15 秘密
わたしの周囲で起こった異変を、わたしはものともしなくなった気がする。だけどよくよく考えてみれば、すべてはいっそう…生き生きして!いっそう面白くなってきた。ちっぽけなことがそののち人の人生を変えることができるなんて夢想するのは難しい。わたしが守ってきた秘密のように。おそらくそれこそ新しいわたしの本の題名、『秘密』だ。
今は本当に気分がよくない。ティシャは記録を作るのに忙しい。何の記録かは知らない。何に関心があるのかも。スーザンは生徒会の会議があるので今はここにいない。そして最も気分がよくないのは、立て続けにわたしをじっと見つめる二人の人だ。ロジャーとジュリアはまったくまばたきをしない! 待てよ待てよ…誰がジュリアのそばにいるの? どうして彼女も一緒になってわたしをじっと見つめるの?
もう充分よ! いま彼らにわたしは近づこうとしている。「ティシャちゃん、ちょっとね、わたしはまずジュリアのところに行きたいの」ティシャは「うーん」と言うだけだ。それは「はい」を意味するのかしら?
「ジュリア!」と、わたしは話しかけた。彼女はわたしに返事をした。わたしが来て彼女はとても嬉しそうに見えた。彼女は本当にわたしの著作に恋してしまったのだろうか?
「ねえ、グラディスト! 紹介するわ、こちらはわたしの友達のケニーよ」と、ジュリアが言った。それじゃあ、彼女の名前はケニーね。
「ねえケニー、あなたは何をしているの?」どうしてあなたはじっとわたしを見つめるの?
「ごめんなさい、グラディスト。実は…」ケニーは自分の持っているノートを開いた。するとそこには、わたしの顔がとても大きく描いてあった。彼女はわたしを絵に描いている! その絵の出来はとても素晴らしかった。
「あなたの絵、とっても素敵! どうしてわたしを絵に描きたいって言ってくれなかったの?」と、わたしは言った。わたしはあなたのためにポーズを取ることができるではないか。同時にポーズの練習だ。以前のようにまたキャットウォークで歩かされるかもしれないけど。次回は準備しなきゃ!
「言うのが恥ずかしかったの。先に行くわね。このあと絵を描く課外活動があるの」
「いいわ、じゃあね」と、わたしとジュリアは言った。彼女は今わたしだけと一緒にいることで嬉しそうだった。
「ねえ! じゃあ、今あなたが考えてることは何?」と、ジュリアが尋ねた。わたしがずっと考え事をしていることに、彼女はさっきから気がついていたようだ。
「どうしてわたしが自分のペンネームを秘密にするのか知りたいだけよ」と、わたしは言った。
「本当に、どうしてなんだ?」
どうして突然レオンがやって来るの? ああ、いやだわ!
「あなたはここで何がしたいの?」と、わたしはきつい言い方をした。
「訊いちゃいけないのか?」
「いけないわよ!」
「以前から、おまえはいつもケチだ」と、レオンが言った。ああしまった、チーズネズミ君とぎゃあぎゃあ言い合うのは億劫だ。わたしはジュリアだけを見つめた。彼に気を配る必要はない。
「だから、何故わたしは自分の名前を秘密にするのか考えてるの。ママが言ったんだけど、これはわたし自身の願望だから、それでママはわたしの名前を秘密にするよう、わたしに命じたの。わたしはママの言おうとしてることが何なのか分からない」
「それはおまえの親のほうが、おまえ自身よりもおまえのことを分かってるということだ」と、レオンが言った。
わたしは彼を黙らせるべきだったが、もう言ってしまっていた。「あなたは何を言いたいの?」
「おまえの親がおまえの習性を知っていたからだと思う」と、賢振り君が言った。
「実際にわたしの態度はどうかしら、ねえ?」ジュリアは、わたしたちが二人そろって口論し合うのをごくごく熱心に見ているようだった。
「おまえはすごい隠したがり屋だ」
「何ですって?」本当はわたし、隠したがり屋? 違うわよ! わたしの著作のことを除けば、わたしは何も秘密にしたりしない。「わたしは本のことを秘密にしてるだけよ」
「本当か? 本当にその本ひとつだけか? 他のおまえの著作はどうなんだ? おまえはきっと、他にも書いたことがあるんじゃないか?」
うぎゃあ! 彼がわたし自身よりもたくさんわたしのことを知っているなんて信じられない。嫌だわ!
まったく突然、わたしたちの座っている場所を突き抜けてケニーが走っていった。彼女はその顔を伏せていた。泣いていたのか?
