下克上(前編)
感情がなにか、よくわからなくなったのはいつからなんだろう。
勿論なんとなくでいいなら私にも感じられる。好意も悪意もほんのりなら抱けるとも。
ただ、心の底から、となると底どころか表面を滑っていくような軽さだ。
生前の私ならば理解出来ていたのだと今まで信じていたが、実は案外そうでもなかったのかもしれない。
なんせどう頑張っても、本気で誰かを大切に思ったり、愛したり、慈しんだりする自分なんて欠片も想像が出来ないのだ。
今も昔も変わらずに、薄っぺらな当り障りのない態度で適当に他人に合わせて過ごしていたんじゃなかろうか。
いやあ全くもって残念な人間すぎるなあ私は。
さて、思考が一段落ついたところで、
この掻き毟りたくなる程の胸の熱さに、なんて名前をつけようか。
天変地異が起きた訳でも、宇宙人が降ってきた訳でもない。
何の変哲もない、いつも通りの朝だった。
「私、常磐君に告白するね」
降ってきたのは、何の変哲もないハッピーエンドのお知らせだった。
「…」
「なんかね、常磐君が一生懸命告白しようとすると、必ず邪魔が入っちゃうから。もう私から言っちゃおうと思って」
「…」
「ごめんね、唐沢さん。…私の勝ちだよ」
階段ですれ違いざまに振り返ると、彼女は勝利を確信した笑みを此方に向けてきた。断られる事など微塵も想像していない表情だ。それもその筈、今まで何度も会長は彼女に告白を仕掛けようとし、物理的な妨害でそのチャンスを潰されてきたのだ。返ってくる答えなどわかりきっている。
「唐沢さんと遊ぶの、なかなかに楽しかったよ、じゃあね唐沢さん」
そうして、彼女は笑顔で私にさよならを告げた。
そのまま軽やかに階段を下り、視界から姿を消す。
おい。
なあ、おい。
嘘だろ。もう、終わり?
だって、楽しかったんだろ。まだ、まだもう少し遊んでようよ。
嫌がらせに飽きたんなら、今度は優しくするから。お望みなら友達にだってなるから。
なあ、
「…………けんな」
衝動的に走り出して、彼女を追い掛ける。何処に行ったかなんてわからない、何で自分が追い掛けてんのかもさっぱりだ!ただただ無性に胸の奥でジリジリと熱が燻っている。
ああくそ、何処だよあの野郎。何処だ何処だ何処……っ会長!!!
ガラリと音楽室の扉を開けた会長の後ろ姿を確認して、間髪入れずに飛び込んだ。よっし、まだ間に合……
「ざぁんねん。遅かったねえキティ」
………は?
どうして、此処に、アンタが居るんだ?
「呼ばれて飛びててジャジャジャーン☆皆のアイドル悪魔ことあっくんだよ!やあ、キティ、元気そうで何より!」
足が崩れる。身体が震える。
ああ、そうだ。久しぶりだ、こんな感情。
いまこの瞬間コイツの視界に入っているのが、呼吸も出来ないくらい恐ろしい。




