休日そのご
眼を開けると鼻先が触れ合いそうな距離に悪魔の顔があった。起き抜けの思考が完全に停止する。
瞬きをしながら状況を把握しようと視線をさ迷わせると、どうやら私はいつもの鳥籠の中に居るようだ。馴染みのある場所というだけでこの異様な状況に対して少し落ち着きが取り戻せたような気がする。
視線を戻すと悪魔が不気味な笑顔でこちらをじっと見つめたまま、静かに口を開いた。
「やっとお目覚めかい?僕の可愛いお姫様♡」
「なにこいつきもちわるい」
砂糖をぶちまけたような甘い声ととろけそうな笑みのコンボに寝起きのせいか思わず吐きそうになる。頬に落とされる口付けをかわすことも出来ず、現在進行形で鳥肌がおさまらない。そのまま悪魔に抱きかかえられて初めて気づいたが、両手足がころりと取り外されて完全に抵抗の余地がなくなっている。詰んだ。
「赤くなっちゃってかーわいい。食べちゃいたいくらい」
「やめろ洒落にならない」
青くなっていたとしても間違いなく赤くはなっていない。魂を賭けてもいい。この状況で照れていると思われるのは臓腑が焼けそうなぐらい辛すぎる。
身動きの取れない私を抱きかかえたまま悪魔は鳥籠から飛び降り、ケーキやスコーンなどが既に用意された席へと座る。もちろん私を抱えて膝に乗せている状態で。お仕置き時のトラウマが蘇りそうなので本当にやめて頂きたい。
「はい。あーん♡」
「…」
「あーん♡」
「…」
「…口移しの方がいいの?ふふ、甘えたな子猫だねえ」
「すいませんぜひそのフォークから食べたいですお願いしますマスター」
無言で首を横に振ろうと抵抗は無意味なようだ。事態の悪化を招くとわかった途端に即座に意見を翻す。この間も空いている手で悪魔に身体を撫で回されてるんだが、そろそろ悪魔も頭おかしくなったんだろうか。あれ?元からか?
「…マスター今日どしたの?砂糖吐きそうなくらい甘ったるい感じだけどヤクでもきめた?」
「今までハニーはたくさんの少女の恋を手伝ってきたでしょ?」
「え、ああ、うん。そうだね」
「でも可愛い可愛いレディ自身は恋する事を許されなかった…!」
「別にマスターは恋愛禁止してないから単純に私が興味なかっただけじゃね?」
「そんな可愛そうなお嬢様をとびきり、とろけそうなくらい、愛してあげたいと思って」
「呼び方変わりすぎて訳わかんなくなってきたんだが。頼むから設定統一してくんない?あと人の話を聞こ??」
「名付けてキティ☆乙女ゲーム体験計画」
「間に合ってます!!」
腹の中身をかき回されるより、残酷な嫌がらせである。話している間にもつむじに口付けを落とされるが煩わしいだけでトキメキのトの字もない。
どうにか甘ったるい朝ご飯をたいらげ膝から下ろせと睨みつけるも、悪魔の笑顔は全く崩れる様子がない。
「僕の妖精さんはおちゃめで可愛いなあ。そんなに見つめられると穴が空いてしまうよ」
「マスターは顔面穴だらけになった方がより素敵だと思う」
「そう?」
ぼこりと前ぶれなく悪魔の顔に穴が空いた。
直径3cmほどの穴はぼこぼこと増えていき、あっという間に元の形がわからないくらい穴だらけになる。穴の向こうは真っ黒だ。深さがどれだけあるかも判別できない。元は口だった場所にある大きな穴から声が響いた。
「これなら愛してくれるかい?キティ」
「完全にジャンルがホラーになってるけど乙女ゲームどこいった」
興味本位で眼球だったあたりの穴を覗き込もうとすると小さな蛇が這い出てきた。真っ白の身体に赤い眼をしていて悪魔と同じ色彩だ。つぶらな瞳がたいそう愛らしい。
蛇はそのまま私の肩にぽとりと落ちると甘えるようにすり寄ってきた。かわいい(確信)
「あーあ、キティって動物には優しいけど僕にはすごく冷たいよね!」
いつの間に飽きたのか顔中の穴は目を離した瞬間に消え去り、悪魔の声音や表情もいつもの様子に戻っていた。あのままのノリでずっと過ごされたらどうしようかと思っていたから少しホッとする。
「それは完全に誤解だマスター」
「えーホントのことでしょ?」
「私は動物にだけ優しい訳じゃなくありとあらゆるものに優しい。ただしマスター、アンタは別だ」
「僕だけ特別扱いだね!嬉しいよキティ!!」
「ポジティブ思考半端ないな!?」
差し出された火のついた煙草を素直に咥えて深く煙を吸い込み、吐き出す。手足がいまだ鳥籠の中なので首すじにすり寄ってくる蛇にもされるがままだ。すっかり飽きた様子の悪魔はニヤニヤ笑いで相変わらず腹が立つが、何か反撃する気力も起きないくらい疲労感が圧倒的に勝った。悪魔のテンションに付き合っていたらそのうち死人ですら過労死する気がしてならない。




