16 黒と白
わたしは変わった! 世界よ、はじめまして新しいグラディスト・スウィングです! わたしは強く勢いある足取りで家に入った。すべての人にわたしは言おう。
「ママ、わたしはいつも自分の名前を秘密にすることを決めたわ!」と、わたしは勢いよく言った。ママは新聞を読んでいて、それほど関心がないようだった。
「あらそう、あなたに任せるわ」と、ママはわたしのほうを見ないで言った。
どうしてわたしを励ましてくれないの? わたしは変わるためすごく難しいことを考え出したではないか。腹立たしいわ。すべてのことはまだ前とまったく同じだという気がしてきた。わたしはすべて変わってほしいと思っているのに!
「グラディスト、君は新聞を読んだか? ガルリーン・ヒスが実はペンネームだってことを君は知っているか! 僕はそれを聞いて本当にびっくりしたよ。そのガルリーン・ヒスはまだ高校生の子供だそうだけど…素敵だね。 ハリー」
ああ、ハリーだ。そのニュースはもう古い。あなた遅れてるわ。以前のグラディストだったらたぶんあなたを罵ったりするだろうけど、わたしは変わったんだ。だから、今回はあなたのEメールに返事をしよう。わたしが変わったというしるしに。
「ええ、わたしも新聞で読んだわ。ガルリーン・ヒスが実はわたしと同じ学校に行ってるなんて、わたしも信じられない。不思議ね。 グラディスト」
えっ、待てよ…ひょっとしてわたしは…うぎゃああああああああああ、信じられない! ガルリーン・ヒスがわたしと同じ学校に行ってるって書いた? どうしてわたしは気がつかないの! うわあ! なんでこんなことがまた起こるの、神様!
「何だって? ガルリーン・ヒスが君と同じ学校に行ってる? それじゃあ、君はダルヒングベイに住んでるのか? 僕もダルヒングベイにいるんだ。これは本当に考えられない。僕たち会うのはどうだろう? ガルリーン・ヒスが君と同じ学校にいるなんて、素敵じゃないか? 誰がガルリーンか調査することができるよ。僕も変だな。僕らは一心同体だね! ハリー」
会うつもりはないわ。背高お化けの奴! そうだ、わたしはもう人を嘲ってはいけないんだ! ああ、しまった。言ってしまったわ! 明日こそは変わり始めよう。約束よ。わたしはまだ、ハリーに長いことEメールの返事をしないグラディスト・スウィングになっていた。実際初めからそのようにすべきだった。いつまでもわたしは彼と会うつもりはない。会うつもりはないわ!
「ねえ、校長先生を説き伏せる方法ってないものかしら?」と、学校でスーザンにわたしは尋ねた。わたしはケニーの絵が展覧会で展示してもらえるようにしたかった。そうだ、終わらせなきゃならない問題がもうひとつある。ロジャーとは縁を切らなきゃ。でもそのことは後回しだわね。
「ごめんなさいグラチャン、わたしにそれはできないわ。さっき校長先生とそのことで、ジャレッドが辞退するのでなければケニーの絵を展示することはできないって話をしたの。でもその可能性はとても薄いわねえ」と、スーザンは言った。
「いいわ。それならジャレッドと話をするわ」と、わたしは言った。これはね、新しいわたし自身よ。新しいわたし自身は、きっと直面している問題を片づけることができるわ。
「まずい考えだ」突然レオンが現れた。どうして彼はいつも必要じゃないときに現れるのよ? 不思議ねえ。
「どうして」と、わたしは尋ねた。わたしは変わったのだから、もうきつい声でじゃない。あの無慈悲なグラディストはもういない。敵に対してもそうじゃない。
「あのジャレッドは自分が勝ちたがる奴だ。他人と妥協するのは好まない。それほど気づかいもしない。おまえがあいつに抗議して叫び声を上げたとしても、おまえの叫び声がどれだけ大きくても、たぶんあいつはおまえを気にかけないだろうよ」
「ああ、じゃあ彼はあなたみたいなのね?」と、わたしは言った。それが嘲りに聞こえることは分かっている。とはいえ新しいグラディストにとっては、時には上等だ。「落ちつきなさい。このわたしはグラディスト・スウィングよ。見ていなさい。あなたはわたしから学ぶことになるわ!」わたしはそのあと美術室のほうに歩いていき、レオンがわたしについて来た。わたしにはできないだろうことを確信していたから、彼はニヤニヤしていた。きっと彼には知らしめてやるわ!
