失態(後編)
「いやあなんだ、まさか麗しの副会長様に人間扱いして頂けるなんて思ってもみなかったですよ。なんせ自分以外の人間は全て豚かかぼちゃだと認識してるもんだとばっかり。ぬいぐるみや犬畜生とキスしたところで勿論世間一般の常識的にノーカンに決まっている。ということは私の事をきちんと人間、かつ女性として意識してくださっていたんですねわあ嬉しい今日を記念日にして毎年菊の花を飾ろうかしら!
まあ、とりあえず
うっかり私に惚れてもいいんだぜ?」
全力で殴られた。解せぬ。
「暴力反対」
「君がそれを言うのか!!」
「え、はい。当たり前じゃないですか。私が先輩に暴力振るった事なんてあります?」
「先程…!」
危機感のない人だなあ、この人。
「わたし、さっき、なにか、してましたっけ?」
携帯電話を彼に見えるように手で弄びながら、きょとんと首を傾げて返す。
地雷の上でタップダンスを踊りたいなんて、なんてドエムな先輩だ。自分が常に上位に立てるだなんて思い込んでいるんだろうか…あ、普通にありえるなそれ。
「………っ」
「先輩なにか見たんですか?」
「………いや……なにも。なにも、見ていない」
「そう」
空気を読むのは生きていくのに必須のスキルだ。社会人になっても使える技能なので若いうちに叩き込んでおくと吉。
こちらの人前でガチ泣きした17歳児こと麗しの副会長、東雲時雨とは実はそれほど親しい訳ではない。梓関係で何度か顔を合わせた程度で会話した回数も数える程だ。それが今隣で座っておしゃべりしてるんだから世の中の縁とは全く不思議なものである。悪魔補正的ななにかだろうか。考えた途端背筋が少しぞわっとした。
「そういや今更ですけど先輩って童貞なんですね」
「ぶほおっ」
「うわ、きったね!やめてくださいよ人にツバ吐きかけんの」
「な、ななな…!」
「え、なんでそんなビックリしてんの?キス程度であんなギャン泣きするとか童貞確定っしょ?」
もはや無言でこちらを指差しぷるぷる震えているだけだ。可哀想になるくらい顔が真っ赤だが、残念ながら容赦や優しさはあいにく一昨日トイレに落としたばかりだ。
「にしてもその鬼畜イケメン顔で童貞とかギャップ狙いっすか?引くわー普通にだせえわー」
あ、また泣きそう。メンタル紙すぎないか。
「…そ、れがどうし、たと、言うのだ…!未成年が性行為を行う、など…言語道断だ!」
「先輩の大好きな梓ちゃん非処女ですけどね」
つうこんのいちげき!こうかはばつぐんだ!
「ああ、もちろん今のは嘘ですよ?梓はファーストキスもまだのピュアな乙女です」
というか梓がとっとと愛する会長様とキスしてくれたら、そのまま仕事終わるから私はあの部屋に帰れるのにな。何度もデートしてるくせに展開遅すぎてつらたん。もしかして今時の学生って皆こうなん?草食系どころか枯れてる系?
そろそろもう一発ぶん殴られそうなので、すっと立ち上がりその場を立ち去る。いくら人気のない廊下といっても、こんな場面を人に見られた日には余計めんどくさい話に拗れるに決まっている。
廊下を少し進み、後ろから足音が聞こえない事を確かめると手に持ったままだった携帯でそのまま電話をかける。リアルタイム中継中で、取ろうと思えばワンコールで電話に出れる癖に間をあけるあたりが憎らしい。
『ハロー、愛しのキティ!元気かい?』
「ハロー、マスター。どうせ見てんだろうに。元気に見えねえ?」
『全くもって見えないね!まるで死人の顔色だ!』
「死んでるからな」
相変わらず下らない冗談ばかりだが、このクソ悪魔との会話自体は嫌いじゃない。
「ところでマスター。修繕をお願いしたいんだけど」
『…あのねえ、キティ。もしかして悪魔を修理技師かなにかと勘違いしてる?』
「左手の親指以外の指全部と、両足首と右手首もイってるわコレ。あと肩もちょっとズレてる」
『お願いご主人様って言ってくれたら考える』
「呼び方はマスターにするってこないだ3時間話し合って決めたろーが」
『仕方ないなあもう。僕ってばキティにあまあまだね!』
「さんきゅー。んじゃよろしく」
電話を切ってそのまま教室に向かう。
あ、今日出席番号的に当たる日だった気がする。サボろうかな。