勇者さんは憂鬱です。
かるーい息抜き。気軽に読んでちょ。
「はぁぁぁぁぁ……」
ため息が漏れる。
これで何度目だろう?
「はぁぁぁぁぁ……」
やったら豪華な部屋に通されて。
めっさ美味い飯をご馳走してもらって。
それなのに俺の気は滅入ったままだ。
女の子のおっぱいみたいにやわらかいソファにぐったり寝転がりながら、無意味に「あー」とか唸ってみる。
「失礼します!」
ノックのあと、こちらが「入ってこないでください」と返す前にドアが開いた。
「はぁぁぁぁぁ……」
憂鬱の元が来たせいで、またため息が漏れる。
「どうでしょう。その後、お考えの方は!」
にこやかに微笑みながら近づいてくるのは、そこらじゃまんずお目にかかれない超絶美人。
魔法の国からおいででございとばかりの白亜の輝きを放つドレスを違和感なく着こなしてる。
というか、実際に魔法の国のお姫さんらしいが、名前は忘れた。
「勇者様、どうかこの国を――」
「いや絶対なんかの間違いですから」
俺は一応姿勢をただして、ソファに座り込みながら答える。
「ここはひとつ騙されたと思って」
「無理無理。無理の無理無理ですよ」
今までと同じやりとりを繰り返す。
まるで禅問答だ。
「俺が勇者なわけないんですよ」
「信じられないのはわかります!」
くわっと眼光を鋭く光らせる姫さん。
怖い、怖いですから。
「いきなり呼び出されて、助けてくださいなんていわれて、信じられるわけないですよね!」
「わかってんなら帰してくださいよ」
「そこをなんとか!」
はぁ……やれやれ。
どう言ったら伝わるんだろう。
「いやね、お姫さん……」
「ですからフィンリーとお呼びくださいと」
「お姫さん」
「フィ――」
「姫さん!」
「は、はい」
ようやく居住まいをただしてくれた。
この人はほんと俺の話を聞かないからな。
「いいですか。この際、俺を召喚したのはいいでしょう。楽しみにしていたコ●ラのマ●チの最後の一口を食べ損ねたことについても、大目に見ましょう」
額を抑えつつ首を横に振りながら、食べ物の恨みを思い出す。
あ、なんか腹が立ってきた。
「それでも俺は勇者じゃないんです」
はっきり目を見て伝えたつもりだったんだけども、目の前のお姫さんは目をキラキラさせてた。
「いいえ。あなた様は勇者さまです!」
おっきなお胸をぷるんとふるわせながら、くっそいい笑顔を浮かべるお姫さん。
だめだこりゃ。
「そもそも、お姫さまや。俺のどこをどう見れば勇者に見えるんで?」
ここで初めての質問をぶつけてみる。
今までもずっと思っていたけれど、聞くまでも無いことだと思っていたことだ。
「たとえば、その……大きな角とか!」
「ふむ」
うん、確かに生えてるね。
こめかみあたりから左右対称に山羊めいた角が生えてるよね。
「あと、その凶悪そうなお口元!」
「ほうほう」
うん、たしかにちょっとワイルドだよね。
八重歯なんか他よりも伸びてて、かぷっとやったらダメージ与えられそうだよね。
「あと……わたくしたちとは明らかに違う、その肌色!」
「せやな」
うん、肌は青色だよね。
君みたいな真珠を思わせる白い輝きを放ってないよね。
「絶対に勇者様に違いありません!」
「なんでそうなる!」
俺の叫びにも、姫さんは不思議そうに首を傾げるのみ。
「はぁぁぁぁぁ……どうしてこうなった」
かつての俺はマジモンの魔王だった。別に世界を滅ぼそうとか支配してやろうとか思ってたわけじゃない。なんか魔族どもに担ぎ出されて適当にやってたら魔王ということにされてしまっただけだが、一応普段から身だしなみは整えていたので、自負ぐらいはある。
それがなんやかんやあって日本にトリップした。
「最初のうちはいろいろトラブルを起こして公権力のご厄介になったり。国家諜報機関といろいろあったりしたけど」
「ほええ」
