こいごころ
「また君か…」
「お邪魔してまーす」
ソファに腰掛けながら顔だけを入口に向けて、入ってきた副会長に手を振った。溜息を吐きながら自分の配備されている机に向かう様子にこちらへの慣れが滲みでている。せめて何故此処に居るか位聞いて欲しいものだが。
夕陽の差し込む生徒会室には珍しく私と副会長の2人しか居ない。他のメンバーは席を外しているだけなのでその内戻ってくるだろう。
「せんぱーい」
「…なんだ」
「梓と会長ってどうやったらくっつくと思います?」
あ、むせた。
「げほっ…君は俺が誰に惚れているか、知っているだろう?」
「ええ、まあ」
言うまでもない。皆のスーパーヒロイン梓ちゃんに決まっている。むしろこの学園に梓に惚れていない男子など存在しうるのだろうか。もし居るとすれば寺か神社の生まれか…いや、対悪魔なら教会の方かな。というかどんな生き物でもあのチート悪魔に全く勝てる気しないのはなんでだろう。
ともあれ、副会長様の言い分的にはなんら間違いはない。何が楽しくて想い人とライバルの恋に関して自分が聞かれなければいけないのかと、真っ当な主張をしている。
うん、知ったことか。
「だってどう見ても会長以外脈ないじゃないっすか」
「………」
どれだけイケメンに迫られようと彼女の見つめる先はたった一人だ。私の思い込みなどではなく、誰が見てもそう思うだろう。彼女は全身全霊で彼に恋をしている。あちらへこちらへ揺れ動くヒロインが大量に溢れる世の中で、たった一人の人を愛する梓を私はそれなりに好ましいと思う。心から応援しよう。
選ばれなかった人間の苦悩など知ったこっちゃないのである。
「…わかってる…わかってるんだそんなこと!!!」
暫く無言の間を過ごした後、突如副会長が立ち上がり机の上に万年筆を叩きつけて叫んだ。怒りで顔が赤く染まり、御しきれない激情で身体が震えている。
「だからなんだと言うんだ!!何故君にそのように言われなければならない!?」
「君に言われずともとっくに知っているんだ俺は!俺は…ッ!!!」
言葉の途中で息が詰まったのか、そのままストンと椅子に戻った。頭を抱えて必死に息を整えている。その肩はまだ震えていた。
ソファから立ち上がりコツリコツリと足音を立てながら傍らまで歩み寄った。副会長はただ無言で震えているだけだ。激情のためかそれとも泣いているのか。顔の見えない状態だと判別がつかない。
その震える肩に触れようとした、寸前。
呼吸が一瞬乱れた。
触れていいのか。
たとえ、造られた偽物の恋だとしても
私が触れていいものなのか、これは。
そのまま無言で手を下ろし、踵を返した。暴走しがちな恋に刺し込む釘としては十分だろう。ただでさえ進展していない二人に野暮な真似をされては困るが、この調子なら問題なさそうだ。
生徒会室の扉を開け、逃げるようにその場を立ち去る。扉を閉める音に紛れて、どうしておれではいけないんだ、などと声がした気がした。答えが何処にもない事など彼が一番知っているだろうに。
魅了による偽りの恋心に踊らされ、苦悩する様を悪魔はきっと腹を抱えて笑って見ているんだろう。いずれ破滅しか待っていないと知っていても、無感情に底まで叩き込もうとする私と同じように他人事として。
別段どうでもいい話なんだが。
涙が出る訳でもないし、胸が痛くなる訳でもない。
ただ、副会長を慰める資格など最初から持ちあわせていなかったなと、改めて認識しただけだ。
ああくそ、煙草が吸いてえなあ。