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マイ・シークレット・アイデンティティ  作者: アルディナ・ハサンバスリ
10/17

10 ハリー来たる

 今こそわたしの全生命をかけて闘うときだ。何が起ころうとも、わたしは命を保持し続けなければならない。ハリーがわたしを亡き者にすることを許すまい。

 実はわたしはまた変な夢を見た。第二次世界大戦の場にいる夢を見たのだ。わたしは兵士の一人になり、レオンとハリーが敵になっていた。ティシャは敵の司令官になり、こちらの司令官はポールだった。わたしはまんまとティシャに殺されたが、墓の中でケンという名の天使がわたしを救ってくれた。これは良い夢か悪い夢か、どちらに属するのだろう?

 ティシャはきっと、わたしがいま彼女の家の前に立っていたらと考えたことがないだろう。これはわたしの計画の一部だ。その計画とは、ハリーとティシャが顔を合わせてしまわないようにすることだ。これは危険な場合がある。だけど、どんなに危険でもわたしは耐える勇気がある。

「グラディスト? あなたここにいたの?」ティシャはわたしを見てびっくりしたようだ。彼女のそばにはスーザンがいる。

「ええ。本当はわたし、まだあなたの家に入るのを許してもらってないの」あはは、ティシャが罠の中に入ったわ。

「それは違うわ。今はここに来る人がちょうど足りないときというだけのことだわ」

「スーザンが来てるじゃないの」

「それは…スーザンとわたしはバレエの練習をしてるって言いたいのよ。あなたはできないじゃないの…」

「わたしは観るだけで大丈夫よ。バレエを演じるのって楽しいわね」

「本当なの? 構わないわ。どうぞ入って」と、ティシャは仕方なく言った。

「わたしとスーザンは先にお茶を入れるわね。あなたはここで待っててね」と、ティシャは言った。

 ここで待つ? きっと何かあるわ。ついて行こう、ああ…

 わたしはティシャとスーザンが台所のほうへ行くのに、彼女らの後ろからこっそりついていった。彼女らが台所へ入ったときだ。わたしは聞いた、というか、こっそり聞いてしまった。神様許して、これは不測の事態よ。

「じゃあどうする? グラディストに帰れって言うのはどう?」と、スーザンが言うのをわたしは聞いた。

「駄目よ! あの子があとで不審に思うかもしれないわ。本の展覧会の催しに、一緒に行くほうがいいわね。あとでそこに着いたらすぐ、グラちゃんをあとに残して散り散りになりましょう。作家たちへのインタビューが終わったら、また新たに彼女と集まって、迷子になっちゃったって言うのよ」

 ふうーん。じゃあ彼女らの計画はそういうことか。それならあとでわたしは、切手のように貼りついてやるわ。彼女らはわたしを残して行くことはできまい。あはは! 実は熱心にも、その人の会話をこっそり聞いてしまったのだ。

 わたしの計画は成功するわ! わたしは彼女らにずっと貼りついてやる。彼女らが距離を置こうと心掛けていると、知らないと思われている(知っているけど)わたしは次々と彼女らを追いかけて、「あなたたち、どこへ行くつもり?」って言うの。

 ティシャは微動だにできない。わたしは笑いをこらえるため一生懸命になる。とっても滑稽ね。だけど、まだ今のところハリーがやって来る兆しはない。ひょっとして彼は来ないのか? 彼が来なかったらどうしよう? わたしの努力は無駄になってしまうわね。もし来なかったらハリー、あなた気をつけなさいよ! えっ、でも彼が来なかったら、それは素晴らしいことじゃないかしら? まあいいわ、とにかく来るか来ないか、もしハリーがティシャとお喋りをしてしまうよなことになったら、気をつけなさいよハリー!

 ああ、危ない! わたしは計算違いをしていた! ティシャとスーザンがまんまとわたしから脱け出した。危ない! こうなると彼女らの立場がますます悪くなるかもしれないじゃないの?

「やあ、グラディスト!」気がつけば魔物だ。ここでレオンは何をしているのかしら? 嫌だわ!