「もしもし」と、美術室で忙しく絵を描いている男の子にわたしは声を掛けた。彼は一見とても恰好よかった。ケンほど印象的じゃないけど、彼だっていつも恰好いいのだろう。
「何だい?」と、喋っているのが誰なのか直視することなくジャレッドは簡潔で明瞭な言葉を発した。少々腹が立つわ。でも穏やかにしていなきゃならない。穏やかに…穏やかに…。レオンが窓からわたしのことを観察しているから、彼の前では恥をかかないように。
「わたしの名前はグラディスト、ケニーの友達よ。あなたケニーを知ってるわね?」と、わたしは可愛らしく言った。
「大したことでなきゃ、あっちに行けよ。おれはいま忙しいんだ」と、まだ絵を描きながら彼は言った。これが友達になる方法を知ってる子かしらね? 穏やかに…穏やかに…
「これはとっても重要よ。その絵の展覧会についてあなたに知ってもらいたいの。あなたきっと自分の絵が展示されてすごく自慢してるわね」
「まさか。ニューヨークで展示されるのなんて大したことじゃないよ」
ううう。穏やかに…穏やかに…。もう充分、わたしもう我慢できない!
「大したことじゃないって、あなた何が言いたいの? 自分の絵が展示されるよう死にもの狂いで争ってる人がいるのを知らないの?」ちくしょう、レオンが笑っている声が聞こえる。
「おれの知ったことじゃないよ」と、ジャレッドが言った。
もう充分よ! ジャレッドの手から刷毛をわたしは取り上げた。
「おい! 返せよ!」
そのあと刷毛の奪い合いという悲劇が起こった。許してね!
「おまえが何をやったか見ろ!」ジャレッドはわたしに激怒した。話をすると、刷毛の奪い合いで絵の具がそこらじゅうに零れたあとに、先生がやって来たのだ。何が起こったか、言い当てることができるかしら? その先生を呼んだのはレオンだとわたしは疑っている。今もう彼は窓のところにはいない。
「あなたがわたしの言うことを聞いてくれたら、きっと今わたしたちは美術室を綺麗にする必要がなくなるわ」と、わたしは言い返した。
「なんでおれがあんたの言うこと聞かなきゃならないんだ? おれはあんたと知り合いでもないのに」と、ジャレッドが言った。
ふう、さっきわたし自身と知り合ったのにね。
「とにかくケニーの絵が展示されないのは公平じゃないわ! ケニーの絵はあなたのものより素敵よ、ずっと」
「本当にあんたはおれの絵を見たのか?」
「まだ見てないわ」
「じゃあどうして分かるんだ?」ジャレッドはわたしに対して本当に怒っているようだった。
結局わたしは何も言うことができなかった。もちろんこのようになるだろうとわたしは推測していた。気がつけば、あの大きな口をしたカエルにまたなっていた。いやだ!いやだ!いやだ!
「明日おれの絵を見せてやるよ。でもあんた、それを見て本当に展示されて当然だってはっきりしたあとは、もうおれを邪魔するなよ」
「いいわよ、同意するわ!」
「それなら結構。あんたの名前が誰であっても、もう構わないよ」そしてジャレッドは立ち去った。
「わたしの名前はグラディスト!」彼は聞いていないようだった。いやだ!いやだ!
校庭に戻った。わたしはもう帰ったほうがいいかしら? 学校に残っても何をやるのか。そうだ、ティシャとスーザンを待つんだ。じゃあ、今わたしは他に何をやるのか?
「わあ、さっきは本当にすごかったな。おれはずいぶんたくさん勉強したぞ」と、大きな口をしたカエル君がまた現れた。 むっかつくわ! もちろんわたしは新しいグラディスト・スウィングになったではないか! ええ構わないわ、また明日からだ。
「さっきわたしは喋り間違えただけよ」と、わたしは言った。再びきつい調子で。
「本当か? けど今度は喋り間違えるなよ。あとで問題がさらに厄介なことになるぞ」
「問題って何よ?」
「おまえを探してる男が二人いる。そいつらはみんなにおまえのことを尋ねてる」
「誰よ?」
「自分で探し当てろよ。そいつら自身がとんでもないことを喋る前に早くするよう、おれは提案するね。あとでおまえ、また問題をかかえるぞ」
はあ? 彼は何を喋ってるのよ? わたしは急いで、誰がわたしを探してるのか探しに行った。
駄目ぇぇぇぇぇぇぇぇぇーっ! その二人はここにいる! わたしの学校に!!! 駄目!!!!!!!! そしてさらにひどいことに、ハリーとファルゼンが一緒にお喋りをしている。駄目ぇぇぇぇっ!!!!! ああ誰でもいいからお願い、今すぐわたしを殺して。
幸いにも、ティシャはここにいない! 今わたしは大急ぎで、ファルゼンとハリーがいっしょにお喋りをしないように、どうやって彼らをここから外へ追い出すかという計画を考え出さなければならない。どうやって? どうやって? どうやって? 待てよ、彼らが何を喋っているのか知らなきゃ。変装のための材料を探さなきゃ。レオンを探せ!
