言ったのだ。とてもむかついたわ! 自分たちを何様だと思っているのだろう?
話を要約すると、長い――すっごーく長い――口論のあと、椅子から落ちるようにダルシーがわたしを押しのけ、わたしは本当に落ちてしまった。すごく激しい落ち方だった。だけどまだそれで全部じゃない。ダルシーがわたしを押しのけたとき、わたしは自分の飲み物を握っていた。そのオレンジ・ジュースが、高価なメイアンの紫色の上着にこぼれた。眼の前にみんながいた! 間違いなくメイアンは笑いものになった。それ以来わたしたちは敵対するようになった。わたしの考えでは、ダルシーとメイアンとが敵対して当然なのに。ダルシーの騒ぎのために、そのジュースはわたしの手からこぼれたのだ。わたしたちの敵対の理由なんて、すごく些細なことよね?
眼の前の世界に戻ると…
「昨日わたしは学校に、確かに行ってないわ。それに気づいてくれてありがとう」と、ダルシーにわたしは言った。今回は彼女に敵対せず可愛く構えてみようとわたしは決めた。果てまで行きたくはない。第三次世界大戦が起こる果てまで。
「何が言いたいのよ?」とメイアンはきつい調子で言った。明らかに、わたしの良好な態度はむしろ彼女にますます疑念を抱かせている。わあ、これは危なそうだ。
「あんた、きっと何か企んでるわよね? ひょっとして、テストがあること知ってたから昨日さぼったの? どこで知ったの、グラっち? あんた先生の愛人なのかしら?」今やダルシーは激怒しているように見える。ああ、わたしは関係を修復すべき良い性格をしていないのか?
「あなたたち、これはどうしたこと? グラディストは本当に昨日病気だったわ。それにもし彼女がさぼったのなら、本当は何をやろうとする? 浮き浮きして町の外へ飛んでいくだけじゃないの?」と、ティシャはわたしを弁護した。彼女の言ったことを彼女が知っているとしたらもう、それは本当だ。
「あり得るわ。多分彼女は大きな秘密をあんたに隠してるわ。知らないのはあんたなのよ」と、ダルシーは言った。
「グラディストはわたしに秘密を隠すことなんてできないわ。わたしたちは真の友達よ。あなたたちとは違うわ」と、ティシャはさらに言った。ティシャにひとつだけわたしの正体、すなわちガルリーン・ヒスであることを秘密にしていることが、罪であると感じるようになった。
「もういいわ、ティシャちゃん。その二匹のヒョウからつまらない話を聞く必要はないわ」と、わたしは言った。ううっ、もちろんわたし言っているのは強暴なヒョウのことじゃない。ヒョウというのは、ダルシーやメイアンの顔にたくさんの黒いそばかすがあることで、彼女らについてわたしたちがつけた呼び名だ。
「わたしらのことを何と言った? 気をつけなよ…」
ベルの音がして、わたしはまっしぐらに教室のほうへ駆け出した。
「あなたたちとお喋りできて嬉しいけど、わたしたち出席しなきゃいけない大事な授業があるの。さようなら!」わたしはティシャの手を取って引っ張り、ダルシーとメイアンの視界から走って消え去った。彼女らは激怒しているようだった。
「あら、あなた、どっちの方向へ走るの? わたしたちの教室はあっちの方向よ」と、ティシャはわたしに注意を促した。どうやらわたしは、わたしを餌食にしようとするしたヒョウたちから駆け去るのに、勢いがつきすぎたようだ。もうわたしは息切れがしていた。「さあ、また走ろう。でないとあとで遅刻よ」と、ティシャが言った。
「あなた…ふう…先に走ってよ」と、わたしは言った。わたしはさっき、本当にものすごい勢いで走りすぎた。わたしはほとんど喋ることができなかった。
「あなたに任せるわ」ティシャは、自動車がわたしを残して疾走するかのように、また走り出した。その友人は明らかに、お互いを見捨てるように見えた。そうだ、それを求めているのはわたし自身だ。すごい馬鹿だ。やれやれ、わたしも走るのに専念しなきゃならない。
「バッタッァーン!」わたしはとても激しく転げた。自分の骨が折れたかとわたしは思った。
「君、大丈夫?」わたしとぶつかった人が、その手を伸ばしてわたしを助け起こしてくれた。わたしは上のほうに頭を上げながら、自分の背中をつかんだ。自分の正面に天使の顔をわたしは見た。ああ…明らかに、今日のわたしは実に運がいい。わたしは、学校でいちばんかっこよくて、彼と初めて出会ったとき以来わたしの心を粉々にしてきた男の子、レオン・コープにぶつかったのだった。そのとき彼は、故意にわたしの顔にボールを当てたのではない。わたしの鼻からははどくどくと血が出た。彼は「ごめん」と言い、わたしはそのまま恋に落ちてしまった。ティシャのほうはかんかんに怒っていた。レオンが「ごめん」と言ったあとそのまま行ってしまったので、レオンは責任を取らないと彼女は考えたのだ。
