デブは腹が減るのが早い
強烈な飢餓感で目が覚めた。
ぐるぐると鳴るお腹と回る目に吐き気が込み上げてくる。
慌てて目を瞑って自分の体勢を木に凭れる様にしていつでも吐ける準備をしておく。
タオルケットしか身にまとっていない今、これに吐いたら裸で過ごさなくてはいけない。
それだけはなんとか阻止しないといけない。
うええと吐く体勢になってもえづくだけで何も出てこない。
昨日から何も口にしていないのだから当たり前と言えば当たり前か。
しばらく吐き気と戦って漸くマシになってきた所で自分の今の状態に気が付いた。
カピカピで何だかよく分からないけれどタオルケットが赤黒い物で染められていた。
しかも所々体に張り付いていてバリバリ剥がすのが若干痛い。
「ふしゅー、何だろ、これ」
臭いを嗅ぐと生臭い臭いに鼻を寄せる。
どこかで嗅いだことのある臭いに記憶を辿らせて、昨日の事を思い出した。
集中力が切れて勢いよく地面に落ちた時、何か硬い物をお尻に敷いた感触がした様な気がする。
「まさか……」
嫌な予感がしつつ、魔法で体を浮かせて何とか昨日の場所まで戻るとそこには見るも無残に潰された昨日の肉食獣の姿があった。
内臓や骨を巻き散らかしており、中々スプラッタな光景だ。
その様子に吐き気を催すかと想像していたけれど、そんな事は無く逆にまだ蠅などの虫も集っていないその肉を見て腹が鳴った。
「いや、流石にこれを食べるのは駄目だよなあ。
ふしゅー、でもお腹すいたなあ。
ちょっとつまむ位なら良いかなあ。
いや、でも生だしなあ、ふしゅー」
そして思いついた。
「魔法で加熱すればいいじゃん!」
思い立ったが吉、早速目を閉じて目の前の死体を頭の中で解体していくのを想像する。
皮を剥いで、内臓抜いて、骨を取って肉を成形して、と想像したところで目を開くと正に想像したとおりに解体された肉塊があった。
この調子ならいける!と確信し、今度は頭の中でその肉塊をじっくりと火で焼いていく。
何があるか分からないからしっかりと中は火を通して、表面は程よい焼き加減でと想像していると肉の焼ける良い匂いが漂ってきた。
そろそろかなっと目を開くと想像通り美味しそうな焼け目の入った肉塊が転がっていた。
地面にダイレクトに置いてあるのが気になるけれど背に腹は変えられない、そんな事よりも腹を満たすのが先だと目の前の肉塊へと手を伸ばして拾い上げる。
手が油でべとつくが気にせず、手にした肉塊に勢いよく齧り付いた。
程よく脂がのっていながら程々に絞まったアツアツの肉。
塩などの調味料はついていないけれど素材そのものの味がしっかりと出ていてとても美味しい。
空腹は最大の調味料と言うのは本当だと思う。
今まで食べた物の中でもダントツに美味しい気がする。
夢中になって貪り付き、指についた肉汁まで舐めとったところでようやく一息ついた。
「ふしゅー、お腹が減り過ぎてで死ぬかと思ったけど何とかこの場を凌げて良かった。
だがしかし!今ので食べられる物は無くなった。
肉食獣は血の匂いに誘われると昔ネットで見た気がする、ふしゅー。
血の匂いで塗れている今、もしかしたらその臭いに誘われて昨日の様に肉食獣に襲われるかもしれない。
ふしゅー、それを回避するために日が暮れるまでに安全な場所に移動しないと」
そうぶつぶつと呟き、早速移動しようと目を瞑って想像力を働かせる。
今の所自分がどこにいるのか分からないけれども、とにかく移動しなくてはと勘で方向を決めてふよふよと移動していく。
しばらく進んで陽が頭の上あたりまで来た頃、運よく人に踏み固められたようなしっかりした道を見つけた。
この道に辿っていけばいつか人に出会えるかもしれない、そう思って道に辿ってふよふよと移動していくが陽が暮れ始めても一向に人に出会う気配は無かった。
「ふしゅー、これは……もしかして今夜も野宿のパターンかな?」
そうげっそりした思いで最悪の未来を想像していたその時、微かに人の声の様な音が聞こえた気がした。
「全軍突撃!!このチャンスを逃してなるものか!」
カッと目を見開き、自分を鼓舞するかの様に進撃ポーズをとった後さっきまでとは段違いに早い移動速度で道を辿って進んでいく。
進んだ先は道が開けて大きな場所となっており、そこには小さな少年と少女、そしてその周りを囲むように昨晩も遭遇した肉食獣たちがいた。
「ふしゅー……お邪魔しました」
「助けて下さい!」
「お願い!」
良心は痛むが我が身が一番可愛い。
そう思いさり気無く撤退しようとしたが縋りつかれてしまった。
肉食獣たちも何故か二人ではなくこちらへと向きを変え、臨戦態勢へと入っている。
「ふしゅー、私、こいつらを撃退できる様な手段が無いんだけど…」
「そんな嘘つかないで下さい!貴女がかなりの魔法の使い手だと言う事はその体型を見れば一目瞭然です!」
体型で魔法の使い手だと分かるって一体…?
そう質問しようとした時、肉食獣達が一斉に遠吠えをし始めた。
二十頭はいると思われる数が一斉に遠吠えをしたのだから近くにいる者としてはたまったもんじゃない。
その場にいる全員が耳を押さえ、眉に皺を寄せる。
しばらく叫んだ後、獣たちは同時に遠吠えを止めた。
ホッとして耳から手を放した時、どこからか地鳴りが聞こえてきた。
その音は段々と近付いてき、それと同時にメキメキと何かが折れる音も聞こえる。
首を傾げていると子供たちが青い顔で「もう駄目だ」とか言っているのが聞こえた。
「ふしゅー、ねえ、この音って何?」
「この音ですか?この音は」
そう少女が言おうとした時、メキメキと音を立てて木をへし折りつつ、周りにいる肉食獣達を熊位大きくした様な姿の大型肉食獣が現れた。
顔色が青から白へとシフトチェンジした少女が泣きそうな顔でこっちを見て言った。
「キングウルフの足音です」
立派な巨躯で目の前に現れたキングウルフと呼ばれる肉食獣はその存在感を主張するかのように大きく一つ吠えると私を睨み付けてきた。