「あなた、ここで何をしてるの?」と、怒ったようにわたしは尋ねた。

「君は僕を見ても嬉しそうじゃないね」と、優しく彼は言った。優しく? ひょっとして彼はケン? ああ!わたしはケンに怒ってしまった! あわゎゎゎゎ!

「ごめんなさい、わたしに怒る権利はないわ。ここは公共の場だから、誰が来てもいいのよ」

「はあ? お前がおれに謝る? 間違ってないか? 薬を飲み間違えたか、それとも薬が足りなかったのか?」と、今はそんな語調で嘲ってくる。実は彼はレオンだった。どうしてわたしは彼みたいな被造物に謝ったのだろう?

「そうよ、薬を間違えたの」と、わたしは言った。間違いなくわたしはほとんど狂ってきた。

「悩みが深いのか?」と、レオンは尋ねた。

「違うわ。どうしてわたしに深い悩みがなきゃいけないの?」と、わたしはきつい言い方をした。

「さっきからお前を心配してるんだよ。同じところをくるくる回って茫然自失って感じだ。悩みがないなら、つまるところ他に何がある?」

「迷子になったの」と、わたしは返答した。

「おまえが迷子?」彼は笑い出しそうだった(誰がその返答をマジだと思う?)。「こんなところで迷子とは。お前どうかしてるな」

「わたしが言いたいのは、友達からはぐれちゃったってことよ」彼はもうホントにむかつくわ。

「さっきティシャとスーザンを見たよ」

「どっちの方向で?」

「作家たちがサインをしているところだよ。ティシャがガルリーン・ヒスについて彼らにインタビューしてたみたいだ」

「何ですって?!」

「だから、実は悩みがあるんじゃないか?」

「説明してる時間はないわ」その言葉を発したあと、わたしは自分が行なったことがまったく信じられなかった。わたしはレオンを、作家たちがサインをしている場所に引っ張っていった。レオンを無理やり引き連れ、いっしょにそこへ行った。一人で行くことだってできるのに。どうして彼を連れて行ったりするのか? わたしは何に付き添われたいのか? だけど何故彼でなければならないのか? ああ、もういいわ…あとで考えるわよ。

 わたしはティシャを見た。彼女とスーザンは動き始めていた。これはどういうこと? どうしてね、事態はだんだん悪くなるの? 背高ハリー氏がティシャから遠くないところにいるのをわたしは見た。ティシャが作家たちにインタビューをしていったら、あるいはあとでハリーのほうにも行くことになるだろう。これはどういうこと?これはどういうこと?これはどういうこと?

「あなたはわたしを助けなきゃ!」わたしがレオンに助けを求めたなんて信じられない。だけど、これはもうホントに危機的な事態だ。

「お前がおれの助けを求める? 信じられない! だけどその見返りは何だ?」

「何でもいいわよ!」何でもいい? わたしがそんなことを言えるなんて、どういうこと? レオンはわたしの命を求めることだってあり得るのに。ああ、そんなことを考えている時間はない!「レオン、ティシャとスーザンをあなたは邪魔するのよ。二人がハリーに出会ってしまわないようにするの。わたしはハリーを邪魔するわ」

「ハリーって誰だ?」

「駄目、駄目。ティシャを邪魔するのがわたしで、ハリーを邪魔するのがあなたね」

「ハリーって誰だ?」

「でも、あの場合はどうしよう…」

「ハリーって誰だあ?????」

 そのあとわたしはもう自分をコントロールすることができなかった。わたしは自分の膝をつかみ、泣きたいとまで思った。でもわたしはレオンの前では泣きたくなかった。だから、わたしは耐えた。

「おい、おまえ大丈夫か?」と、レオンは尋ねた。

 わたしは返事をしなかった。

「おれはティシャを邪魔するよ。ハリーはおまえが邪魔しろ、誰でもいいや」とレオンは言い、それからティシャのほうに行った。

 わたしはびっくりした。レオンがわたしを助ける? いつから?

