朝の風景
「よっす。今日も朝からご苦労さん」
「…ああ。柏原か。おはよう」
バインダー片手の朝の見回り最中に声をかけられ、そちらへと振り返る。教室へと向かう途中であろう友人がこちらへとヒラヒラと手を振る様子に、思わず笑みがこぼれた。
「…顔」
「…?顔?」
「ついてる」
「!」
自身の口元を指差しながら指摘すると、柏原はポカンと惚けた直後にバッと勢い良く口元付近に手をやり、慌ててゴシゴシと制服の袖で擦る。私はその様子を無言のまま、生温い笑みを向けて見守っていた。小学生でもあるまいに、顔にパン屑付けて登校とはなんとも馬鹿可愛い奴。こんな間抜けな男子高校生が攻略対象だなんて世も末だ。
「教室着く前で良かったな」
「っるせー!」
「今度から登校する前に、鏡ぐらい見てから来たらどうだ」
「今日はたまたま寝坊しただけだっつの!」
「ああ、なるほど。だから寝癖が」
「それを先に言えよバカリノ!!」
うむ。寝癖よりパン屑付いてる方がよっぽど恥ずかしいと思うけど、最近の若いオトコノコの基準はよくわかりません。同じ学ラン着といて言う台詞でもないけど。
騒ぐ柏原を放置してそのまま見回りに戻る。最近の浮ついた校内では小まめに見回りをしないとすぐに大問題に繋がりかねない。備品がぶっ壊れようと骨が折れようとこの学校では大した事じゃあないが、下手すると死人が出かねないのが怖い所だ。道中見つけた煙草の吸殻を拾ってその辺のゴミ箱に突っ込む。…ふいに、微かに怒鳴り声のような音を何処からか拾った。一つ溜息を零すとなんとなく音が聞こえた気がする方へ足を向ける。
ゆっくりと廊下を進み、適当に当たりをつけて入った空き教室の窓から下を覗くと…ビンゴ。半ば勘で歩いていたがどうやら此処で正解だったようで、下では既に喧嘩が始まっていた。五対一…喧嘩というよりはリンチに近いだろうか。集団的、かつ著しく私的な制裁。もっとも、今現在ズタボロになっているのが集団側でなければの話だが。
時間をそれほど掛ける事もなく、なんなく五人をぶちのめした男はそのまま後ろに庇っていたらしい少女に声を掛けているようだ。窓が開いてたからか先程は怒鳴り声をたまたま拾えたものの、流石に三階からだと会話も聞き取りづらい。窓際にしゃがみこみ、意識を集中させて音を拾う。
「…怪我は…」
「…です…とうござい…」
「…ない…邪魔……」
「…それでも……ありがとうご……」
「………変な奴………ンタ……名前……」
よしよし。なんだかとっても順調そうな感じ。無事に知り合えたようでなによりだ。一匹狼のイケメン不良なんてなんとも乙女心を擽る事だろう。まあそもそも不良好きじゃなかったらこんな学校には来ないだろうが。
正直校内が荒れすぎていて、狼の群れに放り込まれた羊ちゃんの安全確保の為に走り回ってると、なかなか羊ちゃんことヒロインの恋愛イベントまで手が回らない現状だ。恋のキューピット(笑)としては本末転倒である。
それにしても自主的に出会いを求めて朝っぱらから徘徊してくれるなんて、今回のヒロインはなんて親切な女の子なんだろう。羊ちゃんと言ったのは訂正しよう、こちらは肉食大歓迎である。
正直治安の維持なんてものはトップに立って絶対王政が個人的に一番楽なんだけど、そんな攻略キャラ的立ち位置にモブ顔が君臨する訳にもいかないし。大人しく足を使って地道に目立たないよう潰していくしかないようだ。
物音を立てないように気をつけながら教室を出る。廊下を歩きながら携帯を取り出して、委員長に先程の喧嘩を報告した。数分も経たないうちにLINEの返信が届き、スマホの画面上には『真由ちゃんに恐い思いさせた野郎共を全員風紀室に運んどいて^^』
…あー。
『僕じゃ運べないんですが。』
『モヤシー!(●'w'●)』
『三船達に連絡しておきました。朝礼までに放り込んでくれるそうです。あと委員長何で死なないんですか?』
『了解(*^^*ゞ三船らにも後で礼しとくわ!オレが指導しとくんで宜しく^^あと、オレは不死身なんで死にません( ・´ー・`)ドヤァ』
『委員長が授業サボらないで下さい』
…既読のまま返答はなし。嫌だなあ、血塗れの風紀室の片付けとか。




