12 大地はわたしを呑みこんだ
今日はいつものように歩くことをわたしは期待する。以前の普通の日々のように。眠りから覚め、朝食を食べ、学校に行き、学校から帰り、宿題をして、テレビを見て、夜食を食べ、眠る。そうなのよ、普通のひとりの女の子が毎日行なう活動のパターンであるべきではないのか? このわたしは普通の女の子ではないか。今はわたしほど特殊な者はいない。どうして突然わたしの生活のパターンが変わったのか? わたしが作家になったからか? たぶん他の作家たちは生活がごく普通なのにね? わたしの生活の何が間違っているの?
これからは、何が起こったとしても、もう驚いたり大げさに言ったりするまいとわたしは決めた。もし何かがあれば、頭を冷やして問題を解決しよう。
ママとパパが台所で一緒にいる。パパはいつもママより早く起きるので、わたしは驚くべきところだ。だけど、もう驚くまいと約束したのだ。それにこれは些細な問題に過ぎないのだ。大げさに言う必要がない。
「何が食べたい、グラディスト?」とパパが尋ねてきた。
有難いわ、パパがまた料理してくれた。
「何でもいいわ」とわたしは言った。どうしてますます疲れた気がするのかしら?
「たくさん食べなきゃ、グラディスト、あなたの体の健康のために」と、ママが言った。
これは奇妙だ。どうしてママはわたしにこんなにも優しいのかしら? 驚いてはいけない。驚かないわ、ものすごく不思議なだけよ。いつからママは栄養のある食べ物について関心があるのかしら? 方針を変えないで料理してよ。
「実はわたしの体に何かあるの?」と、わたしは尋ねた。これは奇妙な朝だ。
「あなたはもう若者よ。自分の体が健康でなかったらって想像してみてよ」
「もういいわママ、本当にママが言いたいことは何か正直に言ってよ」と、わたしは言った。わたしはもう大きいから、このような聞こえのいい欺きには騙されない。もちろん二人に話してほしいことはある。さあて、全部見えるわ。別のトリックを創作したのは親たちじゃないのか? せいぜい彼らはわたしに行かせたい大学のことをお喋りしたいだけよ。他に何があるというの? お金が全部銀行から盗まれて、そのためわたしは大学へ行くことができないの? 実際にそうだとしても、わたしはそれほど驚くまい。
「ええと、実はね…」その声を聞いたわたしはすごく物憂そうな顔をしていた。だけどママは何も説明しなかった。ただわたしに何かを手渡しただけだった。それは朝刊の新聞だった。その第一面には、ガルリーン・ヒスという名前が大々的に書いてあったのだ。ぎゃああああ! 待てよ、わたしは驚かないって約束したのだ! でもこれは危険だ!
「あなたは『ウェスト・カウボーイ・ストーリー』という本をもう読みましたか? それを書いた人がマディソン高校に在学する16歳の少女だということを知りませんか? ガルリーン・ヒスが偽名に過ぎないことはつい最近知られるようになりました。その作者氏の本名はまだ知られていませんが、…」
幸いにも彼らはまだわたしの名前を知らない。もし知ったらどうなるの? わたしはじっくりとそれを読むことができず、彫像のようにこわばってその新聞を見つめた。そしてそのあと、わたしは悪魔が取り憑いたようになった。それは本当のわたし自身ではなかった。わたしの頭はもう自分の体を制御することができなかった。そのあと自分の口が、「それで、本当は何故?」と語るのをわたしは聞いた。これは間違いなくわたしではない!
「パパは思うんだけど…なあ、お前いま気が狂ったようになっただろう。だけどその反応は極めてまともだよ。そうだったら構わないさ。お前が何ともないならパパたちは嬉しいよ。先に行くよね」と、パパは言った。
もちろんパパはわたしを慰めるか助言を与えるかしたのではないか。どうしてそのまま行ってしまうの? それにわたしはまだ、自分自身が極めてまともだとは信じられないと思う。これは奇妙よ! あとで学校に行ったらどうなるかしら?
「グラディスト、あなた新聞を読んだわね?」当然のことそういう問いを、校門でわたしと会ったときにティシャが発するだろうとわたしは推測する。わたしはただ息を呑むだけだ。
「グラディスト!グラディスト! あなた学校のホームページを見た?」
スーザンが走ってわたしたちに近づいてきた。彼女はパニックになっているみたいだ。何が起こったの?