「人間に変身してからは現代文明とやらを存分に謳歌しつつ帰化してね。身分を偽造して高校生活をエンジョイしていたわけよ」
「すごいですね」
「そんで文化祭が近くってさ。ようやくクラスの出し物を女子の反対を押し切ってエロメイド喫茶にしてさ。すっごい楽しみにしてたのにさ。なんでや! なんで俺はまたファンタジーに帰ってきとん!?」
「それが勇者さまの運命なのですよ!」
「どう見ても勇者じゃなくて魔王だろーが! むしろ勇者に倒される側であって、なにをどう間違えたら勇者に見えるんじゃい!?」
どす黒い瘴気オーラを出しつつ威嚇するが、この姫さんにはまったく効果がない。
それどころか、「ああっ!」とか感動の叫びをあげておられる。
「なんて人間離れした魔力! やはりわたくしの目に狂いはありませんでした!」
「いや狂いに狂いまくってんよ! どう見たって神々に祝福された勇者ってカンジじゃないでしょうに!」
「とにかくあなたは勇者なのです!」
びしぃっと俺に指を突きつける。
そういうの日本だとスゴイシツレイだよ。
薬指とか詰められますかんね。
「はぁぁぁぁぁ……」
……おわかりいただけただろうか。
ここ一週間ほど、似たような問答を繰り返しながら軟禁されているのだ。
別に脱出しようと思えばできるのだが、日本への帰り方がわからない。だからこうして姫さんの説得を試みていたのだが……もう限界だ。
「いい加減にしないと、俺もそろそろ堪忍袋の尾が切れますよ?」
基本的に俺は寛大だ。
少々の無礼だって許そう。
反乱を起こした魔族は、首謀者各位に四百年の耐久正座だけで許してやった。
俺の暗殺を企んだ魔界宰相だって、八千年のトイレ掃除禁固刑で助命したくらいだ。
だが、怒らないわけじゃない。魔王は怖いんだぞ。がおー。
「はっ」
どうやらさすがの姫さんも俺の変化に気づいたようだ。
顔を青ざめさせて、自分の肩を抱きしめる。
「まさかわたくしの貞操を強引に奪おうというのですか?」
「いや、そういう生々しいのいらない」
「えっ。そんな……」
俺が軽く手を振って遠慮すると、姫さんはなぜかショックを受けていた。
「姫さんを人質にとって、俺を送還するよう王国を脅迫するんだよ」
回りくどく言っても伝わらないだろうから、はっきり言ったる。
「何故そんなことを?」
ところがそれでも通じなかったらしく、姫はまたしても小首を傾げた。
「帰りたいんだよ。ずっと行ってるだろ」
そう。
日本という国が、俺は大好きなのだ。
だから帰りたい。
「エロメイド喫茶が待ってるのはもちろんのことだが、無数の娯楽に満ち溢れたサブカルチャー天国で何の目的もなくただ生きることが、たまらなく楽しいんだよ。
娯楽もなく余興でもしないと退屈だった魔王時代にはない刺激が詰まったあの世界が、たまらなく愛おしい!」
「は、はあ……」
俺の語りに圧倒されたのか、姫が生返事を返してくる。なんか初めて勝った気がした。
「だから俺は帰るの。一応魔王だし、勇者なんて無理なの。これでもだいぶ辛抱したかんね。悪いのはそっちってことで――」
と、姫に魔の手をのばした瞬間。
爆音とともに、部屋の壁が弾けた。
「……は?」
「……へ?」
何が起きたのか。
俺も姫さんも間抜けな反応しかできない。
「グッハハハハ! 迎えに来たぞ、姫ェ」
下品な笑い声とともに瓦礫の塵煙の中からぬいっと顔を出したのは、赤黒いドラゴンだった。首だけしか見えていないが、この大きさからして相当な体躯だろう。
「あ、あああ…………」
姫が恐怖のあまり顔面蒼白になっとる。
こういうとき、わからない俺のために「あなたは●●!」みたいに説明するのがアンタの役目でしょうに。
「ま、物語のようにはいかんか」
俺はドラゴンに向き直った。
「……で。おまーさんが、この国を困らせている悪竜というわけか」
姫さんから耳タコなので、そういう話があったというのは覚えている。