「わたしは大丈夫よ」と言いつつ、自分の体が魔法にかかったように見えるのを確認した。でもわたしは、自分の足があちこちへふらつくのを見た。
「君、本当に大丈夫?」と、レオンはまた尋ねた。あああー、その眼、もうホントにステキねえ。
「大丈夫だわ。わたしは強い女よ」あちゃ、もうホントに馬鹿な言い草を。ひょっとして彼は、むしろスーパーガールか何かのようにわたしのことを考えるかもしれない。
「そんなに強いなら、お嬢さん…」と彼はわたしに微笑を投げかけ、そのあと行ってしまった。なぜ彼は行かなきゃならないの? わたしはシンデレラじゃないのかしら。だったら、夜の12時がやってきてもわたしはまだレオンとお喋りができるのだ。とにかくわたしは、レオンがわたしに注目するか、あるいは少なくともわたしの名前を尋ねるように、方法を考え出さねばならない。
ああ、わたしは忘れていた。わたしはもう教室に入るのが遅れているのだ。もういちど教室まで元気よく走った。
「グラディスト・スウィング、あなた遅刻よ」と、化学のジューン先生が言った。「ちゃんとした理由があるの?」
「大切な用事があったそうです、ジューン先生。授業よりも大切な」と、ダルシーが言った。彼女はもうホントに人を困らせるのがすごく好きだ。
「それはどんな大切な用事なの?説明してみて、グラディスト」と、ジューン先生はまた尋ねた。
このようなときに、わたしが「お手洗いに行く用事です」と、むしろいちばん恥ずかしいことを言ったことで、クラスのみんなに加えティシャまで笑った。そのあとわたしは、規則を守らなかった結果としてジューン先生から追加の課題を与えられた。
「あなた、さっきはどうして遅れたの? まさか、走る力がもうなかったの?」と、ティシャは尋ねた。わたしたちは二人とも昼食を、売店ではなく校庭で食べた。とある木の裏に秘密の場所があるのをわたしたちは知っている。そこを通り過ぎる人がいたことはない。だから、おそらく見つかることはない。実は、売店の外で食べてはいけないという規則がある。おそらくはその売店が儲かるように。この学校は本当に不公平だ。
「わたしがさっき誰とぶつかったか当ててみる?」と、元気いっぱいにわたしは言った。
「レオンね」と、ティシャは物憂そうに言った。
「知ってるのね?」
「あなたがそんなにも嬉しそうにしているのなら、それは彼に会ったからだわ。彼はあなたの名前さえ知らないのに、あなたにとっては特別の男の子なのね」
「じゃあ何故? あるとき彼はわたしの名前を尋ねようとしたわ。あとで見てよ。以前はわたしとどうだった? わたしが行ってしまったとき何が起こった?」
「行ってしまったの?」
「わたしは学校から帰るつもりだったわ。それはわたしが病気だったときのことだけど」ほとんどばれているのだ。
「ちょっとしたことがあったわ。わたしの姉がやって来てもっとよく本を読むよう、わたしに無理強いするの。本を4冊わたしに買ってくれたわ。そんなものを読む暇があるかないか知らないのよ。ちょうど『ウェスト・カウボーイ・ストーリー』を読んでるところよ」
「『ウェスト・カウボーイ・ストーリー』ですって!」ティシャはわたしの本を読んでいる!
「ええ、最初は面白かったのよね」と、ティシャは言った。やったあ、わたしの大親友がわたしの小説を好んでくれている。「だけど今のわたしからすると、すごくつまらないわ」とティシャはさらに言った。
「何ですって?」本当はわたしの物語がつまらないですって? ひどすぎる!
「まあ、まだ全部を読んでないけど、わたしのこと、あなたは知ってるのかしら? わたしはどんな本も読むのが好きじゃないわ。だからきっとつまらないとわたしは思うのよ」
「ああ、そう」確かにティシャは読むのが好きじゃない。だからといって、わたしの本が完全につまらないということにはならないわよね?「終わりまで読めたら、批評や意見をお願いしたいわね、ティシャちゃん」
「何がしたいの?」
「ちょっと知りたいだけよ」
「そうだ、グラちゃん。あなた本を一つ出版するのはどうかしら。きっと好きになってくれる人は多いわ。あなた、すごい作家になるわよ!」ああ、わたし誉められた。あはは………




