デブは起き上がれない
「ふわっ!」
ガクンと落ちるような感覚で目を覚ました。
視界には青い空と鬱蒼と生い茂っている木が映っている。
首を左右へ回すと雑草の生えた地面が見えた。
どうやら状況から察するに私は地面に寝っ転がっている様だ。
起き上がろうにも腹筋が無い上に脂肪が邪魔で起き上がれない。
いつもはリモコンを押せばベッドが起き上がってくれるのだが残念ながら今寝ているのは地面でありそんな機能は無い。
「ふんっ!」
とりあえず掛け声と共に起き上がろうとしてみたが一ミリも浮かなかった。
「ふしゅー、すみませーん、誰かいませんかぁ」
叫んでみたが何の反応も無し。
と言うか人の気配が全くない。
……あれ、もしかして私ここでそのまま野垂れ死んで第二の人生終了!?
そんなまさか!?
……そのまさかかもしれない。
あれこれ試したがそれから人が来る気配もなくただ時間だけが流れて行き、空が赤く染まり始める。
あー、この世界も元の世界と同じで夕焼けがあるんだなと軽い現実逃避をしている時にふとあの男の言葉を思い出した。
『大丈夫!ちゃんと魔法が使えてデブに都合の良い世界にしておきますから!』
あれ?もしかして、魔法で起き上がれるんじゃね?
物は試しだ、やってみよう。
「起きれ」
変化なし。
「起こせ」
変化なし。
「ふしゅー、起き上がれ」
変化なし。
「上半身を起こせ」
変化なし。
「富田冬子の上半身を起こせ」
変化なし。
「ふしゅー、我の上半身を起こすがよい」
変化なし
「スタンドアップ」
変化なし。
「起こしてください」
変化なし
「ふしゅー、座った状態になれ」
変化なし。
待って、魔法使える気がしないんだけど。
ここはこうちょちょいっと簡単に使える場面じゃないの?!
そもそも、どうやって魔法って使うの?!やり方を事前に教えておくとか脳にインプットしておくとか無いの?!
今まで使った事無いから分かんない!!
……ん?今まで使った……
もしかして、っと頭の中でキーボードを想像して自分が死ぬ前にやっていたゲームの起き上がりのボタン を押してみた。
その結果……変化なし。
ですよねぇー、人生そんな甘くないですよねぇー。
第二の人生でもままならない自分の体に目が潤み始めるのを目を瞑る事で我慢する。
あぁ、私はただ、こう起き上がって周りを見渡したいだけなのに。
頭の中で起き上がった姿を想像していると、不意に体が何かの力で起き上がった。
「おおう?!」
が、なにぶん腹筋が無いので微妙な角度に起き上がった体は力が消えた途端に勢いよく元の体勢へと倒れ込む。
幸いにも背中の肉で後頭部は守られた。
痛いのは嫌だけれどもここは我慢して何とか魔法を使える様にならなくてはこのままだと100%野垂れ死ぬ。
大丈夫、自分を信じるんだ!!
物心つくころから妄想に明け暮れていた自分の想像力を今こそ発揮する時だ!
やればできる!ネバーギブアップ!
熱血スポーツマンの様に心の中で自分にエールを送る。
とりあえずさっきと同じように目を瞑って自分が起き上がった姿を想像するとまた何かの力で体が起き上がるのを感じた。
そのままの状態を意識しながらゆっくりと目を開けると、さっきより高くなった視線から自分の周りの状況が見えた。
薄暗くなった森、ちょっと離れた、視覚出来る距離にいる、まるで私を包囲するかのような陣形をしている見た目肉食獣っぽい動物の群れ。
………OH、これ私狙ってんじゃね?
絶対そうだよね!?良い感じに自分では動けなくて脂がたっぷり乗っているのがいたら狙わないわけないよね!?
やばいやばいやばいやばい、これは早急になんとかせねば!!!!
急いで目を瞑って自分がその場で上昇し始める姿を想像する。
イメージはガスの入れられた風船だ。
ちょっとずつ浮いて体感的に漸くさっきまでの自分の頭位まできたかな?と思った所で周りから咆哮が聞こえた。
そして、地面を蹴って走ってくる音。
メーデ!メーデ!!緊急上昇!!!緊急上昇せよっ!!!
必死でさっきより早い速度で自分が上昇しているのを想像すると、若干早くなった気がした。
目を開けられないから変化があったのかは分からないがそんな気がした。
大丈夫、私ならいける!!
根拠なくそう自分に自信をもってみた所で、自分の右側に何かが勢いよく当たる衝撃と髪を力一杯引っ張られている痛みが頭皮に走った。
思わず目を開くと、肉食獣が私の髪を咥えた状態でぶら下がっていた。
集中力が切れ、勢いよく地面に落ちる。
キャンッ!と言う鳴き声とボキリと何かが折れる音、何か硬い物をお尻に敷いた感触がしたが今はそれを確かめる余裕はない。
幸い、髪を咥えていた肉食獣は落ちた衝撃で離れたが今私の周りには手を伸ばせば届きそうな距離で肉食獣たちが取り囲んでいる。
このままでは確実に喰われる!!
今から浮いている余裕は無いし逃げる獲物をこいつらは見逃してはくれないだろう。
目の前には獣たちの中でも一際大きい、群れのボスであろう個体がいる。
こいつをなんとかすればまだ助かるかもしれないと言う考えが浮かんだがどうやってどうにかするかまでは恐怖で頭が回らない。
ごくりっと唾を飲み込んだ音がやけに大きく聞こえたと思った所で、ボスを筆頭に獣たちが襲い掛かって来た。
「ば、バリアああああああああ!!!」
腕を目の前に掲げてギュッと目を瞑るとキャインッと鳴き声が聞こえた。
とっさに自分の周りにバリアが張られているのを想像してみたのだが、なんとか上手く言ったみたいだ。
良かった!成功して本当に良かった!!
そう安堵したのもつかの間、爪で何かを削る様なガリガリと言う音が周りから聞こえてくる。
バリアが破られたり想像する集中力が切れたら即、死が待ち受けている。
私は必死でテレビで見たアニメを参考に強固なバリアを想像し続けた。
絶え間なく続くガリガリと言う音が聞こえなくなるまで、私は必死でバリアの事だけを考えていた。
削る音が消えてからもしばらくはバリアを張り続け、結構時間がたったかなと思った所で恐る恐る目を開けると、辺りはすっかり暗くなっていた。
そっと周りを見渡してみると、獣たちの姿はない。
一先ず危機が去った事にホッと息を吐く。
けれども、またいつ襲ってくるか分からない。
今のうちにどこか安全な場所に移動しなくては。
確か、映画か何かで木の上なら安全と言っていた気がするのでとりあえず目に入る木の中で一番大きい枝へと移動する事にした。
なんとか枝の上まで移動したが、少し座ってみた所でミシミシと音がしたので慌ててまた浮き上がった。
結構な高さまで上昇したので落ちたら死ぬと言う極限状態で私は目を閉じて必死に空中に浮かぶ自分を想像し続ける。
途中、意識が落ちかけて体がガクンッと落ちかけては慌てて集中を朝が来るまで繰り返した。
辺りが明るくなってからようやく地面に降り立った私はあの男が言っていたデブに優しい世界とか絶対嘘だと思いながら急激な睡魔に敗北した。