「学校のホームページにあなたの写真があるわ」と、彼女が言った。
何ですって? 学校のホームページにわたしの写真がどうやって入り込むことがあるの? これは絶対に考えられないことだ。見かけはのんびりしているように見えるけど、わたしはますます心配になってきた。これこそわたしをパニックにさせることだ。わたしはもうグラディスト・スウィングではなくなってしまった!
ティシャとスーザンがコンピューター実習室のほうに走っていったので、わたしは彼女らの後ろについて歩いていった。実習室に入ったとき、そこにダルシーとメイアンがいるのをわたしは見た。
「あんたの写真とっても素敵ね、グラっち」と、ダルシーが言った。
ひょっとしてわたしを写真に取ったのは彼女らか。えっ、待てよ。コンピューターの画面をわたしは注視した。これはまだわたしが赤ん坊のときの写真ではないか。レオンの疫病神め!
「じゃあどうして? あなたもちろん自分の赤ちゃんのときの写真を装飾用に自分一人で持ったりしないわよね?」と、ものすごくきつい調子でわたしは言った。グラディスト・スウィングが用いる普通のきつい調子ではなく、ものすごい病的なきつさだ。
「あんた何があったの、グラっち? 薬を飲み間違えた?」と言ってから、メイアンは笑った。
「わたしじゃなくて、薬を飲み間違えたのはあなたよ、メイアン。あなたが拒食症を患ってること、本当にわたしが知らないとでも思ってるの?!」と、わたしはきつい言い方をした。みんながそれを聞きつけて好奇の眼でメイアンを視た。あら、どうしてわたしはこんなに残酷なことを言うことができるの? だがメイアンは何も困惑していない。間違えたのはわたしだ!
「あたしは何も困らないわよ」と、メイアンは言った。だけど、さっきわたしの言葉を聞いた人たちはささやき始めた。わたしは自覚していないけど、噂をまき散らしているのだ。だからわたしはものすごく呆気にとられた! わたしはメイアンを泣かせたのだ。これまでわたしはまだ誰かを泣かせたことがなかった。どうしてわたしはこのようにも邪悪になったの?
「泣き虫ねえ!」おやおや! こんなことを言ったなんて、わたしは信じられない。
わたしの思考は呑みこまれ、わたしの頭は働くことができなかった。自分の意識がなくなったようだ。このあとわたしが正気づいたのは、わたしがレオンを学校の養魚池に突き落としたときだ。ティシャとスーザンはわたしから離れていたようだ。今わたしは何が起こったかを認識している。
一人で座り、時々わたしは泣きたい気がした。わたしは初めからの場所に、わたしがよく隠れた場所であるつまらない倉庫に戻った。有難いことに、わたしの体はまたわたしが支配者になることに成功した。
「おい」気がつけばレオンがわたしを見つけていた。彼の上着はまだずぶ濡れだった。彼はわたしのそばに座った。わたしは自分が何をしなければならないのか分かっていた。
「ごめんなさい」と、わたしは言った。
「構わないよ。おれは確かにああいう仕打ちを受けて当然だ」と、レオンは言った。
そのとおり! あなたは確かにああいう仕打ちを受けて当然よ。だけど、わたしはまだメイアンについては罪がある。
「さっきのわたしは自分自身じゃなかったの」
「知ってるよ。おれの知ってるグラディストは社交下手っ子の恥ずかしがり屋で怒るのが好きで、好奇心が旺盛でものすごくおれを憎んでる」と、彼は言った。
疫病神だ。気がつけば彼はまだ好んでわたしを嘲ってくる。まあ、今回は何でもないわ。今回だけはレオンを許そう。
「それで、何が起こったんだ?」と、レオンは尋ねてきた。
「たぶんどこかでわたしはあなたに写真のことを知らせたのね」
「でも、おまえはもちろんケンには知らせたよね?」
「あなたの知ったことじゃないわ」
「もしおまえがケンに知らせたんなら、ケンがおれに全部知らせてもいいのじゃないか?」
「いいわよ」と、わたしは矛をおさめた。
「そうだ、それこそおれの知ってるグラディストだ。人柄がとっても従順だ」そしてレオンは笑った。むかつくわ!
「気をつけなさい。あなたに良くないことが起こるよう祈っておくわ」
「おまえはまだもっとたくさん祈るべきだと思うよ」
「どうして?」
「ファルゼンがおれたちの学校に来たからさ」
「何ですって?!」
「さあ、それこそおれが好きなおまえだ! おまえはいつもショック顔で滑稽になる」
「いつなの?」
「ついさっきだよ」と、レオンは言った。
わたしはレオンをあとに残してまっしぐらに走った。ファルゼンはきっと新聞を読んだあとでここに来たのだ。あるいはむしろ彼自身が新聞記者にわたしのことを知らせたのだ。彼はいま何がしたいのか?
