慰労会
「えー、本日はお忙しいなかお集まりいただきまして、まことにありがとうございます」
コホン、とわざとらしく咳払いをしつつ悪魔が乾杯の音頭をとる。閉じられた室内は相変わらず薄暗い。西洋風の壁にはいささか崩れた字でお品書きが並べてあり、きゅうりの浅漬けだの焼き鳥だの部屋の雰囲気を見事に台無しにしている。
「この度はキティのお仕事完了☆☆☆周年を記念いたしまして、このような場を設けさせて頂きました」
☆マークを単独でどうやって発音してるのかなんてもう突っ込まない。テーブルの上にはthe居酒屋メニューと言わんばかりの料理が所狭しと並べられており、作られたばかりなのかほかほかの湯気が立っていてなんとも美味しそうだ。豪奢な洋風テーブルの上でなければなお良かったのだが。
「えー、人という字は…」
「無駄に挨拶長いのどうかと思うよマスター」
「そんな!!大事なキティの慰労会なのに!?」
「確実に部下に嫌われるタイプだな」
「キティが愛してくれれば問題ないね!」
「訂正する。部下に後ろから殴り殺されるタイプ」
「死んでいるのは?」
「私だ。はい、かんぱーい」
「かんぱーい!!!」
いえーい、と適当なテンションでグラスをかかげ、そのまま一気に喉奥に流し込む。一杯目はビール、なんてお決まりの流れで十杯目も二十杯目もビールで構わない。
「つかマスター?」
「ん?」
「お集まりいただき、とか言ってたけど。私とマスターしか居ないんですがそれは」
「………え?」
「え?」
「見えて…いないの?」
「そのわざとらしい驚愕の表情やめてもらえる??」
「そんな…!キティの病状がそこまで進行していたなんて!!!」
「…もしそこに並べられてる雑な人形たちのことを言ってたなら、末期なのはマスターの方でそしてそれも間違いなく頭の病気だ」
向かい合う悪魔とゾンビの周りには普段は置かれていない小さな黒い椅子と、そこに座らせてある人形が、みっしりと足の踏み場もないくらい敷き詰められている。自身の座っている椅子から離れて鳥籠に戻るには人形を蹴散らしていかねばならないだろう。手作り感溢れる人形たちは所々縫い目から綿がはみ出ており、率直な感想としては不気味極まりない。中から人毛とか出てきそう。
「やだなあキティ。人毛なんて衛生的じゃないよ?詰めてあるのは綿と魂だけさ!」
「衛生的かもしれないが人道的ではないな」
「悪魔に人の道とはこれいかに」
「正論すぎて何も言えない…悔しい…!」
「ビクンビクンしちゃう??」
「死ね」
ガタガタと動いているのは中の魂とやらの影響だろう。居酒屋風に魔改造された室内で数十体の不気味な人形に囲まれながら、悪魔とビールを飲み合うカオス空間。この状況でいったい私は何をどう労われているんだろうか。嫌がらせ以外の何者でもない気がする。
「お友達がいっぱいで楽しいでしょ?」
「このアウェー感はどちらかと言うと呼ばれてない誕生日会に無理やり押しかけてる気分かな」
「僕の誕生日会はキティを一番に呼ぶね!」
「ありがとうマスター。持ってくのは花束でいいよな?」
「キティから花束を貰えるなんて!最高の誕生日だよ!愛してるよキティ!!」
スノードロップだけで花束を作ることにしよう。
花言葉はあなたの死を望む。
悪魔が指を鳴らすと人形と椅子は姿を消した。詰められた魂は何処に行ったんだろう。どこかに保管されているのか、はたまた悪魔の胃袋直行便か。
何事も無かったかのようにテーブルに肩肘をつき、悪魔はこちらを見ながらふわりと優しく笑う。
「キティ」
「なに?」
「…もう少し、巨乳に改造しようか?」
「慈愛の眼差しはやめてくれ死にたくなる」
「絶壁でもキティは最高に可愛いよ!」
「頼む本気で死んでくれ」
いくら他人から意識されにくいようになってるとはいえ、ほとんど男子校みたいな場所に二年近くいて1度も女だと疑われなかったことに傷ついてなんかいません。…いませんとも。