 わたしがまだ幼稚園児だったときにママが言ったことがある。そのころのわたしはやたら怒りっぽかったので、わたしと友達になりたがる子がいなかった。だけど、それは何人かの子がわたしを妬みやすかったせいで、自分の感情がいつも穏やかでなかったのだ。うんざり、うんざりだったのよ。わたしは学校に行きたくなくなった。ママは言った。「太陽が沈んだときに人はみな眠るの。太陽が昇ったときに人はみな起きるのよ」わたしはママが言ったことの意味が分からなかった。彼女が言ったのは、要するにすべてのものはその場合というものがあるということだ。だけどその場合場合は、遂行されたり邪魔されたりできないことがある。例えば、眠りたいときにワールドカップの催しがあれば結局わたしたちは朝まで眠ることができない。だけど重要なのは、わたしたちには考えというものがあり、そのためわたしたちを邪魔する物事というのは、手のひらで叩くことのできる小さな蚊のようなものに過ぎないということだ。そうか…いつからわたしは母が話すことを聞くようになったのか? だけど、その助言は確かにこの場合には役立つ。

 わたしはまた立ち上がった! また立ったのだ。とにかくわたしはここで降参はしまい。ハリーはわたしが手のひらで叩かなければならない蚊で、そうすれば再び妨げになることはない。だけど、妨げになっているのはハリー?それともティシャ? とにかく何であれ、この問題をわたしは終わらせるだろう! それにレオンが手助けをしようとしてくれた。あの被造物はいつまた助けてくれるだろうか?

 ハリーに接触しそうなほど近づいてきているのを思い出した。わたしは自分では自分自身になることができない。ハリーがわたしを認識すれば彼はきっとわたしを呼び、ティシャはおそらくそれを聞く。そしてそれは良くない結果を招くだろう。変装して他の人になるのを試みるにしても、わたしは他の服装やアクセサリーを持っていない。だから計画は全部失敗だ。たとえわたしがグラディスト・スウィングの双子の姉妹だと言ったとしてもそれは嘘で、嘘は良くない結果を招くことをみんな知っている。我が問題はやはりただ嘘と秘密によるものだ。だから、わたしの計画は全部良くないのだと結論づけることになる。これはどういうこと? いやん…

 待てよ…レオンはいつものようにおしゃれな恰好をしているではないか。わたしが彼の眼鏡とジャケットを借りたらどうだろう? リストバンドも髪の毛をはさむのに使うことができる(危機のときだから仕方なくね)。わたしはハリーのファンになった振りをしよう。だけど、ティシャにばれることなくレオンにどうやってそれを言うのか?

 レオンが、ティシャそしてスーザンとお喋りをしているのをわたしは見た。そしてわたしの脇の机にある紙の一山をわたしは見た。うーん、またアイデアが浮かんだわ。

 多分ティシャに話しかけているのはレオンだ。わたしは一山の紙を次々に丸めてレオンに投げつけた。彼はそれに気づいたみたいだけど、ちょうど首尾よく彼の頭に命中させるまでは気にかけていなかった。命中させるとついに彼はふりかえってわたしを見た。彼はティシャにバイバイをしてわたしのほうに歩いてきた。

「お前、なんで紙をおれに投げつけるんだよ?!」と言ったレオンは、怒っているみたいだった。何でもいいわ!

「あなたの眼鏡とジャケットを貸して」とわたしは言い、そのあとのレオンの反応を待つことなく、そのまま彼の黒い眼鏡とジャケットを勝手にわたしは剥ぎ取ったのだ。「あなたのリストバンドも。この帽子も素敵ね」

「お前おれに追い剥ぎをするのか?」レオンはわたしから自分の持ち物を取り戻そうとしたが、わたしは急いで駆け出した。その最後にわたしが聞いた言葉は、「その娘は狂ってる!」だった。

 何でもいいわ! 構うものか。

  *

 危ない! ティシャがハリーのほうにやって来たけど、わたしは先にハリーのサインを求める振りをして列に並んでいた。この次はわたしの番だ!