「どうしてケニーが?」と、わたしは問うた。彼女にはとても憐みを感じる。
「分からないわ」と、ジュリアが言った。
「あっちへ行って、あの子を助けてやれよ」と、レオンが指図してきた。「おまえは良い娘だからな」
こ奴め! でも指図されなくても、わたしはきっと彼女を助けに行くでしょうよ。
ケニーはどこにも見当たらなかった。わたしは学校の周辺で一生懸命彼女を探したけどいなかった。わたしは何故か罪の意識を感じた。そういうわたしだ。わたしは時々、心を痛めている人を敢えて見ようとしないことがある。あるいは放ったらかしにされた人がいるのを見る。わたし自身、放ったらかしにされているのよ。たぶんそのためよね?
「ケニー?」わたしは美術室に行ってケニーを探した。ジュリアが言うには、実際大部分の時間を彼女はその教室で過ごすから、彼女がそこにいる可能性があると。すごいわ、絵を描くことのできる人。わたしが家の絵を描けば曲がってしまう。本当に絵を描くことなんかできない。でもわたしにはまだ他の、著作するという才能がある。
「ケニーはここにはいないわ」と、わたしを見たときにベル先生が言った。彼女は美術を教えている、とてもいい先生だ。でもわたしは美術には興味がないので、彼女のことはそれほどよく知らない。人が言うところによると、彼女はとても気立てが良くて聡明なのよ。「あなたがケニーを探すなんて、何があったの?」と、彼女は尋ねた。
「えぇと、さっきわたし見たんです…」
「彼女は泣いていたの?」と、ベル先生は尋ねた。
「ええ、どうしてご存知なんですか?」
「ああ、そうなるだろうと思ってた!」ベル先生は怒っているようだった。彼女は自分の頭をつかんだままくるくる歩き回った。
「本当に何が起こったんですか?」心配になってきた。わたしはケニーとは何の関係もないにもかかわらず。
「彼女の絵はきっと、学校側に拒絶されたのよ」と、ベル先生は不平を言った。
「はあ? でもケニーの絵はとても素晴らしいわ! どうしてそんなことが?」実際わたしは彼女の絵をひとつ、すなわちわたし自身が描かれた絵を見たばかりだ。それはそれは本当に素晴らしかった。質感といい、色彩といい、すべて完璧だ。「どうして拒絶されたんですか?」
「あなた、名前は何て云うの? わたしの授業を取ってる?」と、ベル先生は尋ねた。
「グラディスト・スウィングと云います。私は先生の授業を取ってません」美術には選択科目がある。絵を描くか彫刻するか、手工芸かを選ぶことができる。わたしはね、ママが手工芸品を作るのがとても上手だから、それで手工芸を選んだ。少々不公平よね、ははは…
「一緒にお茶を飲むのはいかが? 実は誰かとお喋りをしたいと思ってたのよ」と、ベル先生は言った。まあ何てこと、どうして今までベル先生と近づきになったことがないのかしら? 彼女は絶対にいい人! 一生のうち、もやもやを吐き出すためだけにお茶飲みにわたしを誘う先生がいたことはまだなかったわ。普通は職員室に呼ばれたら大きな問題があるだろうということではないか。来年は絵を描く授業を取ろうと思う!
ベル先生とわたしは、あとで汚れることなど気にすることなく床に座り込んだ。わたしたちは二人そろってお茶をすすった。わたしは少しずつ飲んだ。苦かったからよ! その間にベル先生はすべてを物語ってくれた。「知っての通り、ケニーが天才的な絵描きだったらってわたしも思うわ。わたしはとっても彼女の作品が好きよ。ニューヨークで催される絵の展覧会があるの知ってる?」
「いいえ」
「それで、もちろんケニーはその絵が展示される一人としての地位を得てるわ。でもケニーは自分を信じるということに欠けてる。だから彼女は校長に自分の絵を渡すときペンネームを使ったの。本当は彼女の絵は受け容れてもらえるのよ。でも先に彼女は校長に実の正体を知らせてたみたいなの。校長はそのまま彼女の絵を拒否した。それがわたしの推測よ」
「でも何故? 絵を描いたのがケニーだったら何故いけないの?」
「グラディスト、問題なのはこの世で何人かの人だけが名前や裕福さや名声を気にかけるということよ。校長は本当は成績優秀で絵を描ける生徒を選びたかったの。でもケニーは新人だった。前の絵は今ほど素晴らしくなかったけど、彼女は絵が上手くなるよう一生懸命だった。そのときの名前は少しも有名じゃなかったけど。校長が芸術をものすごく好きだってこと、知ってるわよね?」
「ええ、知ってます」校長室の壁はすべて絵画で覆われている。彼は絵画のマニアなのね?
