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下克上(後編)





「死人に口なし、なんてよく言ったもんだよねえキティ」


「まあ、君は口のある死人だけどね?」


「けど、結果的には同じ事だよ」




カツ、カツ、と靴音を響かせながら1歩ずつ悪魔が此方に向かってくる。

その肩越しには会長と彼女の姿も見えたが、まるで此方には気づいていない様子だ。何やら話しているようだが、その声も何故か此方には届かない。まるで見えない壁に阻まれているようだった。





「亡者の戯言も悪魔の甘言も、生きてる人間には耳障りなだけさ!君の言葉にも、君の存在にも何の価値もない」


「居ても居なくても変わらない。いや、口があるだけ利用しづらいから、居る方が却って邪魔かなあ?」


「生きてる人間に死人が影響を与えようなんて一体何様のつもりだい?そもそも、ねえ、キティ」




いつの間にか、息が届く位近くに悪魔の顔がある。

そっと両頬を包み込むように手を添えられ、鼻が触れ合うか触れ合わないかの距離まで顔を覗き込まれた。

相変わらずの笑顔で、相変わらずの冷酷な眼差しで、悪魔は私の心をへし折りにかかる。








「今更、救われたいだなんて、虫が良すぎると思わないのかい?」








「……………!」




…ああ、そうだ。わかっている。

私は彼女を救いたいんじゃない、ただひたすらに自分が救われたいだけだ。例え何も覚えていなくても、この理由のわからない胸の熱に縋って、友情を尊ぶ事の出来る当たり前の人間のフリをしたいだけなんだ。






「…ょ」



「ん?」



「…ど、けよ…クソ野郎」





息も絶えだえに言葉を発すると笑顔のまま床に叩きつけられた。

胸から空気が漏れ、起き上がろうとするも背中を踏まれて体勢を立て直せない。



ああ、くそ、何もかもが今更すぎる。

何に祈れというのか、悪魔の手下が神に祈るのか。馬鹿馬鹿しい!そんな都合のいい願いを誰が叶えるっていうんだ?

何人堕とした?何人殺した?幾つ屍を積み上げても果てがないっていうのに!




何とか首だけ動かし前を向くと、物語はもはやクライマックス。

唇を重ねようとする男女の姿が辛うじて見えた。




瞬間、理性が音を立てて焼き切れる。











「…いやだ、いやだいやだいやだいやだいやだやめろおおおおおおおおおッッッ!!!!」







今更、数えきれない程の罪を重ねておいて、たった一人を救いたいだなんて、馬鹿げてんのは百も承知だ。







「クソがあああああアアアアアアアアアアアアアアッッッ!!!」







理屈なんてないんだよ嫌だ嫌だ嫌だ嫌なんだ!!!

あんな女知らねえよ赤の他人だよなのに何でこんなに胸が熱くて苦しいんだよ!!!??クソったれ!!!

覚えてなくても動かない心臓が叫ぶんだよ!!!悪魔なんぞに喰わせてたまるかアイツはそんなに安い女じゃねえんだよおおおおッッッ!!!!!







「アハハハハハハッッッ!!!必死だねえキティ!!!良いよ良いよ惨めで大変素晴らしい!!!最高だ!!!」






爆笑している悪魔など知った事か!届かなくても、無意味でも、叫ばずにはいられないんだよ!!!

だがしかし、外野などそっちのけで、告白は成就し、恋人達は結ばれる。文句なしのハッピーエンドだ。なのにどうして、頬を伝う涙が止まらない。












ふと。









唇が重なる寸前、彼女がふと此方へと振り返る。

見えていない筈、聞こえていない筈だ。

なのに、どうしてか、何もいない空間を見ながら、彼女は唇を僅かに動かした。
















「………………………………………… ?」
















その



その、なまえ、は。














唐突にバチンと音がして、彼女の身体が掻き消えた。





「…は?」





意味がわからない。まだ、キスをする前だ。契約は終わっていない。そもそも契約が終了していようと身体が消えたりはしない。

突然の事態に混乱しながら、いつの間にか自由になっていた身体を起こし、視線を近くの悪魔に向けた瞬間、死ぬ程後悔した。






わらってないかおなんて、はじめてみた。

やばいせなかさむい。すげーこわい。なんだこれ。






「…君のお望み通りに、契約を取り止めて元の世界に返してあげたよ。満足かい?キティ」


「………」





返事を返す余裕がないので、無言で首を振る。嫌な予感しかしない。怖すぎて視線を逸らせない。




「お、おいテメエら何なんだよ!アイツをどうしたッ!!」





会長が此方に気付いてお怒りだが、その気持ちを慮る余裕はない。一触即発の空気に気付いて黙ってくれお願いします。下手すると死ぬぞ。これ以上騒ぐなマジで。




「聞いてんの…………………え、あ………は?」




ザシュッ、と子気味いい音と共に腹を金属の鎖が貫通した。引き摺る為の鎖をわざわざ体内にぶち込む必要があったのか。

そして嫌な予感は見事に的中する。不思議な事に何も感じない筈の腹部が徐々に熱を発し、痛みへと変わっていく。

痛いってこんな感覚だっけいやあ久しぶりだなああははははははやばいこれむりかもアぎぐあああアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア「悪い子猫にはお仕置きだよ、キティ」











「久しぶりの痛みは気持ちいいかい?白目を剥いて震えて可愛いねえキティ」


「どういう原理かわからないけど、契約の対価に奪った名前を取り戻すなんて、凄い友情パワーだよ全く。そのせいでまた名前を奪い返す代わりに、別のモノをあげなきゃいけなくなった」


「帰還が望みだったかなんて知らないけど、まあ死ぬよりマシだよねえ。キティもそう思うでしょ?」


「…」


「…」


「…アア」


「…ちくしょう…本当に最悪な気分だ……!汚らしい、僕の食物でしかない人間如きが、キティの名前を口にしやがって…!あのクソアマ今度僕の視界に入ったら四肢をもいで逆さに吊るしてやる…!」


「…」


「…」


「…ねえ、キティ。前も聞いたけど、覚悟は出来てるんだよね?僕に逆らったらどうなるか、予想してないはず、ないもんねえ?ねえ、可愛いキティ」




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