ガツン! わたしは誰かにぶつかった。あの男でないことをわたしは願った。お願いだから、彼でないように! わたしが難儀なことを体験するのが習慣になっているのは、きっとタイミング違いなのだ! ぶつかったのがファルゼンでないことをわたしは願った!
「グラディスト?」その人は立ち上がるわたしの手助けをしてくれた。えっ、明らかにファルゼンではない。でもこの人は誰なの? どうやってわたしの名前を知ることができたの?
「あなたは誰なの?」と、わたしは尋ねた。この人と同じ学校だけどわたしが知らないだけかしら? 馬鹿なわたし!
「僕はロジャーだ。覚えてないか?」
わたしは頭を左右に何度も振った。
「僕は君の家の隣りに住んでる」
うわぁー、それじゃあ前に家の窓から頻繁にわたしをじっと見つめていたのはこの人? 自分の隣りに首ったけだったらダルシーと同じだとわたしは言ったことがあるじゃないか。この人が聞きつけたらどうしよう?
「ロジャーですって? 思い出したわ。ええと、ロジャー、わたし急いでるの。あとでまたお喋りしましょうか?」わたしは走って行こうとした。
「君の家に行くことはできるかな?」
わたしは彼のほうに自分の顔を回して言った。「ええ、また会うときまでね」愚かにもわたしはまだ走りながらだ。どうしてこういうことがいつもわたしに起こるの? その状況はいつも立て続けに悪い!
ガツン! どうしてわたしは走っているときにロジャーをふりかえなければならないの? どうして? それにどうしてわたしは今ファルゼンとぶつからなければならないの? ドウシテ?
「ゴメン」と、ファルゼンが言った。その発音がすごく滑稽だったので、わたしは笑いそうになった。インド人はみんな、英語を喋るとそんなふうなの?
「ダイジョウブ?」この人はわたしを知っているの? この人はわたしを知っているの? 幸いにも本の展覧会で彼がわたしを見たときは、わたしはまだハリーのファンに変装中だった。それがわたしだと彼が気づきませんように!
「僕たちは会ったことがあるかな?」と、ファルゼンが尋ねた。
「はあ? どこで会うことがあるの? わたしはまったく家を出たことがないわ。ましてや本の展覧会になんか…」馬鹿! どうしてわたし、本の展覧会に行ったことを言うの? 馬鹿!馬鹿!馬鹿! 「わたしが言いたいのは、家を出ることがめったにないということよ」できるだけ早くここから逃げなきゃ。
「君はグラディスト・スウィングか?」
違うわ! どうやってこの人はわたしの名前を知ったの? すると学校の制服に自分の名前があるのをわたしは見た。ののしられよ、学校の制服!
「えっ、はい」これは危ない!危ない!危ない!
「それじゃあ、君はティシャ・モウネと知り合いか?」
「はい」と、またわたしは言った。この人はティシャと何の関係があるの? そうだ、わたしは忘れていた。ティシャはファルゼンとチャット友達ではないか。どうしてわたしはそのように重要なことを忘れられるの?
「ちょっと尋ねてもいいかな?」
「たぶん駄目です。このあとの授業に向けていろいろ準備しなきゃなりませんので」
「でも今は学校の帰りだ」と、ファルゼンが言った。
「はあ? 学校の帰り?」ああそうだ、わたしは自分一人になっていないから、時間が早く過ぎても認識できないのではないか。わたしは世界で最も変な人だ。
「そうだったら、たぶんいくつか質問をすることはできるわ」と、わたしは言った。いやん。わたしは崩壊過程の途中だ。
「君とティシャはよく打ち明け話をするのか? 秘密を分かち合ってるのか?」
「いいえ」と、わたしは言った。わたしがそういうことを正直に言うなんて信じられない。だけど、確かにわたしの知るかぎりでは「いいえ」だ。ガルリーン・ヒスについてだけは彼に知らせるわけにはいかない。それはね、彼がガルリーン・ヒスを憎んでいるからよ。
「ここ最近ティシャは変な行動をしていないか?」
「しています」
「ティシャはガルリーン・ヒスをひどく憎んでいないか?」
「憎んでいます」
「そういうことなら、ありがとう。君はすべてを僕に知らせてくれた。僕は自分で結論を手に入れることができた」そのあと彼は表情のない顔をして行ってしまった。
彼が理解したのは何? ナニ? 本当にわたしが言ったのは何? 何? 大地はわたしを呑みこんだのね?