「絵が展覧会で展示される人はすごい生徒であってほしいと彼は思ってるの。というのは、あとで彼とその子がインタビューされることになるからよ。 自分の学校が成果のある学校だって思われるようにしたいの。ケニーは絵を描く子の中では新人で、他の授業での成績は満足できるものじゃないから、結局彼は普通に絵画コンテストの勝者となって素晴らしい成果のあるジャレッドを選んだわ。そのうえジャレッドの父親も校長に賄賂を贈ったみたいなの」
「まったくひどいわ! その誰かの作品は地位か何かに影響されないのですね!」
「あなたは本当に彼女を理解していると思うわ。今は大部分がすべて名前で決定されるのよ」
「名前?」
「前にわたしが絵描きになったときのことを知りたい? わたしは展覧会で場所をひとつ予約していた。でも間近になってその場所の所有者がそれを取り消してきた。というのは、その場所を使いたい有名な画家がいたのよ。ショックで本当に落ち込んだわ。今あなたが見れば、あなたが名前に見合う地位をもっていれば、あなたは何でもすることができるわ。他の人に損害をもたらすかそうでないかは重要じゃないの」
「まったくひどいわ! どうして先生はその場所を強く求めなかったんですか?」わたしがそんなことをされたら、きっと強く求めるわ。
「わたしは問題を大きくしたくないのよ、グラディスト」わあ、わたしの対処より賢明だということね。「知ってたかしらグラディスト、この世のすごい人はみんな拒絶されたことがあるのよ。だから、決して失敗することを恐れないでね。憂愁な作品というものは他の人によって決められのじゃなく、自分自身によって決められるのよ。一つの作品の中にあなたの魂の一部が見出されるのだから、決定をなすのはあなたよ。あなた自身の他にそれを悪いと言うことができる人はいないわ」
「それは素晴らしい言葉ですね、ベル先生」
「ええ、わたしはそういう言葉を集めるのが好きなの。そういうものを読めばいつでもいい気分になれるわ。えっ…何時になったかしら? あなた帰らないの? ごめんなさい、わたしもう帰らなきゃ、グラディスト。今日はあなたとお喋りをすることができて楽しかったわ」
「わたしもです、ベル先生。そうだ、もうひとつ質問です、ベル先生」
「何かしら?」
「どうして先生はこの私とお喋りをしたかったんですか?」
ベル先生は微笑んでから返答した。その微笑みはわたしをとても心地よい気分にさせた。「誰かとお喋りするなら問題があるときのほうが愉快だからよ。それにわたしはあなたが好きなの。あなたのオーラを味わうのが楽しみよ」
それを聞いてわたしはとても嬉しかった!
美術室を出たあと、わたしは戻ってケニーを探した。そして彼女が学校の長椅子に一人で座っているのをわたしは見た。彼女の眼は赤かった。それで思い出したことがある! わたしがまだ小さかったとき、わたしの友達になりたい子がいなかったときのことだ。わたし自身を見ているような気がした。もしそのときだったら、気になることもあった。
わたしがケニーに近づいたとき、わたしたちはお互いに分かり合うかのように見つめ合った。わたしと同じものが彼女にあるような気がした。そしてわたしは彼女を抱擁し、彼女はわたしの抱擁の中で泣いた。これこそ彼女が必要としていたことだ。小さいときだったら、こんなふうにわたしをハグしたがる人がいた。ハグを一回するだけで気分が良くなることがある。信じてよね。
ベル先生の言葉を考慮すれば、人の作品はその作者氏の魂の一部だ。『ウェスト・カウボーイ・ストーリー』においては、主人公はその父親を探していく。たぶんわたしもそれと同じだ。失った何かを探しているのだ。
わたしは決定をなした! 今からは、自分自身の諸問題を大きくしすぎないことだ。わたしはケニーの手助けをしよう! そしてわたしも常に自分の名前を秘密にしよう! 何故だか分かる?
前に作文のコンクールがあって、わたしの国語の先生が学校を代表する人を選ぶことがあった。わたしは選ばれたことがない。ティシャだけがわたしを指名したけど、その先生は気にかけなかった。実はレオンが本気だった。わたしは作文ができるなんて誰にも言ったことがない。みんながわたしを選ばないだろうということを、わたしが知っているからだ。わたしは参加したい気はあったけど、何故だか参加したくない気持ちもあった。
ガルリーン・ヒスという名前をいつも使うことをわたしは決めた! 新人でもきっと成功できるということを示そう! そしてわたしが手に入れたその成功のときに、本当はわたしが誰なのか全世界に知らせよう。素晴らしい小説を書くことができる、わたしのようなアマチュアの一人だということを彼らに示そう。彼らはきっと、それをなしたのがわたしのような普通の女の子だとは考えないだろう。見ていなさい!
追伸:今日は聴く価値のある授業に遭遇した。そしてわたしは今その格言をとてもよく理解することができる。「本の中身を装丁で判断するな」