秘密の話
背中に感じる柔らかな感触にどうにも気が重くなる。
健全な男子高校生ならトキメキとムラムラでテンションが上がるのかもしれないが、あいにくこちらはゾンビ(♀)だ。胸囲格差に相手の胸肉を削ぎたくなる事はあっても、トキメキなんて生まれるはずもない。
溜息を一つ零し諦めて首だけ後ろを向くと、案の定私の背中に抱きついたヒロインが悪びれなく微笑んでいた。少し照れてはにかんだような素振りをみせているが、こんな事で照れる女なら普通はこれほどスキンシップは激しくないだろう。獲物を狩る為の擬態という訳だ。女子力ってこわい。
「…樹原さん。僕、触られるの嫌いだって言いませんでしたか?」
「ごめんなさい…狩野君、すぐどこかに行っちゃうからつい」
「ベタベタされるの嫌なんです。離れて下さい」
「私、どうしても狩野君と仲良くしたいの…」
涙目になりながらそれでも手を離そうとしない彼女に、いっそ感動すら覚える。すげーな肉食女子。狙った獲物は落とすまで決して逃がさないのか。詰んだ。
…それにしても仲良く、ねえ。……リスクはあるが、ここまできたら仕方ないかな。
「…え?」
身体を反転させ背中のヒロインを引っぺがすと、そのまま彼女を片手に抱えたまま空き教室に引き摺りこむ。風紀室近くの廊下はいつ人が通ってもおかしくない。見られては困る。
扉を空いている方の手で閉めると、そのまま扉横の壁を背にずるずるとヒロインを胸に抱き寄せて座り込んだ。
お互いの息遣いが聞こえるような近い距離。よく見ると彼女の華奢な身体は少し震えている。肩を支えていた腕をするりと腰に滑らせるとビクッと大袈裟に身体を揺らし、けれど抵抗する気配は感じられない。自分の腕にじんわりと伝わる彼女の身体の熱さがどうにも不快だった。生きてる、って感じがして私の肌には馴染まない。
「僕と仲良くしたいんだろ?」
眼をじっと見つめながら囁くように低い声で問い掛けた。声を出そうとして上手く言葉にならなかったのか、ヒロインは無言で首を縦に振る。
「それじゃあ僕の、とっておきの秘密を教えてあげる」
耳元に唇を寄せる。
「…ねえ、樹原さん。どうして過保護な理事長が僕に貴女の世話役を任せたと思う?」
「…え?」
ヒロインの手を掴み、そっと自分のシャツの下に滑り込ませる。
「僕が確実に貴女にとって『安全』だからさ」
ふに。
「…………………………………え?」
いや、まあ、うん。サラシ要らずの身の上ではありますが、流石に生で触ればわかるよね?小さくて薄くて切なくても、男の胸じゃあないからさ。
「っ「はーい、ストップ」
叫びそうな口を無理矢理手で塞ぐ。廊下を通る人間に聞こえてみろ。こんな状況を見られた日には風紀室から鬼神がやって来てしまう。
バタバタと身じろぎするヒロインを眺めながら、落ち着くのを待つ。混乱すると人ってこんなに滑稽な動きをするんだなあ。
「………落ち着いた?」
「………………うん」
「ベタベタされるの嫌な理由、わかった?」
「………………うん」
まだ少し混乱しているようだが、意思の疎通は可能なようだ。
今の内に畳み掛けてフラグをしっかりキッチリ折らねば。
「家の事情で男として育てられていて、理事長以外この事は誰も知らない」
「え、ゆ、勇人先輩も?」
「委員長も。下手に人に知られると危険なんだ。それなりに複雑なお家事情でね」
親の名前すら覚えてないが、適当に誤魔化す。現代日本で危険になるようなお家事情ってどんなだよ、とか突っ込んではいけない。
「誰にも内緒のヒミツだ。…いいね?」
「う、うん。わかった。誰にも言わない」
「イイコ」
わしわしと頭を撫でると、気持ち良さそうに目を細める。まだ少し顔が赤らんでるが、流石に女だと知れば恋愛対象からは外してくれるだろう。…だよな?目覚めたりしないよな?
「あ、あの…」
「ん?」
「狩野く…じゃなくて狩野さん!」
「君でいいよ。誰に聞かれても困る」
「あ、ごめんなさい。…じゃなくて!」
なにやらワタワタと慌てているが、じっと落ち着くまで待つ。一つ二つと呼吸を整えると、キッと彼女はこちらを見据えた。
「わ、私とお友達になってくれる!?」
「いいよー」
「かるっ!?」
「真由でいいか?僕は好きに呼んでくれ」
「え、え、じゃ、じゃああの、ゆ、ゆーちゃんとか…?」
「いいよー」
「いいの!?」
あ、このヒロイン弄ると意外に面白いな。良いこと知った。