ドラゴンが姫を嫁だか生け贄だかにどーちゃら、と。
「なんだ貴様は……」
不機嫌そうに喉を鳴らしながら、ドラゴンが誰何してくる。
「勇……いや、ぜったい違う。魔お……もなんかな。うーん」
どう答えていいのかわからん。
「ふざけたやつだ。まあいい、死ね!」
いきなり大顎をぐわっと開いて炎の吐息を浴びせてきた。
俺は適当に魔力壁を展開し、炎を遮断する。
「洒落のわからんトカゲだなぁ」
「なっ……」
必殺の吐息だったのだろう。魔力壁で守った俺と姫周辺の部屋の壁は赤黒く染まり、家具などはマグマみたいにドロドロに溶けている。
「俺を焼き尽くすつもりなんだろうが、姫を巻き込むぞ。おつむも足りんのか」
「なんだと!」
軽く挑発してみたら、ドラゴンが目尻あたりの鱗をビクビクさせた。
「というか、放火は日本だったら死刑又は無期、あるいは5年以上の懲役だぞ。お前の場合は殺人未遂も追加だな」
さすがに意味がわからなかったのか反応がない。なら、わかりやすく言ってやろう。
「だけど俺は寛大だからな。デコピンで許してやる」
右手をふわりと上げてデコピンのポーズを取る。
「貴様……殺す!」
するとドラゴンが何の芸もない宣言と爆上げした殺気とともに襲いかかってきた。バカ口をでっかく開けたかみつき攻撃が迫る。
「ん、素早い」
さすがにドラゴンというだけのことはある。
「けど無駄が多い」
中指を弾く。周囲の空気と魔力が爆散して破壊エネルギーが誕生した。これに軽い指向性を与えてドラゴンの眉間に撃ち放つ。
「ギアアアアアァァァァ…………!!」
ドラゴンが周囲の瓦礫やら渦巻く風とともに、どっかへ吹っ飛んでいった。
巨躯がイチ○ーのレーザービームよろしく弧を描いてキラリと空の星となる。
「彼我の力量ぐらい気配で察せ、痴れ者が」
指を鳴らすと、部屋が空間の記憶どおりに復元した。
うむ、思った以上に出来がいい。
「この世界の精霊も気遣いができるみたいだな」
「す、すごい……」
羨望を通り越して呆然としている姫さんに、俺は自嘲気味にふっと笑う。
「……わかっただろう? これで俺が魔王だと理解し――」
「さすが勇者様!」
おおう。
思わずコケてしまったじゃないか。
「いやさ、どの辺の俺が勇者だったわけ?」
「あなたはわたくしを……いや、この国を救ってくださいました! これが勇者でなくて何だというのです!」
むう。そう言われると、返す言葉がない。
この姫さん、俺のあきれ気味の呟きにも祈るように両手を組んで感激しとる。あれだけの恐怖を体験したはずなのに、もうけろっとしてやがるとは。大した高野豆腐メンタルだ。
「ひ、姫! 何事ですかー!?」
ようやっと兵士やら大臣やらが部屋に押し寄せてくる気配があった。
まあ、一瞬の出来事だったからな。彼らは悪くない。
なんか姫さんを人質に交渉って雰囲気でもなくなっちゃったし、今日はこれでいいか。
「やれやれ……」
最近じゃ定位置となったソファにごろりと寝転がる。
「勇者様」
「あーん?」
背中越しに姫さんの声が聞こえる。
振り向かずに続きを促す。
「ありがとうございます。本当に、嬉しかったです」
その声が、とても美しかった。
どんな表情をしているのか気になって首を巡らせようとして……やめる。見てしまったら、帰る決意が鈍る気がした。
「……ふん。明日は絶対に帰してもらうかんな」
「ふふっ。そうはいきませんからね!」
あのドラゴンを撃退しただけじゃ、俺は帰してもらえないだろう。姫さんの話だと、この世界にも自称魔王がたくさんいて超絶ヤバイという話だからな。
明日からも延々と会話ならぬ会話を繰り返すことになる。
「ありがとう、ねぇ……」
姫さんが駆けつけた兵士たちを押しとどめている声を聞きながら、誰にも聞こえないようひとりごちる。
その日から、不思議とため息は出なくなった。