いつものようにわたしはレオンから、ジャケットと黒ぶちの眼鏡、帽子とリストバンドとを取り上げた。今回の彼は抵抗することなく身を任せた。こうなるだろうと予測していたみたいだった。
「それじゃあ、グラディスト・スウィングはガルリーン・ヒスに対して意見を出すコンテストで勝者になった人か?」と、ファルゼンは尋ねた。わたしは彼らの近くで本を読んだりする振りをした。
「それはグラディスト自身から私が聞いたことだ」と、ハリーが言った。
あいつは黙ることができない!
「これはとっても奇妙だ。私が見つけた紙もグラディストが書いたようだった。そのとき本の展覧会で私は一人の少女を見かけたけど、彼女は何故かグラディストにいくらか似ていた。その顔は、そこで本を読んでいる生徒…にすごく似ていた」
危ない! 大急ぎで逃げなきゃ! わたしを呼んでいる人がいるような振りをした。
「えっ、グウェン、先生がわたしを呼んでるの?」と、自分のそばにいる生徒に向かって素早くわたしは言った。その子は途方に暮れているようだったけど、わたしは構わなかった。逃げろぉぉぉぉぉーっ!
わたしはどうにか女子トイレに隠れた。そして自分の変装を外した。ああ、これはどういうこと? わたしはすごく途方に暮れた。新しいグラディストになされるのは何だろう? 何? わたしは知らない!
「グラディスト、あなた中にいるの?」と、ジュリアの声をわたしは聞いた。
「ええ、わたしはここよ」ようやくわたしは、ファルゼンとハリーがいなくなったことを確認しながら、ジュリアと一緒に外へ出た。
「わたしはレオンに、あなたがどこにいるか尋ねたの。すると彼は、失敗したらあなたはきっとここに隠れるって言ったのよ」
レオンの疫病神!
「レオンはわたしに何もかも話してくれたわ。ケニーにも。でも大丈夫よ。ケニーは誰にも言わないと思うわ」
ぎゃあああ! どうしてわたしの秘密を知ってる人がますます多くなるの? これは、あの大きな口をしたカエル君のせいよ!
「ケニーは知っても大丈夫よ。でもロジャーには知られないように。あるいは他の人にも。それからティシャにも」
「いいわ、先輩! ケニーは一緒に帰ろうとわたしたちを待ってたの。ティシャとスーザンは先に帰ったわ」
とても義理堅い彼女たち! 畜生! 彼女らを待っていたから、わたしはまだ学校にいるのにね。
「えっ、グラディストだわ。さっきレオンは、ハリーとファルゼンが帰ったとあなたに伝えるようわたしに指示したの」とケニーは、わたしたちが彼女に出会うとそのように言った。「まったく正直なところ、あなた自身のことを知ってわたしはとても驚いてる。そんなこと想像できやしない。わたしは本当に、あなたのようになりたいわ」
「それは、あなたがわたしのことを知らないからよ」と、わたしは言った。このわたしはね、世界でいちばん可哀相な女の子よ。いやん。
「わたしは、あなたのように素晴らしい作品をひとつ作れるようになりたいわ」と、ケニーは言った。
「ケニー、あのあなたの作品は、本当に素敵よ。わたしなんかあれほどのものを作れやしない。心配しないで。わたしはジャレッドと喋ったんだけど、彼は辞退することを考えたりしてるみたいよ」
「本当なの?」と、ケニーは訊いた。彼女は嬉しそうだった。
「あなたはジャレッドと話をすることができたの? 本当にすごいわ」と、ジュリアが言った。
実はわたし、少々嘘をついてるわ。でもジャレッドが辞退するって確信してる。とにかく言わなきゃ!
わたしは、起こっているすべての顛末を、頭痛がする中で考えていた。わたしには何をなすべきか分からなかった。つまり、今わたしは健忘症を患っているみたいだった。何故ならその証拠に、もうちょっとでわたしの世界が砕けてしまうというのに、わたしは今とてものんびりした気分だからだ。なるほど、わたしは確かに健忘症を患っている。
「わあ、そこにいるのは誰?」と、ジュリアが言った。白くてとっても長いリムジン車があるのをわたしは見た。その中にわたしの生活を駄目にしてしまえる人が見出されないことをわたしは願った。すでに多くの人がそうなっているからだ。
「ああ、もういいわ。今日知りたいことはもう充分よ」と、後を任せてわたしは言った。そしてわたしたちも学校をあとにして立ち去った。
そのあと家に着くや否や、わたしは眠りたくなった。そしてわたしはもう目覚めないことを望んだ。おそらくわたしは夢の世界に居住することがあるのだ。