「やあ、それで君の名前は何といいますか?」と、ハリーが尋ねた。幸いにも彼は座っているのだ。わたしはもう上のほうを見上げる必要はない。

「わたしの名前はロッチャ・スウィ…(変な名前だけど、思いついたのはそれだけだ)。 サインが欲しいです。わたしはあなたの(ああ、その本の名前は何だっけ?)『スラッシング・ヘブン』という題名の本がとても好きです」

「題名は『ファイティング・トゥー・ヘブン』だよ」と、ハリーは言った。

 グラディストは忘れ屋なんだから!

「ああそう、その本」

 ハリーは何かを待っているようにわたしをじっと見つめた。

「それで、そのサインはどこに欲しいの」と彼は尋ねた。馬鹿! ファンがみんなハリーの本を持ってわたしの後方の列に並んでいるのをわたしは見た。わたしは何も持って来ていない!

「わたしのジャケットにね」と、わたしは言った。わたしがレオンのジャケットを脱いだとき、ハリーは驚いたように見えた。たぶんレオンはわたしを亡き者にすることになるわね。

「ああ、構わないよ。でも他にないかな?」ティシャがハリーに出会わないように、わたしはずっとそこにいなければならない。だけど他のハリーのファンたちはかんかんに怒り、わたしをすぐさま隅へ退かせようとした。ああ、どうやってハリーはわたしより多くのファンをもつことができたの?

「お訊きしたいことがあります」とわたしは言った。わたしは大急ぎで訊くべき質問を探した。だけどわたしの思考は行き詰った。そしてハリーの机に白い水が入っているコップをわたしは見た。わたしがこんなことをするなんて信じられない。

 ハリーの上着にその飲み物をこぼしてしまったあと、「わざとじゃないわ」とわたしは言った。ハリーのファンはみんなわたしに怒っているようだったが、わたしは気にしなかった。「上着を替えたほうがいいですね。ごめんなさい」と、わたしは言った。

「必要ないね、他の人も僕のサインを欲しいみたいだ。だから交替だよ」と、彼は言った。その言葉からすると、彼は小さい子供だとわたしのことを考えたようだ。わたしの後方の誰かが、隅へ退くようにわたしを押した。仕方なくわたしは隅へ退いた。するとティシャもハリーのところで列に並ぼうとしているのをわたしは見た。わたし死にそう。

 他に方法はない。唯一の道は、ハリーに本当のことを知らせることだ。わたしがガルリーン・ヒスだということを。ハリーは信用できそうだ。すぐさま紙を一つ取り、わたしはそこにすべてのことを書いた。そしてハリーの机にそれを投げたけど、的が外れた。そして信じられないことが! あり得ない! ティシャはハリーのところで列に並ぶことができなかった! わたしはその紙を取り戻さなければならない! むかつくわ!

 拾った! すぐさまわたしはそれを破ってゴミ箱に詰め込んだ。広げたらゴミ箱に入ったけど、何か落ちたものがある。自分の問題は終わるだろうと思ったけど、実は違った。わたしは捨てるものの大きさを間違えた!

「こんな出鱈目にゴミを捨てるなんて良くないな」誰かが落ちた紙切れを拾い集め、切れ端の一つを読みあげた。「ガルリーン・ヒスは偽名です」という声がした。何故その紙を完全に破らなかったの?!!!!

「ガルリーン・ヒスを君は知ってるの?」と、その人は訊いてきた。

「いいえ。わたしは紙切れが散らばっているのを見たので、拾い集めてたんです」

「ああ、そうですか」と言って、結局その男の人は去って行った。

 しまった!その切れ端はまだその人が持っている。そのあと何かあるとわたしは理解した。その人の額に印が一つあったから、彼はインド人だ。しかもわたしが理解したことはまだある。彼のジャケットの後ろには名前が書いてあった。その名前がファルゼン・ホルムだったらと、そのあと何かの瞬間にやっとわたしは理解した! ぎゃあああああああああ!

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